2013年10月09日

ジョン・ラスキンの思想から「デザインの本来」を考え直してみる

最近、自分のなかで「デザイン」という言葉への捉え方が変わりつつあるのを感じています。
それもあって、もう1回、自分のなかで「デザイン」って何だろう?というのを勉強したり、整理しなおしたりしようとしはじめました。



「デザイン」という言葉への捉え方が変わってきているという点では、まず「デザイン」の起源を今までとは違った形で考え直したいなという風に思っています。その起源をどう捉えるかで、デザインという言葉の占めるものも変わってくると思うからです。

数年前からしばらく僕は「デザインの誕生」をルネサンス期以降と考えていました。

Oxford English Dictionaryに、英語としての'design'が初出したのが1593年。
その後、イタリアのマニエリスト、フェデリコ・ツッカーリが1607年の「絵画、彫刻、建築のイデア」というエッセーの中に「ディゼーニョ・インテルノ disegno interno」という芸術家自身の内面のイメージを外化する方法を提唱することで、それまでの外界をありのまま模倣するミメーシス的な芸術観に対置しました。
"disegno interno"、英語にすれば、"interior design"です。

僕は、この頃を「デザインの誕生」の時期と考えていました。
そこではじまった人間の活動を「デザイン」と捉えようと思っていたからです。

もちろん、これは1つの見方であって、どういう視点で捉えるかで変わるものだと思っています。そして、僕自身、現にその捉え方を変えようとしているのがいま。
すこし前まで、デザインという人間の活動をあえてルネサンス以降のものと捉えようとしていたのは、それまでの創作・制作活動とルネサンス期から現在までつながっているといってよい創作・制作活動を分けて考えようとしていたからです(過去記事「ディゼーニョ・インテルノ(デザインの誕生1)」参照)。そこで区切ってみたいと思うのは、中世までと、ルネサンス以降とで、人間が生きていく上でのパラダイムが大きく変わったと思うからで、そのパラダイムのなかでの価値において行われる創作・制作活動も当然、意味が異なると思うからです。

いま、その考えをすこし変えようと思っています。中世とルネサンスのあいだにパラダイムの変化を見る考えには変わりありません。ただ、そのパラダイムシフトの時期を「デザインの誕生」の時期としてではなく、あらためて「デザインが本来を見失った時期」として捉えなおしてみようと考えているのです。

そう捉えなおすことで、「デザイン」という言葉のもつ意味を従来とは違う形で、自分のなかで再定義してみたいと思っています。

デザインが本来を見失った時期

まあ、考えていることが変わったわけではありません。
従来、僕は「デザイン」という人間の活動を欠陥があるものと捉えていて、その悪い活動をしはじめたのが16世紀の終わりから17世紀の初期だろうという風に考えていたわけです。でも、いまはその時期をデザインが本来を忘れることで、欠陥を抱えてしまった時期だと捉えなおしてみようと思っているのです。
つまり、デザインという人間活動の本来を思い出してみたいなと画策しているわけです。

そんなことを画策しながら、まず手に取ったのは、ジョン・ラスキンの『ヴェネツィアの石』です。



ジョン・ラスキンは、19世紀イギリスの美術評論家であり、アーツ・アンド・クラフト運動の主導者でもあったウィリアム・モリスの師であり、トルストイやプルースト、そして、ガンディーまでもがラスキンの著作からの影響を公言している人です。
すこし前に読んだワイリー・サイファーの『文学とテクノロジー』でも、さかんにラスキンを評価する記述があり、そんなこともあって今回「デザイン」についてあらためて考えようと思ったときにまずはラスキンを読んでみようと考えたわけです。

そのラスキンが『ヴェネツィアの石』のなかで、まさにこんな風に書いているんです。

合理的啓蒙主義者は、芸術を保存し、宗教を捨て去った。その合理的芸術がいわゆるルネッサンスであって、異教の体系への回帰によって特徴づけられる。異教体系を採用してキリスト教のために浄化するのではなくて、模倣者として異教の下で弟子になることで、異教に回帰するのであった。絵画で先頭を切ったのは、ジュリオ・ロマーノとニコラ・プーサンであり、建築では、ヤコポ・サンソヴィーノとアンドレア・パラディオである。

ここで名前のあがるジュリオ・ロマーノ、ニコラ・プーサン、ヤコポ・サンソヴィーノ、アンドレア・パラディオの画家、建築家はいずれも16世紀〜17世紀にかけて活躍した芸術家です。遠近法の発見とともに自然をあるがままに描こうとしていた初期ルネサンス期が過ぎ、冒頭にあげたような内面イメージの外化がツッカーリのような理論家によってまとめられようとしていた時期です。ようするに、僕が考えていた人間生活に関するパラダイム変化によって、芸術をはじめ、人間の創作・制作活動に変化が生じはじめていた時期とまさに一致します。

ロマーノやプーサンはマニエリスム〜バロックの画家として、サンソヴィーノやパラディオは古典主義の建築家として、「キリスト教道徳、勇気、知性、それに芸術のすべてが崩れて一つの残骸の山となった」といった悪しき変容を生み出したとラスキンは考えます。

ラスキンは、この変化をカトリック教会の混迷とそれにともなう人びとの生活の変化に発すると考えています。

すべての建築のこの堕落は−特に教会建築に著しいが−、全ヨーロッパにおける宗教の状態、すなわち、ローマ教徒の迷信への妄信とその結果としての公衆道徳の低下と堕落(これが宗教改革を引き起こす要因)と符合し、その宗教の状態を特徴づけている。

それまで人びとの生活文化に模範を提示していたカトリック教会がその力を失うことで、生活文化そのものが悪いほうに変化する。その堕落が建築にも、絵画や彫刻などの芸術も堕落させるという。

ところで、ラスキンは、なぜ生活文化の堕落が建築や絵画などの芸術にも堕落させたと考えるのでしょう?

そこには宗教やそれにともなう生活文化の堕落をなんとかしようとする2つの動きがあったからだとラスキンはいいます。その2つの動きの1つが宗教改革の動きであり、もう1つがルネサンスでした。

この堕落したローマ教皇の政治に反対する2つの大きな対抗勢力の集団が台頭した。一方はドイツとイギリスのプロテスタントであり、他方はフランスとイタリアの合理的啓蒙主義者であった。前者は宗教の浄化を要求し、後者は宗教の破壊を要求した。

プロテスタントは、ローマ・カトリックの宗教を退けると同時に、その宗教に実質的に活力を与えてもいた、その芸術表現も退けました。
一方で、ルネサンス人である「合理的啓蒙主義者は、芸術を保存し、宗教を捨て去った」という反対の道を選びます。そして、異教徒の哲学-とりわけネオ・プラトニズムのイデア論-に従う形で芸術家自身の内面のイメージを描きだすことに専念しました。

この2つの動きのいずれもが、それまで緊密につながり活力を与えあっていた、宗教−芸術−生活文化の関係を切り裂いてしまったのです。ラスキンが、ルネサンス期の芸術の堕落をいうのは、まさに宗教や生活文化との連なりや活力を分け合う絆を芸術が失ってしまったと考えるからなのです。

贅沢に費やそう

先にも名前を出した『文学とテクノロジー』のなかで、著者のワイリー・サイファーは、ラスキンがゴシック建築に見出したものを次のように紹介しています。

芸術とは浪費の一様式であり、なにものかをその功利的価値のためのみでなく、それを作る喜びそのもののために作ろうとする欲望である。動物のなかでも最も模倣的なものとして、人間は余計なものを作ることに自らを費やし、その余計な努力は浪費よりも創造のなかに費やされるべきものである。ラスキンはこの原理を彼のゴシック解釈の基礎としているが、たしかにゴシックは機能的であるばかりでなく装飾的でもある。事実、ラスキンはいわゆる機能的建築というものが、功利性のみをめざして、われわれの喜びの記念碑として存在するはずのもののために「贅沢に費やそう」とする無計画な本能に根ざしていないとき、その背後にひそむ迷妄を嗅ぎとっていたのであった。ゴシック様式の装飾は建築における吝嗇の法則を修正する。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

サイファーの『文学とテクノロジー』は、まさにラスキンが生きた19世紀の芸術家たちがこぞって方法に狂い、とにかく無駄をなくして効率化をめざす「吝嗇の法則」に陥ったのを描いた、こちらも刺激的な一冊です。


その芸術家たちがこぞって方法に狂い、効率化を目指した19世紀において、贅沢こそが芸術に必要なものであり、おシックの装飾にその芸術性をみてとったラスキンは非常に異質な存在として、サイファーは評価しているのです。
それにしても、ラスキンの「贅沢に費やそう」という考えは、近代建築を代表する建築家の1人であるミース・ファン・デル・ローエの有名な言葉「Less is more.」(より少ないことは、より豊かなこと)とまさに正反対でおもしろい。
おなじように、いま僕が取り組んでいるイノベーション文脈の1つの手法として注目される、リーン・スタートアップの考え方も、この視点で過度に「無駄をなくす」ことに注力してしまう間違った方向にとらえるとつまらないものになると思う。あくまで無駄をなくすというのは、マネジメントの観点のみで考え、そこでデザインし実現するもの自体にはしっかりラスキンがいうような贅も残すことを意識しないといけないとあらためて思います。

その流れでいうと、ラスキンを師と仰ぐウィリアム・モリスは、純粋芸術に対し「日常生活の身のまわりのものを美しくする芸術総体」としての"Lesser Arts"を大切にとらえました。この源流にあるのは間違いなくラスキンの考えだと思うのですが、ここでモリスが想定する「美しさ」も、僕ら現代人が考える美しさとはすこし違うのだろうなと思います。間違ってもミース・ファン・デル・ローエの有名な言葉「Less is more.」や、Apple的なシンプルからくる美しさでではないだろうと感じます。それはラスキンがゴシックに見出した余剰な贅沢があることで、それにより人びとの生活のなかにある精神性やモラルと緊密につながるよう構想された美しさなのだろう、と思うのです。

だから、「人を中心にデザインを考える」という場合でも、現代のそれのように機械的・システム的・利用価値的な意味で考えるのと、ラスキンが美しさを見出したようなゴシック的精神性やモラルとともにあった人を中心に考えるのでは大きく異なるのだろうな、と思っています。この意味で、人間中心のデザインというのも、ラスキンよりにシフトさせたいという思いが僕にはあります。

美的革命

ところで、サイファーの『文学とテクノロジー』では、19世紀の芸術家たちが方法に狂い、効率化に価値を起きすぎたことで、芸術家自身が芸術や世界そのものから疎外される状況に陥ったことも指摘しています。
純粋芸術の純粋さは、まさに現実世界や自分が行う仕事そのものからさえ切り離されてしまった純粋さだともいえます。

その傾向は現代にもまさにつながっていて、いましきりに「自分ごと」という言葉がもてはやされているのは、芸術家だけでなく、あらゆる人びとがいまなお方法と効率の罠にはまったまま、世界や自分の仕事そのものから疎外された状況にあるからでしょう。

その一方で、サイファーは、ルネサンス以前の中世の工人・職人たちの仕事に、19世紀芸術家や現代のわれわれ社会人とは異なる社会とのつながりを有していたことを指摘します。

中世の工人は自分の作品が本当にひとから必要とされたものであり、自分に定められた技術が1つの社会的な認証を得たものであることを知っていたにちがいない。しかし、いわゆる応用芸術とはいちじるしい対照をなして、いわゆる美術(ファイン・アート)の疎外は芸術家を孤立させ、彼は孤立のなかで内にとぐろを巻いて、自分の仕事をそれ自体のためにだけ行う以外に術もなくなったのである。かくして、手段媒体の自律的使用とは異なったものとしての技芸(クラフト)の問題が、19世紀の後期において起こることになる。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

仕事によって社会とつながる。ここでサイファーのいう「本当にひとから必要とされたもの」の意味を、無駄にいらないものを作るのではなく必需品だけをつくるという意味にとると間違えます。それは先のラスキンの「贅沢に費やそう」という意味合いも含んだ「必要」なのだと思います。そこには間違いなく浪費の必要さがあるはずです。もちろん、それは現代のように次々とものを使い捨てるような贅沢ではなく、1つの作品そのものに込められた贅沢をゆっくり尊敬の念をもって味わうような贅沢なのでしょう。現代の次から次へと建てられ、消費される高層建築ではなく、長い時間をかけてつくられ、そしてそれ以上に長い時間をかけて使い続けられるゴシック建築のような贅沢さです。

そこにこそ、デザインの本来がかかわるような創作・制作の姿勢があったのではないか? そう考えてみたくなります。
「贅沢に費やそう」とする創作の仕事には、社会から疎外されることなく、社会との一体感を感じられるような労働の喜びがあっただろうとサイファーはいいます。

マルクスが最初考えていたように、共産主義とは経済的、倫理的革命であると同時に美的革命でもある。共産主義社会のもとでは、産業主義的活動の「疎外された世界」は最後には芸術的世界に道を譲ることになり、そこでは労働が喜び−ラスキンやモリスが言う永遠の喜びとなる。なぜなら、職人は自分の仕事のなかで自らを充足させ、労働を人間的、創造的なものと化すからである。経済的生活を芸術的活動に変容させるためには、浪費に関するうつろな技術主義的観念、つまり浪費とは非能率であるという考えをうち棄てねばならない。ピュリタン的先入観は追放しなければならない。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

いま「共創(co-creation)」という用語で語られる以上の社会への参加がそこにはあると感じます。

モリスと同時代を生きた、民藝運動の父として知られる柳宗悦さんは、かつて『工藝の道』にこう書きました。

されば工藝の美は伝統の美である。作者自らの力によるものではない。(中略)よき作を守護するものは、長い長い歴史の背景である。今日まで積み重ねられた伝統の力である。そこにはあの驚くべき幾億年の自然の経過が潜み、そうして幾百代の人間の労作の堆積があるのである。

そう、ここに書かれているようなその時間の社会だけでなく伝統でつながった過去からの社会との一体感が本当の意味で僕らが必要とする共創であり、またサステナビリティーなんだろうなと感じます。

そんなところからもう一度、デザインの本来を考えてみたい。
ということもあって、いまはラスキンの考えについて、もっと知りたいと考えているところです。

  
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posted by HIROKI tanahashi at 09:04| デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする