IDEOにおけるデザイン・プロセスの5段階

前に「僕たち、普段、デザインしてないんじゃない?(デザイン・プロセスのデザイン2)」というエントリーでも紹介しましたが、僕自身の頭を整理するためにも、もう一度、IDEOにおけるデザインの5つのプロセスについて書いておこうと思います。

まず、5つのデザイン・プロセスとは以下のようなものです。

  • Understand(理解)
  • Observe(観察)
  • Visualize(視覚化、具体化)
  • Refine(改良)
  • Implementation(実行)

基本的には、ISO13407:インタラクティブシステムの人間中心設計プロセスの5つの段階、

  • 人間中心設計の必要性の特定
  • 利用の状況の把握と明示
  • ユーザーと組織の要求事項の明示
  • 設計による解決案の作成
  • 要求事項に対する設計の評価

に似ているかなと思いつつも、IDEOのプロセスの場合、ドナルド・A・ノーマンが『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』の中で提唱している3つのデザイン・スタイル、

  • 本能的デザイン
  • 行動的デザイン
  • 内省的デザイン

をすべて対象にしている点でISO13407のスコープ(ユーザビリティの3つの評価の度合いのうちの「満足度」までを含む点で、いまひとつ定義があいまいですけど、おそらく行動的デザインのみが対象です)とはすこし異なるのかなと思っています。

エクスペリエンス・デザイン

昨日の「非フォーカス・グループ」というエントリーでも書きましたが、僕はいまエクスペリエンス・デザインというものを行動的デザインのための人間中心のデザイン手法+本能的デザインと内省的デザインに関わるエモーショナル・デザインの手法として定義しようと考えています。

experience design


このエクスペリエンス・デザイン=人間中心のデザイン+エモーショナル・デザインを、先のノーマンの3つのデザイン・スタイルとの関係でみると、こんな図になるかなと思っています。



IDEOにデザイン・プロセスの5段階は、僕が考えているエクスペリエンス・デザインの全体に関わってくるものなのではないかと考えているのです。

Understand:理解

まず「理解」というプロセスに僕は非常に興味があります。それはモノは必ず文脈のなかで使われ、経験されるものであり、それが人々の経験する価値に最も大きく関わっていると考えているからです。
「理解」は、この文脈の理解にほかなりません。

ただ、文脈の理解といっても、実はものすごく幅広い。
モノが作られ続けてきた歴史、使われ続けてきた歴史の理解というものがまずあります。例えば、本というものが過去どのように読まれ、そして、現在、どのように読まれているかなど。

中世の読み手は、レトリックの規則を学び、それを一文一文に使うことが期待されていた。題材を暗記するために「記憶術(memonics)」が、文字で書かれた本文の背後に隠されているさまざまなレベルの意味を見つけるために「寓話(allegory)」が、歴史上の出来事との類似性を見出すためには「類型学(typology)」が使われた。テキストが何であれ、読み手が心の中で入念な推敲をしなかったり、聞き手が読み上げられたことについて議論をしかったりすれば、完成されたものとは見なされなかったのである。

上の引用にあるような中世の書物とその読み手とのインタラクションは、明らかに現在の読書におけるインタラクションとは異なります。いや、現在のように書評がブログなどに書かれるインタラクションは、インターネット出現前のインタラクションとさえ異なっているでしょう。

こうした歴史はモノのデザインに対する人々の要求に大きな影響を与えるはずです。歴史だけではなく、社会環境、経済環境だったり、あるいはもっと個人的な気分や知識レベル、経済状況などもモノのデザインがどうあるべきかを左右する要因となりえます。そして、もちろん、本能的デザインや行動的デザインに関わるヒトの認知や行動というコンテキストも。

文脈の理解とはこうしたさまざまなレベルで、デザインするモノのコンテキストを理解することにあります。これはなかなか研究対象としてはおもしろいと思っています。

Observe:観察

デザイン・プロセスにおける観察の重要性はこのブログでは何度となく繰り返し述べてきました。

また、そのための具体的な手法としても昨日の「非フォーカス・グループ」もそうですし、人類学の分野で用いられるフィールドワークの手法や「ユーザビリティ・エンジニアリングにおける師匠と弟子」「ハンターに学ぶContextual Inquiry」などで紹介したコンテキスチュアル・インクワイアリーや、その手法の1つである「師匠と弟子」モデルなども観察の手法の1つです。

観察を行うのは、デザインする人間が新たな発見をするためです。それは普段から目の前にありながら、いつもは見落としてしまっているようなものを発見することです。

例えば、IDEOで文化人類学的観察を数多く行っているパトリス・マーティンは、普段の観察からこんな感想をもらしているそうです。

「びっくりするくらい、こんなふうに言う人が多いんです。『うーん、今日はいつもと違ってたわ』って。」今日はかならずいつもと違っている。人生はマーケティング・パンフレットに表れているように整然としてはいないのだ。

そう。「人生はマーケティング・パンフレットに表れているように整然としてはいない」。にもかかわらず、多くの人生が見落とされています。その見落とされているものの中にこそ、新たなデザインの種子が隠れているはずなのです。

5つのプロセスを身に着ける

こうした「理解」「観察」の過程を経て生まれたコンセプトを、具体的にプロトタイピングなどにより「視覚化」し、デザイナー自身の感性やユーザーテストによる評価を得ながら「改良」を行っていくわけです。

こうしたすべてがデザインの過程だと考えると、すごくワクワクします。

僕が考えるエクスペリエンス・デザインは単にモノをデザインすることでなく、モノがそれを利用したいと思う人に認知され、購入され、そして利用されるための環境、そして、その全体的な流れをいかにデザインするかというものかというものです。
それはある意味、建築家が行う環境デザインにプラス、マーケティング・コミュニケーションのデザイン、そして、モノ自体のデザインを足したようなものになるはずです。
こうしたデザインを行うためには、今まで以上に「理解」「観察」のプロセスが占める重要性が高くなってくるはずです。
それは非常にむずかしいことだとは思うのですけど、それだからこそ余計にワクワクします。

まだまだ知識的にも実践的にも足りないことばかりですが、なんとか形にしていきたいものです。

  

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この記事へのコメント

  • matsukatsu

    棚橋さん ごぶさたしています。
    元H社のまつおかです。

    たまたま流れ着いて、当BLOGへ来て、さらに、本エントリーに興味ひかれて読ませていただきました。

    ご活躍されている様子と、多忙な中でも探究心を失っていない様がよくわかります。

    IDEO、理解、エクスペリエンス・デザイン、、、僕自身も興味を持っている領域で、うれしくなり、コメントしたしだいです。

    ここではなんですから、また、是非、お話させてください。
    こちらもこちらで、思いがけない領域にたどり着いています。

    ではまた!
    2007年06月06日 09:23

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  • IDEOという会社
  • Excerpt: イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材 この本を読んでいるので...
  • Weblog: phas.jp
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