Contextual Design:経験のデザインへの人類学的アプローチ

人はそれぞれ自分の生活の文脈の中で生きています。
同じモノに触れる経験でも文脈が異なれば全く違うものとして経験されます。

そのため人類学者は異文化の人々を理解するために、フィールドワークと呼ばれる方法で、その文化における生の生活の場に入り込み、根気強い観察を行うことで生活の場の文脈とともにそこで暮らす人々の暮らしや考え方を理解するのです。

この文脈に着目した人々の暮らしや考え方に関する理解の方法は、ユーザー経験の向上にフォーカスしたエクスペリエンス・デザインでも非常に有効だと思います。その意味で注目しているのが、コンテキスチュアル・デザイン(Contextual Design)と呼ばれる手法で、この手法はまさにエクスペリエンス・デザインへの人類学的アプローチだと呼べるでしょう。

Contextual Designの6つのステップ

"Contextual Design"は、ヒュー・ベイヤーとカレン・ホルツブラットが1997年の同名の著書で示したユーザー中心デザインの手法です。

そのプロセスは、以下の6つのステップから成ります。

  • Contextual inquiry:フィールドワーク形式の対象者の普段の生活の文脈、仕事の現場の文脈の中で行う"観察"を重視したインタビュー法によるユーザー調査
  • Work modeling:ユーザー調査データから得られたユーザーの行動を5つのワークモデルを用いて構造的に分析していく段階。インタビューから得られた個々のユーザーのシナリオを5つの視点を考慮しながら描きます。
  • Consolidation:ワークモデルを使って構造的に分析した個々のユーザーのデータを統合していく段階
  • Work redesign:統合したユーザー行動のワークモデルを物語り形式のシナリオとして描き、ユーザーのタスク実行行動をリデザインする段階
  • User Environment Design:ユーザーがタスクを行うシステム環境の間取り図を描く段階。システムの各モジュールがどのように連携して、どのようなユーザーのタスクをサポートするかをダイヤグラムなどを用いて描きます
  • Prototyping and Implementation:システムの間取り図を元にプロトタイピングをつくり、都度、ユーザーによるユーザビリティ評価を行いながら、実装を行っていく段階

ようするに、ここで重要視されているのは、現在のユーザーの行動とその背景にある文脈を理解した上で、ユーザーのタスクそのものをリデザインできるよう、システムの設計を行う点です。
つまり、ここでのデザインのゴールは最初からモノ(システム)そのものではなく、ユーザーのタスクのリデザインに置かれているわけです。

Contextual Designの視点においては、モノのデザインから経験のデザインへの以降がすでに成されているのです。

Work modelingのための5つのワークモデル

先ほど、Contextual inquiryによって得られた個々のユーザーの行動は、Work modelingの段階で5つのワークモデルを使って構造的に分析され、かつシナリオ化されると書きました。

ここで用いられる5つのワークモデルとは以下のとおりです。

  • Flow model:ユーザーがタスクを終える際に必要なコミュニケーションの流れを記述するモデル。
  • Sequence model:ユーザーがタスクを終えるまでの行動を時系列で記述するモデル。
  • Artifact model:ユーザーがタスクを終えるまでの過程で作成するアーティファクト(人工物)を記述するモデル。
  • Cultural model:行動が行われる環境における、影響者と影響の範囲や度合いなどを記述するモデル。
  • Physical model:行動が行われる物理的な環境や道具を記述するモデル。

勘のよい方ならピンときたかもしれませんが、この5つのワークモデルは、僕たちが普段仕事をしていく中で、例えばプロジェクトの計画を用いるものと同じものです。

僕らはプロジェクトの計画を立てる際に、タスクをシーケンスに並べてスケジュールを立てますし、プロジェクトを推進する上で必要なアウトプット(成果物)を考えます。
また、必要なツールや作業環境についても考えますし、プロジェクトに関わる体制図や利害関係者とのコミュニケーションなどについても考慮するでしょう。

ようするに、ユーザーの行動を構造的に分析するための5つのワークモデルとは、僕たちが普段自分たちの仕事を記述するのと同じものであるわけです。
スケジュールやコミュニケーションルール、成果物の定義などがきちんと決まっていたほうが仕事が可視化され、スムーズに運ぶのと同じで、5つのワークモデルを使ってユーザーの行動を構造的に可視化すれば、現在の行動のどこに問題があり、どこをリデザインによって改善すべきかも見えやすくなります。
また、物理的環境、文化的関係性なども考慮に入れることで、ユーザーの行動を包み込んだ周囲の文脈もあわせて可視化できるのがこのワークモデルの利点でしょう。

ユーザー経験デザインのための人類学的アプローチ

まさにこうした文脈に重点を置いたユーザー行動の観察からワークモデルを使った分析に落とし込む流れは、人類学的なアプローチをもつデザイン手法であるといえるでしょう。

ここからWork redesignの段階でペルソナ/シナリオ法なども用いながら、調査・分析で得たユーザーの文脈を維持しつつ、ユーザー要求を明確に描き、そこからUser Environment Design、Prototyping and Implementationで具体的なデザインに落とし込んでいくわけです。

ユーザーエクスペリエンスのデザインのための手法としては、いまのところ、一番まとまっている手法だと思います。



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