行為中心主義のデザイン

「ソフトウェア・デザイン宣言」から学ぶ」に続いて、またまた、テリー・ウィノグラード編・著による『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』より。

今回は、ピーター・デニング、パメラ・ダーガンによる「第6章 アクション中心主義のデザイン」をご紹介。

デニングとダーガンは、ソフトウェアをデザインするアプローチには、2つの基本的なものとして、1960年代に生まれたソフトウェア・エンジニアリングと1980年代に生まれた人間中心のデザインがあると述べています。
この場合のデザインという単語は「計画をたて表現すること」、ソフトウェア・デザインは、「ソフトウェアのかたちと機能、さらにそのシステムを作り出すプロセスの構造に関わるものである」とそれぞれ定義されています。

デニングとダーガンは、ソフトウェア・エンジニアリングと人間中心デザインの両者には「相互補完的な長所と弱点がある」と述べています。

ソフトウェア・エンジニアリング

まず、一方のソフトウェア・エンジニアリング。

ソフトウェア・エンジニアたちは、自分たちの仕事のほとんどは、ユーザーがこうだと求めるかたちや機能を備えたシステムを生み出すことだと考えている。
ピーター・デニング、パメラ・ダーガン「第6章 アクション中心主義のデザイン」
テリー・ウィノグラード『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』

そして、このソフトウェア・エンジニアたちが自分たちの仕事をするソフトウェア・ライフサイクル・モデルには、皆さんご存知のウォーターフォール・モデルやスパイラル・モデルがあるというわけです。

デニングとダーガンは、エンジニアリング・デザインが成立するための仮説として、以下の3つをあげています。

  1. デザインの結果は製品(人工物、機械、あるいはシステム)である。
  2. 製品は、ユーザーが示したスペックから派生する。原則的には、知識とコンピュータのパワーが十分にあれば、こうした経緯は機械化できる。
  3. スペックについてユーザーとデザイナーがいったん同意すれば、両者が納品までやりとりする必要はほとんどない。

この仮説にかなり現実離れした点があるということに、ほとんどの人が異論がないのではないでしょうか。

人間中心主義のデザイン

そこでもう一方の人間中心主義のデザイン。

人間中心主義のデザインの一派はヨーロッパで起こったが、これは通常のエンジニアリング・デザインのプロセスで行われる製品中心主義のデザインの欠点を補おうとする反応だった。
ピーター・デニング、パメラ・ダーガン「第6章 アクション中心主義のデザイン」
テリー・ウィノグラード『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』

「一般的なエンジニアリング・デザインのプロセスでは、デザイナーの行為をユーザーの課題と関わらせることがほとんどない」。そりゃ、「スペックについてユーザーとデザイナーがいったん同意すれば、両者が納品までやりとりする必要はほとんどない」なんて仮説の元に行われれば、そうなるでしょう。そして、それが問題にならないはずはありません。

『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論』や『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』の著書で知られるドナルド・A・ノーマンは、

製品中心主義のデザインにおいては機械とその効率だけが注目され、人間はそれに順応することを期待されていると述べている。
ピーター・デニング、パメラ・ダーガン「第6章 アクション中心主義のデザイン」
テリー・ウィノグラード『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』

そして、一方の人間中心主義のデザインは、

人間がうまくできる行為、つまり共感する、認識する、理解する、問題を解決する、問題に耳を傾ける、役目を果たす、他人を満足させる、要求を満たすという行為を人間側に預けるものであると、ノーマンは述べている。
ピーター・デニング、パメラ・ダーガン「第6章 アクション中心主義のデザイン」
テリー・ウィノグラード『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』

デニングとダーガンは、こうした人間中心主義のデザインが成立するための仮説として、以下の3つをあげています。

  1. 優れたデザインの結果得られるのは、ユーザーの満足感である。
  2. デザインのプロセスは、デザイナーとユーザーの共同作業で成立する。二者の関心が変化するにつれてデザインも変化に順応する。このプロセスの重要な副産物として生まれるのが、スペックである。
  3. ユーザーとデザイナーは、プロセスを通して常にコミュニケートしあっている。

この人間中心主義のデザインが前提とする仮説までくると、ずいぶん現実味を帯びてきます。

しかし、デニングとダーガンは、「今日のところでは、人間中心主義のデザインも形式化にいたらず、ユーザーの課題とソフトウェアの構造の間にシステマティックな関係を築き得ずにいる状態だ」と述べています。

行為中心主義のデザイン

この論文が発表されたのが1996年です。ISO13407:インタラクティブシステムにおける人間中心設計プロセスという国際規格の発行が1999年ですから、確かに著者の2人がいうように、1996年の「今日のところでは、人間中心主義のデザインも形式化にいた」っていなかったのでしょう。

そして、人間中心主義のデザインを形式化しようと、著者2人はここで「行為中心主義のデザイン」を提唱しています。

そのソフトウェアが使われる領域でオントロジーを打ち立てることと、標準的な記数法でそれをパターン言語として表現すること、そしてつくり手の仕事をコーディネートすることは、ソフトウェア・アーキテクトの仕事の作業の中核となる。それはちょうど建築家がスケッチや青写真で、建設業者と調整し、ユーザーが結果を評価するのに用いられるようにするのと似ている。こうした技術の方法を「行為中心主義」のデザインと呼ぶ。
ピーター・デニング、パメラ・ダーガン「第6章 アクション中心主義のデザイン」
テリー・ウィノグラード『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』

ここでオントロジーとは、「繰り返し行われる行為によって世界を解釈する概念的枠組み」のこととされます。
この概念的枠組みとしての人間の行為のオントロジーを打ちたて、それをソフトウェアに標準的な記数法でマッピングできるようにするというモデルを、著者ら2人は、「デザイニング・インターフェース ―パターンによる実践的インタラクションデザイン/Jenifer Tidwell」でもすこし紹介した『パタン・ランゲージ-環境設計の手引』で建築物のパターンを扱ったクリストファー・アレグザンダーの「パターン言語」から着想を得ています。

ユーザーたちの行為を観察し、その中からパターンを抽出した上で、パターン相互の関係性とともにソフトウェアのシステムのマッピングしていく。言語行為や言葉の使い方に着目し、そのなかで繰り返し行われる行為にスポットをあてることで、行為の対象ドメインを機能的に分析するアプローチ。
それが行動中心主義のデザインです。

こうした「行為中心主義」のデザインという着想を提唱する著者2人は、ソフトウェアのデザインを以下のように解釈しています。

  • システムのスペックを満足させるのではなく、ユーザーを満足させることに注力する。
  • システム=データフロー=ネットワークの観点ではなく、言語行為という観点に立っている。
  • 関心事、困難、一般的な手順、組織、繰り返す行為を観察すること、そしてこうした観察をソフトウェアの構造に結びつける方法を生み出すことを土台とする。

行為中心主義のデザインは、ユーザーが働きかけるドメインのオントロジーを観察し、そしてそこからワークフローのマップやプロセス・マップを作り、それらを関係させることから成り立っている。
ピーター・デニング、パメラ・ダーガン「第6章 アクション中心主義のデザイン」
テリー・ウィノグラード『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』

「デザイナーがもっと視野を拡げ。しっかりとその領域で行われている行為を観察し、人々の行為や評価と関わりあうようなソフトウェアにするべき」という著者らの主張は、現在、ISO13407として規格化されているプロセスに近いものがあると同時に、それ以上の示唆に富んでいると思います。

この章に限らず、『ソフトウェアの達人たち―認知科学からのアプローチ』を読んでいて面白いのは、まだソフトウェア・デザインの手法が洗練される前の荒削りのアイデアがそのまま提示されていて、それがむしろ、すでに洗練された現在の手法が失ってしまった多様性をもっている点です。
歴史をたどるというのはこういう面ですごく楽しいことですね。

  

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