成功の障害としての「わかってるつもり」

わかってるつもりから如何に抜け出すか? 何事を行うにもそれがキモではないかと思います。

文脈の交換によって、新しい意味が引き出せるということは、その文脈を使わなければ、私たちにはその意味が見えなかっただろうということです。すなわち、私たちには、私たちが気に留め、それを使って積極的に問うたことしか見えないのです。それ以外のことは、「見えていない」とも思わないのです。

西林克彦さんの『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』という本をずいぶん前に紹介しましたが、「わかったつもり」がまったく「わからない」状態以上に知識を取得する上での障害になるのはなぜなのかを説明し、そこから抜け出すための方法について書かれた本です。

文脈=コンテキストを知るためのフィールドワーク、コンテキスチュアル・インクワイアリー法

上の引用にあるとおり、同じものでも文脈が異なると新しい意味を見出せることがあります。

僕自身、昨日の「ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡」というエントリーでも書いたように、学生時代によく見たル・コルビュジエの作品を昨日の展覧会であらためて見て、まったく違う思いを抱いたりしたばかりなので、そのことはよく実感できます。

人類学において他文化を理解する場合に、その文化の暮らしのなかに入り込んで行うフィールドワークが重視されるのも、文化におけるコンテキストこそが文化そのものを理解するのに非常に重要だからであり、異なるコンテキストで見てしまえば、それは異なるものに見えてしまうからです。

同様に、人間中心のデザインにおいても、最初に観察がある。
ユーザー行動シナリオは最初のデザイン」で紹介したように、ゼリーを食べるという動作ひとつを観察するのにも、頭で考えたお決まりのシナリオにそって観察を行ってしまうと見えてこないプロセスが、視点を変えて見ることをうながすサポートをしてあげると、それまで見えてこなかった文脈での意味が見えてくるわけです。

ユーザーの文脈に入り込んで観察を行うための人間中心のデザインの手法としては「ハンターに学ぶContextual Inquiry」でも紹介したコンテキスチュアル・インクワイアリーと呼ばれる手法が、ユーザー自身も気づかずに行っている文脈のなかに隠れた行動を発見するものとして用いられます。

「わかったつもり」がデザインのエッジを鈍らせる

逆にいえば、ある文脈においてわかっていることは、異なる文脈においてはわかっていない可能性があるということです。
「わかったつもり」が発生するのはそういう状況においてです。

Webのデザインを考える際にもそうしたことは非常に頻繁に起こりえます。

特に自らがWebサイトの運用をしていたり、長いあいだ、Webのデザインに携わっている人ほど、その罠に陥りやすいでしょう。
自分は長年、Webを運用、デザインしてきているのだから、どんな風にすればWebのユーザビリティを向上できるか、どうすれば効果のあがるサイトに改善できるかはだいたい想像がつくなんて思ってる人ほど、実は「わかってるつもり」の罠に陥っていたりします。

ユーザーは様々な文脈でWebを利用しています。
特にWeb2.0なんていわれて、これまでWebなどあまり頻繁には利用しなかったユーザーが普通にWebを利用するようになっているのですから、昔ながらのユーザー層ばかりを想定していたら確実に利用状況を読み誤ります。子供や老人、一般の主婦。そうしたユーザーがWebを利用する状況は、古くからWebに慣れ親しんだ人が想定する利用の仕方、利用時のコンテクストとは異なるのだから。

また「経験デザイナー」で書いたような、経験のデザイン、ユーザーエクスペリエンスを高めるためのデザインを行う上でも、ユーザーの行動について「わかったつもり」から「よくわかった」状態にするのは重要なことです。何よりそのことは自分自身の思い込みを発見する上で非常に有意義だし、その手の発見は一度体験したらやめられなくなるはずだから。

わかってるつもりから抜け出すには、自分の目で現実を見るしかない

そうした現実を前に「ユーザーのことをわかってるつもり」になるのは、デザインを考える上では非常に危険です。
最近、思うのはその危険性に気づかずにいる人がとても多くいるということだったりします。

そういう人にいくらWebのデザインをする前には、ユーザーの現在の利用状況と隠れたニーズを理解することが大事ですよ、といってもなかなか納得されないのが現実だったりします。

しかし、それでも僕らのやるべきこととしては、そうした方をコンテキスチュアル・インクワイアリー法を使ったユーザー調査や、ユーザーテストの場になんとか連れ出し、目の前で実際にユーザーがWebを使っている場面を見ていただけるようにすることだろうと思います。

「わかってるつもり」から抜け出すには、ご自身の目で現実を見ていただくしかないと思うからです。

そこにある世界は頭で思い描いていた世界とはまったく異なる世界なのだから。

  

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