レオナルド・ダ・ヴィンチの絵のような緻密さで顧客のコンテキストを描く

最近あらためてマーケティングにおける市場のセグメンテーションだとか、顧客が置かれたコンテキストの理解って大切だなと肌身に感じています。

市場を顧客のコンテキストによってセグメント化すること。

B2Bのビジネスにおいて顧客のコンテキストを理解するということ

それはB2Bでも同じことです。

顧客企業の業界や会社規模で、どんなソリューションを提案するか、また、その提案をどのような営業フロー、アプローチで行っていくのか。
大手企業が相手であれば、単にニーズや要求事項、事業環境や展開する商品やその対象顧客を把握するだけでなく、窓口となっている担当者の組織における立場や実際の決裁者、予算が何の費用として予算組みされているのか。

あるいは既存顧客のライフサイクルに注目して、初回購入、オプションやサポートサービスの利用、アップグレード、クロスセルなどの各段階においても何を提案していくかということを考える必要がある。
たとえば、それは僕たちのようなWeb制作の業界であれば、まず口座を開いてもらうための現状のWebサイトの評価サービスの提案などからはじめ、リニューアル構築、そして、運用のサポート、効果測定、さらには、潜在的な機会を捉えてイノベーションにつなげるような追加提案など、深く顧客企業に入り込めば、顧客のコンテキストも共有できるようになり、より顧客のニーズや置かれた状況にマッチした提案も可能になる。
それは見知らぬ顧客を一から開拓するより営業コストも少なくて済むし、先方の満足度も違ってきます。

そうしたことも含めて顧客のコンテキストを理解しなければ、真に顧客にマッチしたソリューション提案は行えません。

最近、特に感じるのは、上記のような意味において、ペルソナ戦略が有効なのは、B2Bでも同じなのだろうということです。

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵のような緻密さで顧客のコンテキストを描く

知ってもらう、理解してもらう、買ってもらう、使ってもらう。そして、満足してもらう。

マーケティングを展開する上では、B2Cだろうと、B2Bだろうと、はたまた、B2B2Cのモデルであろうと、認知、商品理解、購入促進、利用促進、満足度向上のそれぞれのシーンで、顧客のコンテキストを理解した上でのコミュニケーション、インタラクションが必要になってきます。

その顧客のコンテキストを理解し、可視化するツールとしてペルソナという手法が有効だということは、下記の関連エントリーにもあるとおり、このブログでは何度か言及しています。

ただ、このブログを読んでくださっている方の中でも、まだ、いまひとつペルソナが何かということがわからない人もいると思います。

僕は最近、ペルソナをこう考えています。

ペルソナとは、自社の商品やサービスをターゲットとする顧客/ユーザーが購入する/利用するシーンを、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵のような緻密さで描いたものだ、と。

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵は、ご存知のとおり、前面の人物だけでなく、その人物が纏った衣服も家具も、周囲の草花も、背景にある山岳や河川までもが、同じように非常に緻密で繊細に描かれています。
あなたは自分が売ろうとしている/使ってもらおうとしている、あるいは、これからデザインしようとしている商品やサービス、あるいは、顧客へのコミュニケーションを行う際に、それが実際の顧客の手に届くとき、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵なみに、その人が置かれた状況を描写することができているでしょうか?

創造とは新しいものの見方の発見

同じ商品でも顧客の置かれた状況によっては、顧客と商品のあいだで生まれる経験=インタラクションの価値は異なります。
お腹がすいているときに食べるのと、それほどお腹がすいていないときに食べるのでは同じものを食べても感じるおいしさは異なるでしょう。

その意味で、顧客の状況をレオナルド・ダ・ヴィンチの絵なみに詳細に描ければ、顧客と商品のマッチングの度合いは高まり、顧客の満足度も違ってくるはずです。
そして、ペルソナが有効なのは、ペルソナを使ってシナリオを描くことではじめて、その絵の未熟さからどれだけ自分が顧客の利用シーンをわかっていないかということがわかるからです。

見えていないものは描けません。たとえ、無理やり描いたとしてもそれが事実に基づかない仮説である点は誰より描いた本人がわかるはずです。

ただ、ぼんやり見るということと、絵を描くために対象を見るのとでは見方がまったく違います。
何かを最近デッサンしたことがある方なら、それがわかるはずです。
いかに普段、自分がものをちゃんと見ていないか。何かを描くことで変わるのはそうした自分の盲目性の発見です。

顧客の利用シーンを理解するということは、普段の自分のものの見方とは異なるものの見方を発見するということでもあるはずです。
そして、その新しいものの見方こそが創造にほかなりません

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵を動画にする

もう1つ。ペルソナを描く際、顧客の利用コンテキストを理解しようとする際、その場合に必要になるのは「動詞で考える」ということです。

使う。買う。知る。理解する。それらはどれも動詞です。
僕たちは、ヒトとモノのあいだにあるコト=イベントを描く必要がある。
いうなれば、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵の緻密さを維持したまま、それを動画にする必要があるのです。
ユーザーが自分たちのデザインしたものを使っている絵をいかに早い段階でビデオに焼き付けられるかが勝負になります。

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵にはコードが隠されていると言われ、僕らはそれをデコードしたくなる。
しかし、僕らが描くペルソナはデコードを誘引するというよりも、そこから新たなコーディングにつなげるためのものなのでしょう。



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