ペルソナは用途を狭くし、そして爆発的に広げる

yusukeさんのこの感覚、まず直感的にいうと、絶対的な真理をついていると思います。

ソフトウェアのパターン化というのは、その代替された業務だけみていると確かに制限にしか見えません。融通が利かないというか。しかし、そうしたパターン化があることで情報の流通性が非常に高まります。これまでは自由なフォーマットで書いていた手紙が、Eメールになることで世界中に届くようになったように。

直感的なだけだと話が成り立たないので、なぜ正しいと思うのかを整理してみます。

ペルソナというパターン化の手法

まず、なぜ「パターン化が世界を狭くする一方で、それを爆発的に広げる」というyusukeさんの意見に反応したのかを述べておきます。

最近、ペルソナづいていて、いろんなところでペルソナ作成を提案しているのですが、実はその反応がイマイチなんです。

イマイチな理由はまだ僕自身のペルソナの提案、プレゼン自体がこなれていない点が大部分を占めるのですが、そこでお客さんから返ってくる反応が「特定のお客さんに絞るわけにはいかない」とか「個別の顧客に深く入り込むのも大切ですが、もっと大きくパターンを見つけたい」というものだったりするんです。

ペルソナというものが複数の顧客あるいはユーザーに対する調査データを元に共通のパターンを見出した上でターゲットユーザーのモデルをつくる手法だということが正しく認識いただけないようです。

3回ほど続けて似たような反応だったので、すこしアプローチの仕方(プレゼンおよび資料)を変えてみようと思っているのですが、問題点として、このペルソナに対する誤解には以下の2つの認識違いがあると感じています。

  1. ペルソナが数多くのユーザー調査の結果から得られたデータから共通のパターンといえる要素を抽出、親和図法などを用いて分類・統合した上で、ペルソナとしてモデリングする、パターン化~モデリングの手法であることが認識されにくい
  2. 反対にパターン化というところを認識された場合、特定のパターン(個別のパターン)に集中して、ターゲティングの範囲を狭めるのを恐れる場合がある

1つ目の問題は、僕自身がアプローチを変えて正しくペルソナというものを認識していただけるよう努力することで解消できるとして、問題は2番目のほうで、これがまさしくyusukeさんがあげたシステム化によるパターン化と同じく、パターン化そのものへの誤解だと思っています。

パターン化は世界も用途も狭めない、なぜなら・・・

確かに一見、パターン化は、

いわく人間が持っている柔軟性や才能をあるパターンに押し込んでしまうことで人間の能力を制限しているのだと。

いう風に見えなくもありません。
ペルソナというモデリングにより、1つもしくはペルソナを作成した数だけのターゲットに絞り込むことも可能性を制限しているようにも見えます。

しかし、どちらも能力や可能性というものを過剰に評価しすぎていると思います。
なぜなら、発現していない能力、可視化されていない可能性というものは使い物にならないということがそこでは忘れられているからです。

(a)「知性」は、「理解」を前提とする。
(b)「理解」は、「覚醒」を前提とする。
ロジャー・ペンローズ『心の影』

「覚醒」、すなわち意識されないもの、無意識にあるものは「理解」もされないし、「知性」に発展することもありえません。
潜在的な能力や可能性が現実において成果を生み出すようになるためには、それが意識化、可視化されることが前提になるはずです。

パターン化、モデル化は、まさにこの潜在的な能力や可能性を可視化して、理解し、成果を生み出す知性として機能させるものだと思われます。
それゆえにパターン化やモデル化は、世界や用途を狭めているというよりは、存在しなかった世界や用途を生み出すもの、潜在的なものを顕在化させるものだと思います。


ペルソナは、すべての顧客やユーザーの代表となるのか。

例えば、ジョン・S・プルーイットの『ペルソナ戦略―マーケティング、製品開発、デザインを顧客志向にする』では、ペルソナについての「想定問答集」として次のようなQ&A項目が用意されています。

Q5:ペルソナは、すべての顧客やユーザーの代表となるのか。
A5:いいえ。ペルソナはすべての顧客またはユーザーの代表にはならないし、なるべきでもない。ペルソナはむしろ、製品やビジネスを成功に導くうえで重要だと考えられる「ユーザー・セグメント」「マーケット・セグメント」の中に存在する人物の代表といえる。ペルソナは典型的ユーザーの例であるとともに、強力な戦略ターゲットの例でもある。

そう。顧客やユーザーをセグメンテーションしないマーケティングはありません。
セグメンテーション~ターゲティングが明確でない商品は、誰もが使いやすいようにデザインされた中途半端で使えないモノと同じように売れません。

ユーザビリティ:特定の利用状況において、特定のユーザによって、ある製品が、指定された目標を達成するために用いられる際の、有効性、効率、満足度の度合い。
ISO9241-11

利用状況、利用者、利用者の目的が特定されないシステムはユーザビリティの度合いも低くならざるをえないはずです。

その意味で、パターン化によって用途が狭められた商品あるいはシステムは、実はその用途が限定されることで、実際にはそれを利用するユーザーの数が爆発的に広がる可能性をもつのだと思います。

そういう意味で、yusukeさんの「パターン化は世界を狭くし、そして爆発的に広げる」というのは正しい見方だと思うんです。

  

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この記事へのコメント

  • yusuke

    なるほど「パターン化、モデル化は潜在的な能力や可能性を可視化する」というのは、言われてみればそのとおりですね。だかこそ利用できる。
    たしかに整理されました!ありがとうございます。
    2007年03月29日 22:48
  • tanahashi

    あとyusukeさんに紹介してもらった『ビルディングタイプの解剖学』をいま読んでるところですが、あの本に書かれていることともこの話は関連してそうですね。
    2007年03月30日 00:12
  • yusuke

    あの本は、本当に学びが多いですね。「構造が行動を規定するからこそ、行動が構造を決定する」。
    ソフトウェアの持つ構造もある意味は同じなのですが、違うことがある。確かに認知が知性をもたらすという視点で見ると面白いですね。
    2007年03月30日 10:22

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