User Centered Designが必要な理由

これまでもこのブログでは、ISO13407の人間中心設計プロセスや、奥出直人さんが『デザイン思考の道具箱―イノベーションを生む会社のつくり方』の中で提唱している創造のプロセスについて紹介してきました。

これらはともにUser Centered Design(UCD)のデザインプロセスです。

User Centered Design(UCD)と言い方は、ISO13407のHuman Centered Design(HCD)と同義と考えてよいと思います。
最近では、UCDという言葉のほうが多く使われているようなので、このブログでは、UCDやユーザー中心デザインという言葉をこれからは使っていきたいと思います。

User Centered Designの3つの活動

1つの画期的な製品・サービスがイノベーションを起こすことで企業に革新をもたらすように、ユーザーの生活や仕事にイノベーションをもたらすようデザインされたものは、それがWebサイトでも、企業組織そのものでも、企業の経営革新ツールの役割を果たします。

User Centered Designのデザイン思考は、組織に革新をもたらすために、組織の創造性を高める戦略には不可欠なものだといえるでしょう。

ISO13407に基づいてUCDを推進する上では以下の3つの活動が必要となるとされます。

1.リクワイアメント・エンジニアリング(Requirement Engineering)活動
ユーザーの利用状況の分析を把握し、ユーザーと組織の要求を仕様書およびペルソナを用いたシナリオとして作成する活動
2.ユーザビリティ・エンジニアリング(Usability Engineering)活動
ユーザー要求仕様をベースとして、ユーザビリティに配慮した具体的な設計、プロトタイプに落とし込む活動
3.ユーザビリティ・アセスメント(Usability Assessment)活動
ユーザビリティ評価基準を作成し、実際の設計がユーザー要求に沿っているかをユーザーテスト法などを用いて評価する活動


当然、UCDを推進する上では、これら3つの活動を実際に行うことができるスキルをもった人がプロジェクトチームには必要になります。

この3つの活動は以下のISO13407:人間中心設計プロセスに対応しています。

  1. 人間中心設計の必要性の特定
  2. 利用の状況の把握と明示
  3. ユーザーと組織の要求事項の明示
  4. 設計による解決案の作成
  5. 要求事項に対する設計の評価




では、これらの活動がなぜ必要で、実際に3つの活動においては何を行なえばよいのでしょうか?

ユーザーの利用状況と一言で言っても・・・

以前、「ブランドとは何か?:1.A Model of Brandとパースの記号論」というエントリーで紹介した、Dubberly Design Officeというサンフランシスコのデザインファームによる「A Model of Brand」というブランド・コンセプトマップを覚えてらっしゃる方はいるでしょうか。

こんな図です。

A Model of Brand

この図をベースに、製品やサービスを利用するユーザーの利用状況、利用による経験、そして、利用結果としての評価=価値の認識の関係を描いたのが下の図です。



僕らがある製品やサービスを利用する際には、決して真っ白な状態でそれを利用するわけではありません。そして、その利用経験による商品やサービスの評価も当然、まっさらな状態でなされるわけではない。

ISO9241-11ではユーザビリティは「ある製品が、特定のユーザーによって、特定の利用状況下で、特定の目標を達成するために用いられる際の、有効さ、効率及びユーザー満足度の度合い」と定義されていますが、上の図で示したのもそれと同じことです。

ある製品やサービスの利用経験によるその製品やサービスの評価(ユーザビリティだけでなく、より感情的な満足度や愛着なども含めて)は、それを利用するユーザーの「物理的環境」「個人的な状況」「知識や嗜好性」に左右されますし、ヒトが共通にもつ認知基盤にも制限されます。また、当然、ユーザーがそれをどんな目的で利用するのかによっても当然、評価は異なるでしょう。
そして、それらのユーザーが製品やサービスを利用する際の前提条件そのものが、その製品やサービスに関連付けられた「評判」や「利用者イメージ」、「知名度や話題性」の影響を受けるでしょう。

UCDでごく簡単に「利用状況」と一言で示されるものは、実はこんなに深いものであることを皆さん、製品やサービス、それからWebサイト、あるいは企業そのものやブランドをデザインする際に考えているでしょうか?

User Centered Designが必要な理由

こうした複雑極まりない「ユーザーの利用状況」が製品やWebサイトのユーザビリティ、製品ブランドや企業ブランドにユーザーが感じる価値の前提条件となるのです。
こうしたものを考慮せずにデザインしようというのはむしろ無謀であり、狂気の沙汰です。

もちろん、製品やサービスの種類が少なく、ユーザーの選択肢が少ない時代であれば、それでも済んだのかもしれません。まったく使えないものでない限り、選択肢が少なければユーザーは多少の不満はあっても限られた選択肢の中から最適なものを選ぶしかないのですから。

しかし、製品やサービスが多様化し、同時にユーザーのライフスタイルも多様化し、ユーザーがもつ情報量も圧倒的に増えた現在では、これまでのように技術主導、デザイナーの主観的な思いが主導するやり方では、ユーザーに満足を与えるものをデザインすることはむずかしくなってきているのではないでしょうか?

また、コンピュータ技術の急激な進歩がこれまでには存在しなかったユーザーと製品・サービスの間のインタラクションを次々に生み出していることも、UCDの必要性を強くしているのだと思います。

User Centered Designの3つの活動に求められるもの

こうした状況下だからこそ、UCDのデザイン・プロセスにおいて先にあげた3つの活動が必要になるのです。

リクワイアメント・エンジニアリング(RE)活動は、先の図で示したような複雑なユーザーの利用状況を把握し、明示しなくてはなりません。それには、心理学や脳科学を含む認知科学的な知識も必要となりますし、実際にユーザーが利用しているところを観察するためのスキルとしてエスノメソドロジー(現象学的社会学)の知識、競合製品との比較などをはじめとする市場環境の理解を行うためのマーケティング的知識も同時に必要なはずです。
こうした複合的なスキルによる人類学者的アプローチで得たユーザーの利用状況に関する知見を、後の設計や評価の際の基準となるよう、ペルソナを使ったシナリオとして描くことがRE活動の最終的なアウトプットになります。

その後のユーザビリティ・エンジニアリング(UE)活動ユーザビリティ・アセスメント(UA)活動では、数多くのプロトタイプ制作とユーザーテスト、そして、デザインチームによるブレインストーミングを繰り返しながら、実際の製品なりサービスとユーザーとのギャップを埋めていくことになります。
先に示したとおり、ユーザーの利用状況は複雑極まりなく、どんなに優秀なRE担当者がその状況を詳しく観察、調査しても、そのすべてを網羅することはできません。それゆえ、調査では拾いきれない部分から生じるバグを、実際のプロトタイプ制作、ユーザーテストにより潰していくことが大事なのです。

重要なのは知識や技術ではなく創造性

いずれにしても、User Centered Designでは、様々な知識や技術が必要になりますが、重要なのは、知識や技術をもっていること自体ではありません。知識や技術を生かして創造性を発揮すること=デザインすることこそが重要なのです

そして、ISO13407や奥出さんの「創造のプロセス」、あるいはIDEOのやり方は、まさにこの創造性を発揮するためのデザイン・プロセスなのです。それは創造力をもった個人によるものではなく、創造性を生むプロセスをもった組織力によるものだと思います。
これから多くの企業がこのUCDのプロセスを学び、身につけ、自社の製品開発、サービス開発のみならず、自社の事業そのものをユーザー中心でデザインすることが迫られるのではないかと考えます。

   

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