2013年08月16日

専門性と地図の時代の終わりに

1962年発刊の古典的名著『グーテンベルクの銀河系』の冒頭、マーシャル・マクルーハンは『リア王』を引きながら、シェイクスピアがその作品の中で描いた17世紀初頭におけるスペシャリスト(専門家)の時代の到来について言及しています。
ただ王の名と
それに纏わる形だけはこの身に留めておく、
が、統治の実権、財産収入、その他いっさいの大権行使は、
よいか、挙げてお前らの手に委ねるぞ、
ウィリアム・シェイクスピア『リア王』

宮殿の王座の間に集まった3人の娘達や下臣たちの前で、リア王はこう宣言し、自らの権力や財産を娘や下臣たちに委譲しようとします。



マクルーハンは、シェイクスピアが描いたこの権限委譲と領土の分配のシーンに、スペシャリストの誕生を読み取ります。
自国の地図を手にし、”よいか、私の治下の領土を3つに分けた”と口にし、その領土を娘たちに分配しようとするリア王は、自らが娘や下臣とともに担っていた領土に関する権限や責任を細かく分割して譲渡することで、自らを含めた各人のスペシャリスト化を図ったのだと指摘するのです。

最初の大量生産商品としての印刷本

マクルーハンの考えの独創性は、17世紀初頭のスペシャリスト登場の背景にグーテンベルクの発明の強い影響があることを指摘した点にあります。

印刷本こそ最初の大量生産商品であるとマクルーハンは言います。

印刷本は史上初の大量生産物であったが、それと同時にやはり最初の均質にして反復可能な<商品>でもあった。活字というばらばらなものを組み上げるこの組み立て工程こそが均質で、かつ化学実験が〔他者の手によっても〕再現可能なように再現可能な〔活字を崩しても再びそっくりそのままに組みこむことができる〕製品を可能にしたのである。

印刷本以前の本である写本は反復的な生産が不可能ですべて1点ものでした。それゆえ同一の本を複数人が所有することはできません。
もちろん、写本の内容をさらに書き写せば内容そのものは複数人で共有できますが、そもそも写本の時代の人びとが、いまの僕たちと同じように本を所有したいと思っていたかというとおそらく違っていたでしょう。
印刷技術がはじめて同一の品を大量に反復生産できる本を生み出したことではじめて、本は所有欲を駆り立てる商品となったのです。

印刷本の登場によってはじめて知は私有可能になり、同じ知を複数人が持てるようになる

しかし、印刷技術による革新は単純に多くの人が本を所有できるようになったというだけには留まりません。
印刷本の登場こそが人類の歴史が始まって以来はじめて、たくさんの人のあいだで均一な知識の共有を可能にしたのですから。

すでに本どころか、インターネットにつながったモバイルデバイスを通じて、いつでもカンタンにいろんな知にアクセスできることが当たり前になってしまっている私たちは、知識が共有できないという状況そのものがピンとこなかったりします。
しかし、知が共有できなければ、いつもいっしょにいる仲間以外の人と、ある物事に対して議論することもできません。いっしょにその物事について考えを含めたり、何かを計画したりすることもできないはずです。ようはディスカッショッンもままならないし、研究開発したり企画設計したりもできないということになります。
これは大変です。それではなかなか世の中を変えるものを生み出すことができないからです。
中世までは特定の技能が徐々に円熟味を増していく方向では進むものの、新しい革新的な発明がなかなか生まれなかったのもそのためだったといってよいはずです。

職能に関する知識も印刷本以前の世界では同じ状況でした。
中世までは仕事に関する知識もまた、職人たちのあいだの限られた範囲のなかで実践的な修練によってしか伝えることができなかったのです。大量に知を流通させるメディアがなかったからです。
中世に職人たちのギルドが存在した理由はそういうこともあったのでしょう。仲間として近くに集まる意外に知を伝達しあう方法がなかったことがギルドという連帯を生んだ1つの要因だったのではないでしょうか。

しかし、その職能に関する知識もほかの知識と同様に、グーテンベルクの発明以降、徐々に明文化され印刷されることで広く行き渡るようになります。
ディドロらが編纂したいわゆる百科全書にはさまざまな職業的技術の図版が紹介されるようになりましたし、コメニウスが子供向けの絵入り教育本として編纂した『世界図絵』(1658年刊行)でもビールの醸造やぶどうの収穫、大工や仕立て屋の仕事がイラスト付きで紹介されています。



こうした私的所有の可能な印刷本が普及することで、均一な知識が多くの人に共有されるようになり、そのことで知自体がさらに磨かれることになります。それぞれの仕事の領域における技術や知識が体系化され、様々な職能の分化とそれぞれの領域における専門家の誕生を用意したのだというのがマクルーハンの指摘です。

紙の上で知が排他的に細分化されたことで生まれたスペシャリストたち

まさに、リア王が地図という紙の平面で娘たちへの領土の分配を示したのと同じように、印刷された紙のうえで様々な職業的な知の細分化〜分配が行われたことでそれを享受したスペシャリストの登場が可能になったということです。

ここでリア王が地図を使って領土の分配と権限の委譲により、娘や下臣たちのスペシャリスト化を促したことと、印刷本が知の体系化と細分化を可能にしたことで多くのスペシャリストが生まれたことが重なってみるのはただの偶然ではありません。

リア王が使用した地図もまた、メルカトルの投影図法が考案された時代である16世紀における新案物であった。つまり、当時地図は権力と富の外縁部分をあたらしい眼で目直す新時代のヴィジョンへ導く鍵であった。コロンブスは航海者であるまえに地図製作者であった。そしてあたかも空間が均質で連続しているかのように、空間内を直線コースで進むことが可能であるという発見は、ルネサンス時代に人間が獲得したあたらしい意識となった。さらにこの場合重要なことは、リア王の中心的なテーマが彼が広げた地図から直接でてくる点である。つまり、視覚だけを切り離し、それを孤立させた上で、それをすべての判断のもとに据えるという一種の精神的盲目状態がここにはある。

そう。均一な紙の平面上で分けたり、並べたり、組み合わせをいろいろ試したりすることで、知の専門化は進むし、印刷本がなかった時代にはむずかしかったディスカッションや研究開発や企画設計が可能になる。つまり、近代からつい最近まで世界を変えるために使っていた技法のほとんどがそこから出てきているといっても過言でないと思っています。

こうした印刷本のもつ力が社会にもたらす影響を敏感に感じとって作品で表現したのが劇作家のシェイクスピアだったというのも偶然ではないでしょう。まさに演劇という表現で創作をしていたシェイクスピアにとって、世の中に普及しはじめた印刷本の影響に強い危機感を感じていたはずですから。

専門性と地図の時代の終わりに

しかし、そんなグーテンベルクの革命以来はじまった専門性と地図の時代も終わりかけているんだろうなという印象から、ある依頼された原稿として書き始めたのが実はこのブログ記事の元だったりします。
あいにく、その原稿の内容としてはちょっとふさわしくないかなと思ったので、その原稿用としてはボツにしたのですが、せっかくある程度書いたのでもったいないと思い、加筆修正した、いまこの記事になっています。

そこで展開しようと思っていたことは、いまこのインターネット以降の世界中でイノベーションが求められる時代には、高度に細分化され、それによって閉鎖的にもなっている専門性や、すべてが見渡せることが前提となった地図的発想のマネジメントや時間をかけて作り上げる計画というのは、あまり役に立たなくなっているよなーという印象を強くもっています。

伊藤穰一さんが「世界の変化のスピードがこれだけ速くなると、〈地図〉はもはや役に立たない。必要なのは〈コンパス〉です」と言っているように、いまや世界がある程度静的に変化しないことを前提としたようなツールを使ったマネジメントというのは成立しなくなているのだと思います。静的に動かない世界を前提にすることで可能であった時間をかけてつくる事業計画をベースにしたマネジメントなどはまったく役に立たなくなっています。

それよりも変化のスピードがはやく、リサーチで見つけたファクトなどは次の瞬間には役に立たなくなるような正解の存在しない世界を前提に、リーン・スタートアップのように小さなプロトタイプによる仮説検証をコンパスとして、自分たちの進むべきマネジメントしていく姿勢こそが求められているのだと思うのです。

そんな世界での歩み方をもうすこし具体的に展開しようと思っていたのが、先の依頼原稿でしたが、その内容はまさにそちらの原稿のほうで展開しようと思うので、このブログはこのへんで終わろうかと。

 
posted by HIROKI tanahashi at 23:29| イノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする