足裏で感じる石畳の情報量
原さんが仕事でバリ島に行ったときのことだそうです。原さんはバリ島の古いホテルに滞在されたそうですが、そのホテルでは広い敷地にコテージが点在していて、そのあいだには古い石畳が敷き詰められていたそうです。客は裸足で石畳の上を歩くのだそうですが、それが非常に気持ちよかったと原さんは記しています。
何十年も人がその上を歩いた結果、石畳の表面が磨り減り、それが気持ちよかったのだそうです。原さんは人が歩いて磨り減った石畳を大変デリケートだと感じ、そのデリケートさを「すごく情報量が多い」と思うと同時に「もしこの情報をすべて自分のパソコンに取り込んだら、すぐフリーズを起こしてしまうだろう」と感じたそうです。
少ない情報量に脳はストレスを感じている?
そして、原さんはこう書きます。今の社会は情報過多と言われますが、実は「過多」ではないのではないか。「半端な」「欠片のような」情報が、おびただしくメディアの中に存在しているだけではないのか、とその時に気づいたのです。欠片一個一個の情報の量は、むしろ非常に少ない。情報量が半端なものがおびただしく存在している状況に、脳はストレスを感じているのではないでしょうか。原研哉「HAPTIC」
『デザイン言語2.0 インタラクションの思考法』より
確かにこの感じは非常にわかります。
沖縄の西表島や熊野など、非常に自然がたくさんあるところに旅行に行った際、僕も同じようなことを感じます。
普段、見ているPCの画面や本のページに書かれている情報はそれに比べてはるかに少ない。旅先でストレスから解放されるのは、単に仕事の忙しさから解放されるからだけでなく、脳が少ない情報量のストレス状態から、適切な情報量が得られる環境に移ってストレスから解放されるのかもしれません。
Ex-formation
原さんは武蔵野美術大学で、学生と一緒に「Ex-formation」という研究もされたようです。Ex-formationとは、informationの逆。in/exの関係にあるものです。interiorに対するexteriorの関係ですよね。
最近「知ってる、知ってる」とよく言いますよね。「ル・コルビジェって知ってる?」「あ、知ってる、知ってる、雑誌に載ってた」「バウハウスって知ってる_「あ、知ってる知ってる、テレビで特集してた」と言います。情報にタッチすれば「知ってる」になるわけです。原研哉「HAPTIC」
『デザイン言語2.0 インタラクションの思考法』より
原さんは、この「知ってる、知ってる」がその先に思考や知識欲が発展していかない「思考の終止符のように機能している」といいます。
それに対して、原さんのEx-formationは、物事を未知化しようという取り組みで、「知らない」ということを発見するために具体的な作業を学生とともに行ったようです。
実際、どんなことをしたかは本(『デザイン言語2.0 インタラクションの思考法』)を読んでみてください。
新しいインタラクションのデザイン
この未知化=Ex-formationという情報=モノへの接し方が、これからのインタラクション・デザインにはすごく重要なんだろうなって思います。同じ本に、ロボットのデザインやSuicaのカードリーダーなどをデザインした山中俊治さんがこんなことを書いています。
重要なのは、私たちは、人間が新しい機械に対して接したときにどのように振舞うかを予測できるほど、自分たち自身のことをわかってはいないということです。言い換えれば、何か新しいテクノロジーを取り入れるたびに、実際に試してみるしかないということです。それを可能にする作業がプロトタイピングです。山中俊治「ロボットのデザイン+技術における身体性」
『デザイン言語2.0 インタラクションの思考法』より
実際、山中さんはSuicaのカードリーダーをデザインする際、読み取り時にかかる0.2秒のあいだ、ユーザーにカードをリーダーに接触させるために最適なデザイン=すなわち、カードリーダーが有効に「使える」ためのデザインを生み出すために、JR田町駅でプロトタイプを使ったテストを何度も行ったそうです。
使えるデザインは当たり前ではない
『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 』でドナルド・A・ノーマンが数多くの「使えない」デザインを紹介してくれていますが、僕らは自分が知っていると思っている以上に、人がモノをどう使うのかを知らないし、どんなデザインにすれば人がモノを使えなくなるかについてもほとんどわかっていません。昨日の「「ユーザビリティ=使いやすさ」なんて誤訳をいつまで放置するのか?」でも書きましたが、新しいモノを生み出す際には、僕らはユーザーがそれをどう使うのかについて何も知らず、それゆえに「使いやすさ」の前にまず「使える」かどうかが問題になる。
プロトタイプ製作とテストの繰り返しにより、新しいモノと人とのインタラクションを「使える」状態にもっていってあげる作業が必要になるわけです。
「知ってる」という範囲のなかでデザインの作業をするのではなく、自分の「知ってる」を解体して未知化=発見する作業とともにデザインの作業を進めていくスキルが必要になるのだと思います。
使えるデザインは当たり前ではないといことをまず知ることからはじめなくてはいけないのだと思います。
それはいろいろ「知ってる」という擬似的な情報過多の状態から、本当に未知の情報が山ほど存在している現実に目をむけることを意味するのでしょう。
あるいは、同じようにあらゆる商品が存在するという擬似的な認知状態から、いまだ満たされていないニーズはたくさんあり、それを満たす商品は今ある商品の数以上に存在するという認識への移行とも重なってくるのかもしれません。
「僕たちは何をデザインしているのか?」という問い
MarkeZineの「第8回 Web2.0以降のデザイン・プロセス(前編)(後編)」でも書きましたが、用途が増え、同時にデザインに用いることのできるボキャブラリーが増えれば、その膨大な組み合わせの中から「使える」「使いやすい」「不満を感じない」最適なデザインパターンを生み出すのはむずかしくなります。その困難なデザインを行うプロセスのなかで、まったくユーザーを関与させない方法で、最適なデザインを行うことはむずかしいはずです。
ましてや、ユーザー不在で、デザイン会社とクライアントの間のみで、ああでもないこうでもないと議論を繰り返すのは、かなり不毛な気がします。
そういう意味で、これからのインタラクション・デザインではやはり「フィールドワーク」「プロトタイプ」「ユーザーテスト」「ブレインストーミング」がデザイン・プロセスで非常に重要な意味を占めてくるのではないかと思っています。
僕たちは何をデザインしているのか?
その答えをカンタンにわかったつもりにならない。
「何をデザインしているのか?」という問いの答え自体を、僕たち自身が未知化=Ex-formationする作業、それができるスキルを身につけることが必要なのだと思います。
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