答えはユーザーが知っている

デザインする僕らではわからないことも、ユーザーが教えてくれる。ユーザーテストを行う利点は、そこにあります。

1つ前の「ユーザーテストを行う企業文化(インタラクション・デザインの未来)」でも、ユーザーテストの有効性について書きましたが、どうも多くの方が「ユーザーテスト」というものを誤解されていらっしゃるのではないかと思っています。

アンケート法との違い

例えば、ユーザーテストは5人やれば十分と言われています。
この人数を聞いて、そんなに少なくて何がわかるんだという方は多い。でも、それはアンケートなどの調査手法に慣れてしまっているからなのでしょう。

しかし、「ユーザーテストを行う企業文化(インタラクション・デザインの未来)」でも書いたように、アンケート法とユーザーテスト法では、そもそも目的も答えの導き方も違います。
アンケート法は、現状の満足度を調べるために定量的にユーザーの声を聞く手法ですが、プロトタイプを用いてデザインの評価を行うユーザーテスト法や既存の商品・サービス・Webサイトなどを用いてユーザーのニーズや利用状況を探るフィールドワーク的な手法では、ユーザーの声を聞くのではなくユーザーの行動を観察しますし、現状を知るのではなく未来をつくるきっかけを探るための手法です。
デザインの検証のためのユーザーテストにしても、デザインが創造しようとする未来のユーザー行動が、プロトタイプを触ってもらうなかでのユーザー行動にきちんと表れているか、また、表れていないのであればどこで問題が生じているかを観察者が把握するためのものです。プロトタイプとユーザーの行動のギャップは5人もテストすれば十分にわかるのです。

インタラクションにおける齟齬

プロトタイプを使ったユーザーテスト法や既存に市場で使われているものを使ったフィールドワーク手法(師匠と弟子など)を行う利点は、実際にユーザーがデザインされたものを使っている場面を観察することで、デザインされたものとユーザーのインタラクションの間の齟齬を発見できる点です。

デザインする側にそれをデザインしようという目的がある。
それをデザインすることで何かを成し遂げようという意思があるはずです。
意思がないデザインがどうしようもないということはすでに書きましたので、今回は問題にしません。あくまでデザインする側には目的、意思があるということで話を進めます。

しかし、その意思も実際にデザインしたものを通じて、実際に利用するユーザーに伝わらなければ何も起こりません。
特にデザインされたものとユーザーの行動の間のインタラクションをデザインする場合には、両者の間に齟齬があり、期待したインタラクションが成立しないのでは、デザインが成功したとはいえないでしょう。

イノベーションをデザインする場合のむずかしさ

そして、新しいものを生み出そうとすればするほど、そこでデザインされるインタラクションそのものが既存には存在しない場合が多いので、デザインはむずかしくなる。
イノベーションをデザインする場合のむずかしさは、そのデザインはまだ誰も触れたことがないし、利用したことがない点にあります

だからこそ、早めにプロトタイプをつくって、ユーザーに実際に触ってもらう必要があります。
どんなにデザイナーが頭のなかで想像してユーザーはこう使ってくれるはずだと思っても、実際のユーザーはそんな風には使わないということは往々にして起こりえるからです。

答えはユーザーが知っている

僕は自分が広義のデザイナーだと思っていますが、狭義のデザイナーがやるようにヴィジュアルデザインを起こすわけでもないし、画面構成や情報構造のデザインを必ずしも自分で行うわけではありません。

そういう立場で、出来上がってきたプロトタイプを、実際にユーザーテストする前に、被験者代わりにテストしたり、ヒューリスティック的に評価を行うことがあります。

実際に出来上がってきたプロトを見たり、ユーザーテストで与えられるタスクの項目に従って操作をしてみると、たまに「あれ、これなんかおかしいな」、「使いにくい」、「わかりにくいな」と感じることはよくあります。

なぜ、そう感じるのか理由がわかる場合もあれば、「おかしい」「使いにくい」と感じつつ、なぜそうなのかがわからないこともあります。
理由がわかる場合は、実際のユーザーテストを行う前に修正したりできますが、理由がわからない場合はそのままにして実際にユーザーテストを行うしかありません。

で、実際に本当のターゲットユーザーを被験者としてユーザーテストを行うと、たいてい僕が感じた違和感の理由を、ユーザーが教えてくれます
もちろん、「教えてくれる」といっても、答えをそのままユーザーが伝えてくれるのではなく、行動や不満の声を表すことで、違和感の理由の謎を解くヒントを与えてくれるんです。

例えば、デザインされたものの空間的配置や時間的な並びが、ユーザーの普段の行動のなかのプロセスと異なっていたりすると、違和感や使いにくさを生じる原因になります。
しかし、それは僕やデザイナーがターゲットユーザーの視点に立ってイメージしたくらいではわからないものだったりします。

手続き記憶、暗黙知

その齟齬は、実際に自分の生活時間、生活空間のなかで行動しているユーザーだけが知っているものです。いや、実際にはユーザーは知っているのではなく、そのように身体に染み込ませているものなのです。

そういう行動は、いわゆる脳科学や心理学の分野で、手続き記憶と呼ばれるようなものをベースに行っている行動なのでしょう。いわゆる形式知/暗黙知という区分でいえば明らかに後者です。それを頭だけで想像しようとしてもできるわけがないのです。それは実際のユーザー行動から学ぶしかないものです。

そして、新しい行動、新しいインタラクション、そして、それによる新しい喜びや楽しさにつながるユーザー経験をデザインしようとするのなら、プロトタイプをいくつも作って、ユーザーに実際に触ってもらい、その行動を観察する以外にデザインの評価を行う術はありません。

そうやってテストを行えば、デザインする僕らではわからないことも、ユーザーが教えてくれる。ユーザーテストを行う利点は、そこにあります。

驕った人々

しかし、どうもユーザーテストというと、いわゆるシステムテストのようなものを想像してしまうのか、たんにちゃんと使用通りに動くのか、問題はないかだけを知るために行うもののように思われがちです。

断言しますが、ユーザーテストの目的はまったくそんなところにはありません。というより、そんな風に考える人はユーザーがシステムの一部のように、自分たちの思い通りに動いてくれるものだと想定してるんでしょうか? そんな根拠のない驕りは大概にしてほしい。新しいインタラクション、人々を動かす新しい価値を生み出そうとしようという時に、そんな驕った態度ではなにも生み出せません。

誰も知らない世界をデザインしようというのですから、もっと積極的に学ぼう、発見しようとする姿勢がなければ何も生まれません。
そして、誰も知らない世界を生み出す以外にこの物余り、情報過多、あらゆるものが高速でコモディティ化する社会、市場において、どうやって継続的に利益を創出していけるのか?です。

売れない、なかなか利益があがらない、どうやって成長していくか、などと嘆く前に、僕たちは自分たちの姿勢そのものを大きく見直す必要があるのではないでしょうか?




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