ユーザーエクスペリエンスとユーザビリティの起源の相違を大事にする
ただ、ユーザーエクスペリエンスという言葉は、どうもWeb関連の業界では、ユーザビリティに近い言葉として用いられている感がありますけど、起源を辿ると、いわゆるユーザビリティのようにノーマンらに端を発する認知科学の研究を出発点にしているのではなく、B・J・パインIIとJ・H・ギルモアによって書かれた『経験経済』やバーンド・H. シュミットの『経験価値マーケティング』『経験価値マネジメント』などのビジネス寄り、マーケティング寄りの研究に端を発している点は忘れてはいけないことだと感じています。そうした違いを意にとめず、ユーザビリティとユーザーエクスペリエンスをごっちゃにして考えてしまったり、基本的には行動的デザイン、ユーザビリティの向上にこそ、効果のある人間中心のデザイン(Human Centered Design)の手法を、ユーザーエクスペリエンスにも適用可能だと考えてしまうのはどうかと思います。
もちろん、ユーザビリティや行動的デザインもユーザーの経験に関係するものですから、人間中心のデザインの手法が意味をもつ場面はたくさんあります。しかし、その手法ではノーマンのいうところの本能的デザイン、内省的デザインに関しては十分には取り組むことができません。このあたりの手法に関しては、むしろ、エンターテイメントの分野やマーケティングのクリエイティブの分野で積み重ねられてきた成果がものをいうはずです。
だからこそ、僕はエクスペリエンスデザイン=人間中心のデザイン+エモーショナル・デザインととりあえず捉えるようにしているのです。
この点を間違えてユーザビリティとユーザーエクスペリエンスをごっちゃにしてしまっては、どちらも台無しになってしまうでしょう。
そんな思いからもはやいところ、エクスペリエンス・デザインを定義しよう思っているのですが、これもそう簡単には進みません。
こういう場合は、まず外部の参考になる情報を整理してまとめてみるというのが、僕の普段の方法なので、ここでもトム・ケリーの『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』から第7章の「経験デザイナー」の話をまとめてみようと思います。
経験デザイナー
まずは経験デザイナーに関する定義っぽい箇所を引用。経験デザイナーとは、すばらしい顧客経験を創造しようとひたむきに努力する人びとであり、彼らの作品は、多くの感覚に働きかけるデザインがいかに奥深いものであるかを実感させる。
キーワードとしては「すばらしい顧客経験を創造」「多くの感覚に働きかける」といったところが抽出できます。
そして、この続きにはこんな文章も続きます。
もちろん、ここでいう「デザイナー」とは、広い意味での考案者や創造者全般を指している。彼らが創造する経験は小さいものもあれば大きいものもあり、原子でできているものもあればデジタル世界のビットでできているものもあるからだ。
経験デザインを考える場合、そのデザイナーは広義の意味とならざるをえないだろうと僕も感じています。それは、
優秀な経験デザイナーは、製品、サービス、デジタル・インタラクション、空間、イベントなどを通じて、あなたの組織とのすてきな出会いを演出するための舞台を用意する。
と、彼らがデザインするものがモノに限らず、サービスやイベントなども含む経験の場の舞台演出だからです。
その経験は平凡か?非凡か?
経験デザイナーは世界を舞台と見なしていて、サービスや製品をもっと顧客の近くに寄り添わせ、そのサービスや製品と顧客とのインタラクションを旅のように計画するそうで僕も最近、クライアント向けの提案書で、ユーザー行動シナリオの必要性を説明する際に、ユーザー行動シナリオを描くということは「顧客の旅の道程を考える」だと書いたりしているので、この説明は非常にしっくりきます。
この役割を務めるための1つの方法は、自分の仕事のあらゆる側面に目を向け、「これは平凡だろうか、それとも少しでも非凡なところがあるだろうか」と考えてみることだ。経験デザイナーは平凡なものを見つけるそばから、それを払いのける。
そして、ユーザー行動シナリオによって「顧客の旅の道程を考え」たら、あたかもともに旅する友人や恋人のように顧客の経験を演出する舞台をデザインするわけです。その旅が非凡なものとなるように。
平凡な経験は払いのけろ!が経験デザイナーのモットーともいえるのでしょう。
移り変わる旅
はじめて行く旅先は驚きや感動に満ちているが、何度も繰り返し訪れていると、最初の魅力が感じられなくなる旅もあります。それと同じように経験デザイナーが提供する経験の価値も時とともに移り変わります。経験デザインの仕事の内容はつねに進化しており、経験デザイナーはそれを十分に理解している。もちろん、新しいテクノロジーの普及もこの変化をうながしているが、それに加えて人間の要望の移り変わりも影響している。顧客のたびのほとんどが固定された場所で始まっていた時代は過ぎ去りつつある。ときにはデザインした経験を顧客にダイレクトに届けなければならない。
あなたの製品、サービスは顧客がどこにいても提供可能なものだろうか? 顧客をわざわざ特定の場所に呼んでしか提供できないものなのだろうか?
もちろん、特定の場所に来てもらうことが常にわるいとは限りません。顧客に足を運んでもらうことでよりよい経験を顧客に提供できるのなら、顧客はその場所を訪れる旅の道程さえもワクワクしながら経験するに違いないのですから。
顧客の旅を中心に考えるデザイン
必要なのは、顧客の経験のプロセス、旅の道程にそって旅のプランの演出を考えることです。決して、それはひとつの製品、ひとつのWebサイトのみを対象に考えることではないと思います。顧客が製品を知り、それについて理解を深め、それを購入し利用する。また、Webサイトを訪れる際の経緯も含めてWebサイトでの価値提供プロセス全体を設計すること。そうした顧客の活動全般に関わる演出が経験デザインなのだろうと思います。
それは決してモノ中心のデザインではなく、顧客の旅を中心にそれを演出する製品やサービスの立ち位置を決め、その形をデザインすることなのだろうと思います。
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この記事へのコメント
noriyo
今朝、とあるデザイナーの方の素晴らしいインタビュー記事を読んだので、そっとご紹介を。
http://pingmag.jp/J/2007/06/04/ken-okuyama-carbon-fibre-aficionado/
tanahashi
はい。すでにnoriyoさんのブログ経由で拝見しました。
ありがとうございます。
noriyo
この記事のことは、私のブログには書かなかったんですが…?
tanahashi
てっきり、これと同じモノとリンク先を確認せずに勘違いしておりました。
http://www.core77.com/reactor/06.07_merholz.asp
「でも、無知な自分こそ最高のクリエーティブ・パートナーなんです。」
この言葉が好きです。
無知を知るというのは、発見をするための最高の方法だと思うから。
あらためて紹介ありがとうございます。
noriyo
ところで、私は残念ながらWeb標準の日々には参加できないのですが、
どのようなお話をなさるのか、楽しみにしております。
願わくば、後からぜひ資料を公開していただけるとうれしいです :)