進化しすぎた脳/池谷裕二

サブタイトルに「中高生と語る[大脳生理学]の最前線」とあるとおり、とても読みやすい本でした(もちろん、「中高生と語る」ことが即ち「大人にもわかりやすい」という因果関係が成り立つかどうかは別として)。

本書の構成

高校生向けに行った実際の講義の模様を収録しているというスタイルをとっているため、文体そのものが口語的なところも読みやすさを感じる要因なんだと思います。
その意味で非常に感覚的に読めて、僕もあっという間に読み終えてしまいました。

目次としては、こんな感じ。

  • 第1章 人間は脳の力を使いこなせていない
  • 第2章 人間は脳の解釈から逃れられない
  • 第3章 人間はあいまいな記憶しかもてない
  • 第4章 人間は進化のプロセスを進化させる
  • 第5章 僕たちはなぜ脳科学を研究するのか

第1章から第4章までは、先にも書いたように高校生を対象にした講義というスタイルをとっています。新書版向けに付け加えられた第5章は同じスタイルを著者の研究室にいる学生向けに行っています。

各章の概要

第1章ではまず、脳は他の身体の器官と異なり、部位ごとに専門化がみられる器官であるということ、そして、その専門化が身体そのものの機能に依存しているため、「人間は脳の力を使いこなせていない」という話になります。

第2章では、意識とは何かという考察からはじめ、脳と心の関係には意外なほど、自由意志的なものが少ないことが語られます。錯視を例にした「見る」という行為や「言葉」とクオリアの関係など、人の意識が思っている以上に「脳の解釈」の縛られている点を説明しています。

第3章では、コンピュータとは違う人の脳の働きを、人の記憶のあいまいさという点にスポットをあてながら考察。神経の構造、シナプスの働きなどを解説つつも、部分がわかれば全体がわかるのかという疑問を呈しつつ、脳の研究には「複雑系」の視点が必要であることが解説されます。

第4章では、生物的な進化を止めたヒトという種が、身体の進化から環境の進化へと進化の戦略を変更したことを、薬、特にアルツハイマー予防・治療に関する具体的な話を紹介しながら、進化の戦略変更が人間にどのような変化をもたらしているのかを紹介してくれています。

興味深かった点

興味深かったのは、クオリアに関する記述に関してです。
最近、茂木さんの書いたものをよく読んでいるせいもあってか、クオリアに何かしら崇高な感じをもつようになってしまっていましたが、この本ではこんな風に記述されていたりします。

こんな事実から、クオリアというのは脳の活動を決めているものではなくて、脳の活動の副産物にほかならないことがわかる。
池谷裕二『進化しすぎた脳』

この発想は、年初に著書『脳は空より広いか―「私」という現象を考える』を紹介したジェラルド・M・エーデルマンのダイナミック・コア仮説でいわれていたことに非常に近いと思います。

上の引用にはこんな引用が続きます。

「動かそう」というクオリアがまず生まれて、それで体が動いてボタンを押すのではなくて、まずは無神経で神経が活動し始めて、その無意識の神経活動が手の運動を促して「ボタンを押す」という行動を生み出すとともに、その一方でクオリア、つまり「押そう」という意識や感覚を脳に生み出しているってわけだ。
池谷裕二『進化しすぎた脳』

この記述などはまさにエーデルマンが、意識プロセスCとそれに対応するダイナミック・コアの神経プロセスC'の関係について述べた以下のような文章と一致するのではないでしょうか。

Cは、高次元の識別を反映し、ゆえにその高次元の識別をもたらすC'の存在なくしてCが生じることはない。Cは対応関係を反映するものであって、直接的にも場の属性を通しても、物理的に何かを引き起こすことはできない。しかし、C'は違う。C'の活動は次のC'の活動を因果的に引き起こす。そのC'に必然的に伴う、伴立するのがCというわけだ。

エーデルマンも述べているとおり、この考え方は、いわゆる哲学における「心脳問題」、非物質的な心がどうして物質的な身体を動かすことが可能かという問題への解決にもなります。

参考になった点

もう1つ参考になったのは、脳が身体からの影響を受けて機能を常に作り出しているという点です。

練習すると上達するというのは、まさに体が脳を支配している、ってことそのものだよね。練習するに従って、脳のなかでそれ専用の回路がつくられて、一度つくられると、今度はそこをスムーズに情報が通るようになる。だから、最初は考えながら訓練してるかもしれないけど、そのうち無意識にスムーズに体が動くようになる。
池谷裕二『進化しすぎた脳』

この話は非常に納得で、なんでも経験を繰り返さないと上達しないというのは日常にありふれたことです。どんなにブツブツ文句をいっても脳と身体の関係がそうなんだからしょうがないといったところでしょうか。

感想としてはこんな感じですが、本当にさらっと読めて、あんまり脳科学に関する本などを読んだことのない人の入門書としてもかなりおすすめ。
茂木さんの本とかを普段読んでる方もあらためて脳科学、認知科学の世界を概観してみるには手ごろな一冊かと。



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