自分が動くから他人が動く(あるいは、よいデザインの4原則と行為の7段階理論)

ドナルド・A・ノーマンが『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論』のなかで提示している、よいデザインの4原則、

  • 可視性:目で見ることによって、ユーザは装置の状態とそこでどんな行為をとりうるかを知ることができる。
  • よい概念モデル:デザイナーは、ユーザにとってのよい概念モデルを提供すること。そのモデルは操作とその結果の表現に整合性があり、一貫的かつ整合的なシステムイメージを生むものでなくてはならない
  • よい対応づけ:行為と結果、操作とその効果、システムの状態と目に見えるものの間の対応関係を確定することができること。
  • フィードバック:ユーザは、行為の結果に関する完全なフィードバックを常に受けることができる。

は、デザイナーがユーザビリティ的観点でモノをデザインする際に考えるべきであるのはもちろんのこと、実は、すべての人が自分の言動を省みる際にも非常に有効な原則なのではないかと最近思っています。

行為の7段階理論

ノーマンはまた同書で人間が何かを行う際の「行為の7段階理論」というものを提示しています。

  • ゴールの形成
  • 意図の形成
  • 行為の詳細化
  • 行為の実行
  • 外界の状況の知覚
  • 外界の状況の解釈
  • 結果の評価

の7つがそれです。

この7段階のプロセスは、ゴールの形成を中心に2つのプロセスに分けることができます。

1つは、ゴール(目標)を思いついたあとに起こる「意図の形成:ゴールを達成するために何らかの行為を意図すること」→「行為の詳細化:実行しようと計画している実際の行為を系列化すること」→「行為の実行:その行為系列を実際に実行すること」という、人が外界に対して行為を行う際の3つのプロセス。
そしてもう1つは、実際に行為を行ったあとに「外界の状況の知覚:行為によって外界の状況がどうなったかを知覚すること」→「外界の状況の解釈:予期(仮説)に基づいて外界の状況の変化の意味を解釈すること」→「結果の評価:行為によって起こると予期していたことに照らし合わせて解釈を評価、比較すること」という、外界からのフィードバックに対して人が自分の行為を評価するための3つのプロセスです。

つまり、人は行為を行う際に何かを期待して行動し、そして、自らの行動によって期待した何かが起こったかどうかを評価しているというわけです。
こうした行動プロセスを行う傾向があることから、先の4つの原則(「可視化」「概念モデル」「対応づけ」「フィードバック」)が重要になるのだとノーマンは言っているのです。

可視化、概念モデル、対応づけ、フィードバックと行為の最適化

確かに目の前の対象物が何を行うために利用可能なものなのかがわからなければ、それを利用することはできません。また、それが何のために利用できるかはわかっても、どこをどう操作すれば期待する結果が得られるのかわからなければ人は迷ってしまいます。

できることとそれを行うためのボタンなどの表現がそれぞれ複数あれば、よっぽどよい対応づけがなされていないと、どのボタンがどの結果に相当するのかわからず操作ができません。きっとこれはこう使うものだと思って操作をしてもしばらく何の変化もなければ人は自分の操作が間違ったのではないかと不安になってしまったりもします。

自分が行った操作によって確かに何かが変化した際でも、それがどうも自分の期待した結果とは違っていて、でも、それがなぜ違うのかがいまひとつわからなければ、人はわからないなりに勝手なシステムモデルをイメージしてしまいます。人は何かと説明したがりの生き物で、わからないなりにも理解しようという傾向がある。昔の人がわからないことを説明するために、墓場の火の玉を死者の魂だと理解し、川で子供が溺れたりすると河童に足を引っ張られたからと理解したように。実際にはそれは単にリンが燃えているだけだったり、川の流れの中で大人でも抜け出すことが困難な水流ができている箇所があるだけだったりしても。

人は外界の形、動きに何か自分の目標に紐づく期待をし、その期待を実現するために行為を行います。そして、その行為の結果をつねに評価しながら自分の行為とその企画を最適化しながら生きているわけです。

よい人間同士のインタラクションのための4原則

そんな風に考えれば、人間が普段生活をしている環境の中でつねに自分の行為を最適化しながら生きる上では、みずからの行為の対象として意図し評価を行うのが、なにも人工的にデザインされたモノだけでなく、人の目の前に存在するすべての存在が対象となってくることは考えればわかります。
そして、その対象の中には、とうぜん、自分以外のほかの人間も含まれます。

ノーマンのよいデザインのための4原則を、よい人間同士のインタラクションのための4原則として書き換えてみましょう。

  • 可視性:目で見たり話を聞いたりすることで相手は、あなたの状態とそこであなたに対してどんな行為をすればよいのかを知ることができる。
  • よい概念モデル:あなたは、相手がちゃんと理解できるよう自分のパーソナル・ブランド・イメージを提供すること。そのイメージは他人があなたに対して思い描きそれに基づきあなたに接する際のイメージとその交流の結果の相手の評価のあいだで整合性があり、一貫的かつ整合的なあなたのイメージを生むものでなくてはならない。
  • よい対応づけ:相手の行為と結果、あなたの内なる状態と相手の目に見えるあなたの状態の間の対応関係を確定することができること。
  • フィードバック:相手は、自分の行為の結果に関するあなたからの完全なフィードバックを常に受けることができる。

書くのは簡単ですけど、普段からこれを意識してまわりの人とのよいインタラクションを心がけていくのはむずかしいと思います。でも、これもいつも書いているように、「むずかしい」って嘆かない努力をしましょう、だと思います。むずかしいことだからこそ努力をする価値があるんだと思います。

問題は、人間同士のインタラクション(平たく言うと人間関係)の場合、こうした4原則が完全に相互関係になるということです。

人間同士のインタラクション

人間同士のインタラクションにおいては、自分の行為はつねに相手に対するフィードバックとなりえます。
もちろん、それは自分が相手に何かを期待して、質問をしたり、ある行為をしてあげたりしてあげた場合でも同様です。あなたが意図して行った行為はすでに、相手があなたに対して行った行為に対するあなたからのフィードバックと解釈される可能性をもっています。

たとえば、「上司に必要な姿勢(みんなの不幸を減らすために)」では、

部下を信頼できるかどうかは、部下が信頼できる人物かどうかじゃなく、上司自身が部下に信頼されているかどうかということに関わるものだと思います。
部下を信頼できないでいるなら、それはあなたが部下に信頼されていないからです。

と書きました。自分がなぜ部下に信頼されないのだろうと悩んでいる方がいたら、まず、その前に自分が部下をちゃんと信頼してあげられているかを問うことは重要だと思います。

同じように、自分が誰かの行為に対して苛立ちや不安を感じているのなら、まず自分が相手のそのような行為の原因をつくっていないかを問うことも重要だと思うのです。

自分が動くから他人が動く

つまり人間にとって、あらゆる行動は「天に向かってツバをはく」行動になる可能性があるということです。自分が何気なく行った行為が、相手の行為という形で自分に返ってくる。自分が動くから他人が動くんです。

あるいは、自分が動かないことが相手を動かすこともある。まわりが動いているなかであなただけが動かないのであれば、それは相対的にみればあなただけが他の人と違う動きをしているということになるのだから。

不均質さが情報になる。サブスタンスとミーディアムの界面であるサーフェイスが等質だとすると、それはキメがない。光源からきた光がキメにぶつかって。反射に差ができるということが視覚の根拠なのです。
後藤武、佐々木正人、深澤直人『デザインの生態学―新しいデザインの教科書』

「反射に差ができるということが視覚の根拠」。差異こそが可視性を生み出します。他と違えば、それは他人にとって認識可能になる。それがよい差異であるのか、悪い差異であるのかによって、あなたが他人から受けるフィードバックもあなたにとってよいものにもなるし悪いものにもなる。
誰かに怒られるのがイヤなら怒られないように自分の側の行為を変えて、他人からみえるあなたのアフォーダンスを怒ることをアフォードする状態から別のものに変化させる必要があるし、誰かにイヤなことをされたくないなら同じくイヤなことをするようアフォードしているあなた自身のデザインを自分自身でリデザインする必要があるはずです。

人は皆デザイナー

人はよりよく快適に生きるためにも自分自身をデザインしなくてはならないのだと思います。

僕は『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』の中のノーマンのこの言葉が好きです。

我々は皆デザイナーだ。そうである必然性があるからだ。我々は自分の人生を生きていて、喜びも悲しみも、成功も失敗もある。人生を通して、自らを支えるために自分の世界を構築する。それぞれの機会、出会った人、訪れた場所、手に入れたモノは、特別な意味、特別な情動的感覚を引き起こす。これらは自分自身、自分の過去や未来への絆なのだ。何かから喜びが得られたとき、それが人生の一部となったとき、それとのインタラクションの仕方が社会や世界における自分の場所を決めるのに役立ったとき、それが好きになる。デザインはこの方程式の一部である。
ドナルド・A・ノーマン『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』

僕たちは日々デザインしながら生きてます。それとは気づかずに自分というものをデザインしている。そして、同時に他の人の行為というデザインに触れています。
その中でときどき、喜びを感じるデザインに出会ったり、人生の一部となるようなデザインに遭遇したりします。そして、僕らはそれを好きになる。

しかし、自分が何かのデザインを好きになるためには、たぶん、自分自身のデザインをそういう出会いが起こりうるように、ちゃんとデザインしておかなくてはならないのだと思います。何かちょっとうまくいかないことがあれば、自分のデザインを見直してみることが大事だと思う。自分というデザインされたものを利用するユーザーを観察して、自分をリデザインする。ほかのモノをデザインする際と同じようにユーザーの観察によって、よりよいデザインを生み出していくって感覚をもつことが大事なんだろうな、と。

このデザインするという感覚をなくしたら負けなんじゃないかな、と。

  

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