人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学/ドナルド・A・ノーマン

『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』は、認知科学者で『誰のためのデザイン?』の著書でも知られる、ドナルド・A・ノーマンが1993年に書いた本です。
『誰のためのデザイン?』では、その原題("The Psychology of Everyday Things")が示すとおりドアや蛇口、電気のスイッチなどの日常的なものに見られる使い勝手の悪さの原因となっているデザインの問題を指摘したものでしたが、この本では、同じように人の認知とモノの関係を扱いながらも、焦点をテクノロジーがもたらす社会的インパクトに絞って展開しています。

ユーザー中心デザインはまだモノ中心のデザイン

この本を読んで、僕は自分がこれまで「人間中心のデザイン」というものをいかに誤解していたかを知りました。

産業化された機械中心の見方では、人間は、不正確、ずさん、注意散漫、感情的、非論理的といったことばで語られる。(中略)疑問に思うのは、どうして機械を基準にしてわれわれ人間を判定するようになったのかということである。
ドナルド・A・ノーマン『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』

僕たちはよくユーザビリティだとか、人間中心設計あるいはユーザー中心デザインなどという言葉を使います。しかし、それらはよくよく思い直してみると、ノーマンが上記の引用で指摘するような「機械中心の見方」を脱したものではありません。

僕らがユーザビリティ、ユーザー中心設計というとき、あくまで自分たちがデザインしよう、つくろうとしているモノを中心に、それがユーザーが使いやすいかということを問います。ユーザーという言葉が図らずも表現してしまっているように、先にモノがあって、それを使う人を想定してしまいます。
いくら人間中心設計プロセスだとか、ユーザー・エクスペリエンスの向上を目指してデザインするといってみても、それはあくまでモノ中心の発想でしかありません。

もちろん、それでもユーザーとの対話を目指そうとしている点では無意味なことではありません。ユーザーとの対話を通じてモノづくりを行えば、モノ自体のユーザビリティやユーザーの満足度は向上すると思います。

しかし、それはあくまでそのモノがユーザーにとって便利に使いやすくなるというだけで、実際にユーザーが本来やろうとしていたことの全体がそのモノの登場で可能になるかどうかとはまったく別の話です。

テクノロジー偏重、科学技術偏重の考え方

先の引用に続く箇所で、ノーマンは次のように書いています。

人間中心の見方をとれば、同じ5つの属性について全く違うように捉えることができる。つまり、創造力豊かで、柔軟であり、変化に敏感で、機略に富んでおり、環境の変化を考慮することができるのである。1つの方向から見た負債も、逆から見ると財産に変わるのである。
ドナルド・A・ノーマン『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』

「1つの方向から見た負債も、逆から見ると財産に変わる」。これはさらに逆にいえば、いまの機械中心、モノ中心のモノづくり、デザインがいかに人間のもつ財産を負債に変換してしまっているかということでもあります。

いまのデザインの発想は、モノをどうやって人間が使えるようにするかという発想でしかなく、上の引用にあるような創造力豊かで、柔軟で、変化に敏感で、機略に富み、環境の変化を考慮できる人間の暮らし、行動、思考をいかにサポートし、強化するかという発想ではデザインされていません。
それは昨日の「人間中心のデザイン:僕がこれからやろうとしていること」でも書いたとおり、近代以降のテクノロジー偏重、科学技術偏重の考え方にどっぷりと依存してしまっています。

ノーマンはこの本の中で「科学が発見し、産業が応用し、人間がそれに従う」という1933年のシカゴ万博のスローガンを引用しています。
見るとあきれますが、実際、僕らが行っているデザインというのはこの域をまったく出ていません。意図せずともモノ中心、テクノロジー中心の発想に馴らされてしまっているのですから、むしろ、スローガンとして意図的にそうしようとしていた1933年の時代のほうがマシなくらいです。

昔からユーザビリティという言葉になにかしっくりこない違和感を感じていたのですが、この本を読んでその違和感の原因がようやくつかめた感じです。

体験的認知と内省的認知

さて、ノーマンはこの本で人間に備わる2種類の認知として、

  • 体験的認知(experiential cognition)
  • 内省的認知(reflective cognition)

という2つの認知のモードを持ち出しています。

体験モードは、「特別な努力なしに効率よく周囲の出来事を知覚したり、それに反応したり」できるモードで、エキスパートの行動のモードともいわれるとおり、そのモードに至るにはまず訓練が必要です。
例えば、僕たちは普段、テレビを見たり音楽を聴いたり人と話したりということを特別な努力なしで行っていますが、それは僕らが訓練を重ねてきた大人だからできるのであって、幼い子供には普通にできることではありません。スポーツ選手が苦もなくできることが一般人には試行錯誤が必要だったり、パソコンのキーボードを打ったりするのだって同じで、訓練を重ねてはじめて体験モードに移行することが可能です。

一方の内省モードでは、「比較対象や思考、意思決定」を行います。このモードでは「新しいアイデア、新たな行動がもたらされ」ます。つまりは意識して行動の選択を行う場合はこのモードにあるわけです。そして、このモードの積み重ねで意識せずともその行動ができるようになれば、同じことを体験モードでできるようになるのです。

ノーマンは、

現在の多くの機械とその使い方がうまくいっていないのは、体験的状況に対して内省のためのツールを、内省的状況に対しては体験ツールを与えてしまっていることによる。
ドナルド・A・ノーマン『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』

といっています。

確かに、僕がいま使っているモトローラの携帯電話などはその最たる例で、本来、とっくに使い慣れて体験モードになっていてよいはずの行動を内省モードで考えなくては使えないような状態にしてしまうデザインになっています。
一方で本来、思考を行う内省モードの場であるブレインストーミングや会議が誰か決まった人が一方的にしゃべるだけの体験モードの場になってしまったり。

僕らはほとほとデザインがヘタなようです。
そして、それは人間中心のデザインがわかっていないということ、人間というものを理解しようという意思がきわめて欠けていることによるのだろうなと思いました。

論理と物語、個別と全体

この本に関しては書きたいことがいろいろあるのですが、長くなるので最後に1つだけ。
それは当ブログでも度々問題にしているコンテキスト、文脈の問題です。

文脈は巨大な違いをもたらす。人間は、1つ1つの出来事を心の中のシナリオとしてまとめ上げ、そのシナリオへ当てはまるように、行動や説明、反応をもっともらしく選んでいるのである。「人は物語ることが好きだ」とは、日常場面での記憶の使われ方を理解しようとしてきた認知科学者、ロジャー・シャンクのことばである。われわれは、物語を使って、他者にものごとを説明するだけなく、自分自身にも説明しているというわけである。
ドナルド・A・ノーマン『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』

人は物語にひきつけられます。それは個別の分析的な判断を超えた魅力をときには発揮します。

行動経済学でも人は必ずしも論理的判断にもとづく行動をするのではなく、多くの場合、自分自身のコンテキストに沿った感情的な判断をするものだとされます。
例えば、行動経済学のプロスペクト理論が論じる「損失回避性」は、人が利益の追求よりも損失の回避を重んじることを示したもので、同じ数量の情報でもそれがマイナスを意味するか、プラスを意味するかで、人の行動に及ぼす影響が違うとことを証明しています。

何かを決定するときに、何を考慮し何を無視すべきかを、われわれを取り巻く環境や条件のすべてのことがらを検討して決定することはできない。なぜなら環境には無限の情報があり、われわれの認知能力は限定されているからだ。

論理が前提とするのは世界の確定性です。不確実なものが存在しない機械論的世界では論理は万能です。しかし、実際に世界がそうだとしても個々の人間にはそのような機械論的確実性は手に入りません。個々の人間が生きる不確実な世界で、物語は論理の一般性を超えた、個々の特殊性に価値をもたせてくれます。

ノーマンも同様の意味で「論理的な分析は、測定できる情報にだけ適用できるのだが、測定可能なことと重要なことは必ずしも関連がない」と述べ、「物語には、形式的な解決手段が置き去りにしてしまう要素を、的確に捉えてくれるすばらしい魅力がある」としています。

そして、人はこうした個々の文脈、物語のなかで生きていて、そこで様々な道具としてのモノを使う。人間中心のデザインが捉えるべきものの1つはこうした個々の物語なのだと思います。
例えば、ペルソナ/シナリオ法という形で。

いずれにせよ、僕らは科学やテクノロジーに夢中になりすぎていて、いつの間にかそれらに使われるようになってしまっているようです。
そこから人間中心のデザイン、人間中心の見方に戻すのは結構至難の業です。
でも、それをやっていかないと、デザインが本当の意味で人間の生活を豊かにすることってないんだろうなと思いました。

この本については、また別の機会についても取り上げてみようと思います。



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