ユーザーテストを行う企業文化(インタラクション・デザインの未来)

設計を詳細な段階まで落とし込んでしまう前に、プロトタイプを作ってユーザーテストをすることは、Webサイトのようなインタラクティブシステムをつくる上ではとても大事なことです。
そのことはユーザーテストを繰り返すたびに実感できることです。

ユーザーテスト=ユーザーの行動に訊ねる、そして、感じとる

よくユーザー視点に立つといいますが、頭で想像するだけではやはり限界があります。
なので、ユーザー視点に立ったつもりであれこれ考えて根拠のない仕様確定を行うよりも、早い段階で簡単なプロトタイプを作り、実際のユーザーの行動に訊いてみるほうが実はずいぶんとラクだったりします。

この場合、ユーザーの行動に訊くのであって、ユーザーの意見を訊くわけではありません
ユーザーテストは、いわゆる他のユーザー調査法-アンケートやグループインタビュー-とは目的とするものが違うのです。

ユーザーテストでは、テスト担当者が実際にプロトタイプを使っているユーザーの行動のなかの「?」を感じるんです。テストのなかの行動に、ユーザーの生活を垣間見るんです。
そこにユーザーの隠されたニーズや、システムで想定される概念モデルとユーザーの生活空間(それは実空間であるとともにユーザーの頭のなかの意識の空間です)とのギャップを感じ取るのです。

ユーザーテストは「顧客の声を聞く」こととは目的が違う

勘違いしてはならないのは、それがいわゆる「顧客の声を聞く」ということとは根本的に異なる目的で行われる手法だということです。

例えば、先日書評で紹介したトム・ケリーの『発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』の続編『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』では、そのことがこんな風に書かれています。

エグゼクティブはとかく、弊社は顧客の声を聞いていますと言いたがる。つねに改善の余地がある世界では、顧客の声を聞くことも大事だが、それはどちらかと言えば未来を予測するよりも現在を評価するのに役立つ。確かに、詳細なアンケートは顧客の満足度を評価するのには有効だが、最も画期的なイノベーションが顧客に質問することから生じるとは、私たちには思えない。
トム・ケリー『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』

つまり、「顧客の声を聞く」のは、現在を改善することを目的に使われる手法で、一方のユーザーテスト=「ユーザーの生活を観察する」のは、未来の画期的なイノベーションを生み出すために使われる手法なのです

ぜんぜん違いますよね。

早い段階でプロトタイプをつくりテストする

ユーザーテストは設計がほとんどできあがった頃にやってもあまり意味がありません。
意味がないというより、ほとんど設計が終わった状態で、ユーザーニーズやユーザーの利用状況に関する発見があっても、そこから設計を大幅に見直すのではそれまで設計にかけた時間が無駄になります。

なので、発見のためのユーザーテストはできるだけ早く行ったほうがいいんです。
それには早い段階でプロトタイプをつくることです。

トム・ケリーの『発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』で紹介したIDEOでも、早い段階でのプロトタイプは、ダーティープロトタイプといって、ダンボールや粘土でささっと簡単につくってしまうそうです。

Webの場合でも最初の段階のプロトタイプは、Axure RP Pro 4のようなツールを使って、素早く作ってしまったほうがいい。プロトタイプをつくる労力、コストを惜しんで、できるだけ実際の実装にも使えるようにと、きちんとしたマークアップをしようなんて考えてはいけません。
プロトタイプは捨てるものです。絶対に絶対に捨てるものです。

プロトタイプをつくる労力、コストを惜しんで、プロト作成やユーザーテストを行わずにリリースしたサイトで、ビジネス上の成果を失うほうがよっぽど無駄だと考えるべきです。

ユーザーテストを行う企業文化

とにかくデザインで新しい社会的価値を生み出し、それによりビジネス上の成果をあげることを期待するなら、企業は、山ほどのプロトタイプを制作し繰り返しユーザーテストを行うことを自社の企業文化として浸透させる必要があると思います。
そうした繰り返しの中で、イノベーションにつながる発見を行うスキルを組織として身につけることが大事だと思います。

あと、ユーザーテストをしたあと、すぐに関係者でブレストをしないまま、放置してしまうことがあります。それではせっかくのテストの価値が半減してしまいます。
テストを通じて感じたユーザーのニーズや生活そのものは時が経つほど、記憶から失われたり、感じたままではなく関係者のなかで概念化された形に後退してしまうからです。

トム・ケリーはフィールド観察を行う際には「感情的な幅が広くなればなるほど、その結果は良くなる」と言っています。テストで感じたことは、まだその感情がホットなうちに関係者のブレストのなかで語り、そこから斬新なアイデアを導くことが大事だと思います。

ともあれ、顧客と一日過ごして何が見られるかを試してみたらどうだろう。ひょっとしたら、それが前進の一歩になるかもしれない。より優れた新しいものを作りたいと思っているのなら、ぜひとも人が格闘し苦慮しているところを見るべきだ。
トム・ケリー『イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材』

そう。「より優れた新しいものを作りたいと思っている」のなら、せめてプロトタイプ作成~ユーザーテストを企業文化として浸透させる必要があるでしょう。
そして、できれば、ブレインストーミングのスキルを高め、さらにはフィールド観察を行う「人類学者」を育てられれば、なお良いでしょう。

インタラクション・デザインの未来

Webがあらゆる生活シーンの様々な用途で利用されるようになればなるほど、それぞれの生活シーン、用途に応じたインタラクションをより繊細に設計していく必要が高まっていくはずです。

また、来るべきユビキタス・コンピューティングの社会において、人々の生活に埋め込まれた小さなコンピュータたちが何をインプットし、処理し、アウトプットすることで価値を生み出すかは、それぞれの小さなコンピュータが人々の暮らすどんな生活シーン、用途、場面で働くかがわかっていなければ、そのデザインのしようもないはずです。

その時になって突然どうしようかと右往左往する前に、いまの段階から「観察」~「コンセプト」~「プロトタイプ」~「テスト」~「ブレスト」というデザインプロセスに身体と脳を慣らしておいたほうがいいはずです。

それが「未来を予測する」ためのデザイン手法なのですから。



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