非フォーカス・グループ

IDEOのトム・ケリーが『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』の中で紹介している「非フォーカス・グループ」という手法は、エクスペリエンス・デザイン(人間中心のデザイン+エモーショナル・デザインを意味する造語として、今後、用いていく予定)には非常に有効な手法だと考えています。

フォーカス・グループ

まず、最初にマーケティングの分野での市場調査の代表的な手法の1つであるフォーカス・グループ・インタビュー法についておさらいしておきましょう。

フォーカス・グループ・インタビューは、定性的調査の代表的な手法であり、座談会形式による小集団の面接調査です。
司会者(モデレーター)が提示した話題に対して対象者がディスカッションを展開することで、活発な意見、思わぬアイデアを聴取することを目的とする調査法です。
フォーカス・グループと呼ばれるのは、たとえば同年代の同じものに関心をもつ女性などをフォーカスしてグルーピングしてインタビュー調査を行うからです。これとは別に対象者と1対1で行うインタビュー調査はデプス・インタビューと呼ばれます。

『マーケティング・リサーチ・ハンドブック』によれば、フォーカス・グループ・インタビューを行う利点は以下の6つです。

  • 短期間で可能:個別インタビューより短期間で多量の情報が得られる。
  • 対象者の相互作用:出席者の相互作用で話題が広がったり、掘り下げられたりが期待できる
  • 態度や反応が観察できる:対象者の反応、他人の影響による態度の変更を目の前で観察できる
  • ひらめきや直感が得られる:何気ない会話から思いがけない情報が得られる
  • 対象者をコントロールしやすい:似たような集団の中での調査であるため、安心感を得て発言が得られやすくなる
  • 対象者と調査の依頼主が接触できる:調査の依頼主もマジックミラーごしにインタビューの様子を観察することが可能

客観的な観察による潜在的なニーズの発見

しかし、こうした利点があるフォーカス・グループ・インタビューですが、

確かに、検証段階ではとても有益な手法だが、画期的なイノベーションのヒントを求めるなら、フォーカス・グループは当てにならない、と私たちは考える。世界初のまったく新しいものを創造しようとしているとき、「いかにも」と応じる相手から得られるものはほとんどない。
トム・ケリー『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』

と、トム・ケリーは言います。

この点に関しては、『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』のなかでドナルド・A・ノーマンも同じようなことを書いています。

「はっきりと分かっていないニーズ」をどのように発見すればよいだろうか。質問、フォーカスグループ、調査、アンケートでないことは確かである。(中略)ほとんどの人は真のニーズに気づいていないから、それを見つけるには自然な状況で注意深く観察する必要がある。訓練を積んだ観察者は、しばしばそれを経験している人でさえ意識的に認識していないような問題点や解決方法を見つけることができる。

人々は普通自分自身のニーズにさえ気づいていないことが多くあります。気づいていないニーズは当然ながら質問してもわかりません。フォーカス・グループ・インタビューがどんなに他の人の発言の連想により会話の広さ、話題の掘り下げに有効であるとしても、そもそも気づいていないことまで会話の俎上に乗せることはできないのです。

この点、デザイナーの深澤直人さんはおもしろいことを言っています。
普通はデザインの場において環境という場合、モノやそれを使う人(自分自身も含めて)を除いた外部を環境として定義しますが、深澤さんは対象となるモノやそれを使う自分自身も含めて環境と捉えるようにしているのだそうです。
「自分を環境側に置いて、離脱して自分自身を見ている状態のほうが、ものがはっきりと見えるのです」と深澤さんは言っています。

それは自分の意志で動いていたと思っていたことが、実はほとんど違っていた。そのことに気づくことの経験です。自分の意志で動くということには客観性がほとんどないですね。でもデザインのソース(源泉)を見つけ出す時には、完璧に近く客観的な状態に立って人を見る経験が非常に役に立つ。その人も気づいていないようなところ、そこを見ることがおもしろいのです。
後藤武、 佐々木正人、深澤直人『デザインの生態学―新しいデザインの教科書』

僕はこの話を読んだ際に、自分の行動をビデオに写してあとから見てみるといったような経験をしてみると、すごくいろんな発見があるんだろうなと思ったりしました。これはたぶんデザインを考える上ですごく役立つことだと感じています。

非フォーカス・グループ

先のノーマンの引用に戻ると、「ほとんどの人は真のニーズに気づいていない」から注意深い観察が必要だということですが、実はほとんどの人が気づいていなくても、ごく少数の人はそのニーズに気づいているということがあるのだと思います。

トム・ケリーのいう非フォーカス・グループはまさにその手法なんだと思います。

私たちは非フォーカス・グループを使う。開発しようとしている製品やサービスに異様に熱中している人びとを招くのだ。非フォーカス・グループは、革新的なデザインのテーマやコンセプトに関するひらめきを与えてくれる。デザイナーやプロジェクト担当者の仕事に人間的な側面での基盤を与えてくれる。おまけに、どんなものが人を心から興奮させ、かりたてるかを表情や身振りで具体的に示してもくれる。
トム・ケリー『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』

一般的なマーケターは、そんな偏った人たちを集めてどうするんだ? 俺たちが売ろうとしている相手はもっとごくごく普通の人たちなのに、と言うかもしれません。

くだらない。
まったく人とモノのインタラクション、そして、深澤さんがいうところの環境の異なる2つの定義について、まったく考えてみようともしていないんでしょう。

イノベーションとは環境のデザイン

普通の人が普通なのは、単に世の中に現在あるものが普通だからでしかないはずです。
普通でない人が普通でない愛着を強烈に感じるものを普及させることができたなら、その特別なものが普通になり、普通の人たちが普通に感じるニーズさえ変わるんです。
そして、それをイノベーションというのではないでしょうか。

そういう意味で、イノベーションとは環境のデザインです。
社会環境、そして、その中にあるモノ、そして、自分自身を含んだ深澤さん的な意味での環境のデザインこそがイノベーションなんだと僕は最近考えるようになりました。

エクスペリエンス・デザイン=人間中心のデザイン+エモーショナル・デザイン

最初に書きましたが、僕は人間中心のデザイン+エモーショナル・デザインからなるエクスペリエンス・デザインというものをこれから定義していければと考えています。

experience design

『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』のなかでドナルド・A・ノーマンは、「良い行動的デザインの原理についてはよく知られており、しばしば語られてもいる」と言っています。これは人間中心のデザインがISO13407のように体系化されていることからも事実だといえます。

しかし、人間中心のデザインが有効なのは、一昨日も書いたように行動的デザインの範囲のみです。人の経験をよりよいものにするためのエクスペリエンス・デザインのためには、人間中心のデザインの原理とは別に、本能的デザイン、内省的デザインを成功させるためのエモーショナル・デザインの手法が必要だと思います。

IDEOにおける非フォーカス・グループという手法はまさにその1つなんだと思っています。

   

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