社会に新しい価値をもたらすイノベーションを技術ではなくデザイン思考で創造することを目指し、そのためにユーザー中心のデザイン・プロセスで、観察、モデルづくり、テストの繰り返しにより、実際にユーザーが利用する際のインタラクション、経験をデザインしていく。
ここまで読んでくださった方なら、そろそろ「ユーザビリティ=使いやすさ」なんて誤訳をいつまで放置するのか?と書いてみても納得していただけるのではないかと思います。
ユーザビリティは使いやすさのことではない
いったい、どうして「ユーザビリティ=使いやすさ」なんて誤訳が一般化されてしまったのでしょうか?とにかくユーザビリティを「使いやすさ」のことだと認識するのは大間違いです。
何故なら「使いやすさ」の前に、そもそも「使えるか」「使うか」という問題があるからです。ユーザビリティの問題は、まずそこを問うことからはじまるのです。
考えればわかると思いますが、使えないもの、使う価値がないものの使いやすさを追求したところで何の意味もありません。ユーザーが期待する目的を果たせないものがどんなに使いやすかったとしても、それに価値はありません。ユーザーが目的を果たすために使えること、また、ユーザーが目的達成のためにそれを使いたいと思うことのほうが「使いやすさ」を考えるよりもはるかに根本的な問題なのです。
ユーザーが使いたいと思うものを使えるようにデザインすること、それがまずユーザビリティの条件なのです。
今あるものの改善か? 満たされていないニーズの発見か?
にもかかわらず、多くの場で「ユーザビリティ=使いやすさ」なんてことが当然のように言われ、書かれています。まったく、どうしてそんなことになるのでしょうか?
そうした考え方には、デザインしたもの、作ったものは基本的には「使える」「使いたいと思われる」とユーザーが感じてくれるであろうという、作り手やデザイナーの側の驕りが感じられます。
あるいは、デザインする側が既存にあり、すでに使われているもののデザインを改善することしか念頭においていないからそうなるのでしょう。
何故、今あるものの改善だけしか視野に入れず、ほかにもきっと困っていること、不満に感じていることが多いはずの人々の暮らしを助けるものをデザインすることに目を向けないのでしょうか?
そういう本当に人々が必要としているであろうものをつくろうとせずに、今あるものを小手先でデザインしなおしただけの、ユーザーにはほとんど違いがわからないものを売り出して、ものが売れないなんて嘆くのはちょっとおかしいのではないか。
「使いやすさ」より「使える」が大事
あるいは、それは商品ではなく、Webサイトでも同様で、情報の中身や提供する機能を変えずに、ビジュアルデザインや情報構造をいじっただけで、アクセス数を増やしたり、コンバージョン率をあげようとするのは、決して根本的な改善ではないと思います。根本的に数字を劇的に伸ばそうと思えば、そんな小手先の改善だけでなく、ユーザーが本当に求めているものは何かをユーザーの生活に入り込んで(フィールドワークで)考え、そこで満たされていないユーザーのニーズを満たすために「使える」ものをデザインするにはどうすればよいかを考えなくてはしょうがない。
すでにあるものの「使いやすさ」を考えるより、まだ満たされていないニーズに対して「使える」ソリューションをデザインし、提供することのほうが、企業にとってもユーザーにとってもよっぽど大事なのは、ちょっと考えればわかることのはずです。
僕たちの怠慢
しかし、これまではその「ちょっと考える」という行為、自分の仕事において基本中の基本であることを、僕たち、Webのデザインに関わる人々、企業で商品やサービスの開発に関わるマーケターの人々は怠ってきました。だからこそ、ユーザビリティ=使いやすさなんて、安易な発想に安住して、自分たちの手で新しいモノ、新しい経験、新しい価値をデザインするのだという、よりむずかしく、けれど、きっと楽しいはずの仕事に手をつけてこなかったのだと思います。
これははっきりとデザインや商品・サービス開発に関わる人の怠慢でしょう。
しかし、もちろん、その怠慢にも理由がなかったわけではありません。
20世紀においては、科学技術がイノベーションを先導してきた。しかし、21世紀には、「デザイン戦略」がイノベーションを先導することになるだろうと、世界最大のデザインコンサルタント会社IDEO社長のティム・ブラウンは語った。「デザイン戦略」とは、消費者のニーズを探り出し、そのニーズを実現するプロダクトなりサービスを可能にする技術と組み合わせていくビジネス戦略を意味する。奥出直人「デザイン思考とデザイン戦略」
『デザイン言語2.0 インタラクションの思考法』より
そう。これまでどちらかといえば、新しいものを生み出すのは科学技術の仕事だと思われていたのだと思います。デザインこそが新しいものを生み出すコアな技術であるとは考えられていませんでした。
気づいてしまったからには・・・
しかし、もはや気づかなかったとはいえません。デザインにイノベーションをもたらす力があると知った僕たちは、以前のように気づかずに「ユーザビリティ=使いやすさ」なんてところに安住しているわけにはいきません。
気づいたからには、既存の「使いやすさ」より未来の「使える」を生み出すデザインに積極的に足を踏み込んでいく必要があるでしょう。
既存の枠にとらわれない柔軟な思考で、身軽に外の世界で人々の行動を観察し、楽しみながらプロトタイプをつくり、ユーザーにテストをしてもらい、その結果を一人ではなくチームでブレインストーミングをしながらデザインのアイデアをブラッシュアップしていく。
こうしたプロセスのなかで、新しい「使える=ユーザービリティに優れた」モノ、経験をデザインしていく。そうした発想、行動、スキルがいまのビジネスやWebのデザインには求められているのだと思います。
ユーザビリティの認識がはやく「使いやすさ」から「使える」という認識に変わればと思います。
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この記事へのコメント
shingo
しかし「誤訳である事」と「どちらが大事か」の相関が分かりません。
「使いやすさ」はcreateではなくupdateのみに使われる概念という事なのでしょうか?
または、二つの話を平行してなさっているのでしょうか?
tanahashi
誤訳は実際には言いすぎです。
ISO9241-11にも、
Extent to which a product can be used by specified users to achieve specified goals with effectiveness, efficieny and satisfaction in a cspecified context of use.
と定義されている。
僕が、ここで書いたのは、"efficieny"より"effectiveness"でしょうということです。
重要さを順位付けした場合、
effectiveness > efficieny > satisfaction
の順でしょう、ということです。
> 「使いやすさ」はcreateではなくupdateのみに使われる概念という事なのでしょうか?
という質問に関しては、ちょっと違います。「使いやすさ」は改善しようとすれば、ある意味、無限に向上が目指せる。
だから、「使いやすさ」を目的に既存の商品なりサービスを改善し続けるのはカンタンです。
しかし、いつまでも既存のものの改善にばかり目をむけていると新しい価値創造ができなかったりする。例えば、walkmanの改善をしてたら、iPod(+iTunes+iTMS)なんてものがでちゃったという感じで。
で、新しいものをつくる場合には「使いやすさ」より「使える」が重要になる。まず「使える」状態にしてあげないと「使いやすさ」など問題にならないので。
なので、論点としては、
・デザインには新しい価値創造も期待されてますよね
・その場合、ユーザビリティは「使いやすさ」より「使える」が問題になりますよね
・ユーザビリティを使いやすさのことと単純に考えてしまうのは、デザインが新しい価値を創造するということを無視してしまっていますよね
ということでしょうか。
論旨がわかりにくかったようなので、まとめてみました。
課長007
大阪おばちゃん、アイデア玉手箱――商品開発、まかしとき(FROM関西)(2007/02/28)
http://company.nikkei.co.jp/news/news.cfm?Nik_Code=0000238&Page=1&Back_sid=IR_CT&KIJIID=20070228NRS0032&DATE_FORSEARCH=2007/02/28
「発明は必要の母なり」。ですね?
shingo
私自身、時間の経過につれて視点と視野が末端に移行してしまう事が多い気がするので、注意して行きたいと思います。
(U)