わかるコンセプト

ちょっと前に「コンセプトがあいまいなら出来るものもあいまい」というエントリーを書きましたが、また違う角度からコンセプトの話をあらためて。

わかるコンセプト

前回のエントリーでは「コンセプトはユーザー視点で描いたサイトの目的」と書きました。

それは言い換えると、新たにつくる商品をデザインする際、ユーザーが実際にできたものを見て、あっ、この商品は冷蔵庫(自転車、入浴剤などなど)なんだ!とわかるための概要をデザインをはじめる最初の段階でまとめておくということです。

冷蔵庫をつくるのに、あたかも自転車のようなコンセプトを立ててしまったら、まともな冷蔵庫はできません(まともな自転車ならできますが)。冷蔵庫をつくるなら、最低でもこれからデザインする対象は「冷蔵庫である」ということがコンセプトに含まれていないと話になりません。

そして、それには「わかる」言葉で表現されることが必要です。
一言でいえば「わかるコンセプト」が必要なのです。

冷蔵庫をデザインするには冷蔵庫らしいコンセプトが必要

コンセプトがわかるということはデザインをする上で非常に重要なことです。

仮に、冷蔵庫をデザインするという言葉がもしデザイナーに理解されなかったら、もしかするとデザイナーは冷蔵庫にタイヤをつけてみたり、ドアを開けると髪の毛が乾かせるよう熱風がでてくる機能をつけてしまうかもしれません。

それがその商品のユーザビリティを損なうのは当然として、最悪なのはコンセプトのあいまいさがデザインの方向性を著しくブレさせてしまうことで、冷蔵庫が冷蔵庫として認識されないようなこともあるということです。

コンセプトはユーザビリティに貢献するだけでなく、デザインされたもののアイデンティティが利用者による認知されるかどうかという点にも関わる重要なものなのです。

デザイナー自身が何をデザインしているかもわからずデザインされるWebサイト

ここまで冷蔵庫の話をしてきましたが、実際、冷蔵庫のデザインを行う際に上記で書いたようなことはまず起こりえないだろうと思います。
たぶん、冷蔵庫をつくる際に、今回のデザイン・コンセプトは冷蔵庫であるということさえ、口にされることはないでしょう。もちろん、それは口にしなくても伝わる、わかることだからです。

しかし、どういうわけか、それがWebサイトのデザインとなると、ここまで書いてきたようなおかしなことが平気で起こったりします。

冷蔵庫をつくるデザイナーは自分が冷蔵庫をデザインしているのだということを忘れることなどないでしょう。
しかし、Webサイトをデザインする人自身が、自分が何をデザインしているのかもわからずデザインすることは結構普通にあったりします

それがWebデザインのおかしなところです。

あいまないな企業サイトのコンセプト

特に企業サイトをデザインする際には、そういうことがよく起こっていると思います。

もちろん、その場合、デザイナーは自分は企業サイトをデザインしていると思っているのでしょう。でも、その企業サイトってユーザー側からみたらどういう用途(アプリケーション)になるの?と言われた場合、果たして明確な回答は出せるかというと大きな疑問があります。

企業サイトのコンセプトとして、例えば「すべてのステークホルダーに対して信頼と親しみを与えるコミュニケーションのプラットフォームに」みたいなものが提示されることがあります。
このコンセプトで自分が何をつくればいいのかわかるデザイナーというのはほとんどいないのではないでしょうか?

冷蔵庫といわれれば、おおよそ何をつくればいいのか想像できます。冷蔵庫の場合、大事なのは、どうすれば他の冷蔵庫より欲しいと思わせ、実際に利用しても買ってよかったと思えるような冷蔵庫をデザインするためのコンセプトを立てることです。

先のコンセプトでも、企業のWebサイトをつくればいいことくらいはわかります。しかし、それ以上の情報はこのきわめてあいまいなコンセプトからは引き出すことができないでしょう。

利用シーンや利用用途がわからないものはデザインしようがない

「信頼と親しみ」とか「コミュニケーションのプラットフォーム」といわれても何のイメージもわきません。
なにしろ、それは「コンセプトはユーザー視点で描いたサイトの目的」という定義も満たしていません。

利用シーンや利用用途がわからないものをデザインしろといわれても、デザイナーにはどうすることもできないはずです。

先に「コンセプトはユーザビリティに貢献するだけでなく、デザインされたもののアイデンティティが利用者による認知されるかどうかという点にも関わる重要なもの」と書きました。
利用シーンや利用用途が一切イメージできないようなコンセプトでは、ユーザビリティの確保はもちろん、その企業の顔ともいえる企業サイトのアイデンティティを保つことさえ、デザインで解決することができないのです。

用途がわからなければ使えないし記憶にも残らない

茂木健一郎さんは『脳とクオリア―なぜ脳に心が生まれるのか』の中で、

「理解」という文脈から見て興味深いのは、陳述記憶が、「理解」なしには成立しないように思われることだ。
茂木健一郎『脳とクオリア―なぜ脳に心が生まれるのか』

と書いています。

茂木さんはこんな例を用いて説明してくれます。

例えば、外国人が「&%$#*?」と何かをしゃべったとします。
もし、耳がよく「Do you have the time?」と聞き取れて、おおよその意味が理解できたなら、何を訊かれたかも覚えていることができるでしょう。
しかし、あいにくその外国人がひどく訛っていて「&%$#*?」という感じで、何をしゃべったか理解できなかったら、それを覚えておくことは非常に困難なはずだというのです。

それが機械的なレコーダーと人間の陳述記憶の差だと茂木さんは言います。

では、Webサイトの話に戻って、ユーザーがそのサイトを訪れて、それが(自分にとって)どんなサイトか理解できなかったとしたら、そのサイトは記憶に残るでしょうか? そのサイトをそのユーザーが再度訪れることはあるでしょうか?

これがユーザビリティとか、訪問者を増やしたいとかいう際のもっとも根本的な問題だと思います。Webサイトのアイデンティティとはそういうものだと思います。

企業サイトのコンセプト、企業自体のコンセプト

そういう観点からみると、企業サイトというのはとにかくコンセプトがわかりにくかったりします。

もちろん、最低限のレベルで「その企業の活動や商品に関する情報を閲覧することができるだろう」というアイデンティティくらいは伝わります。とはいえ、もし企業自体に知名度がなく、訪れたユーザーがその会社が何をしてる会社か知らなければ、上記のアイデンティティもアイデンティティとしては機能しません。

自社の活動や商品について理解してもらいたいのだとすれば、その企業サイトにはその企業自体のコンセプトとほぼ同様のコンセプトが求められるのでしょう。

Webサイトのアイデンティティ喪失の要因

企業サイトから離れて、もうすこしユーザー寄りのサイトを考えてみましょう。
その場合もコンセプトがあいまいで、その結果、デザインされたものからサイトのアイデンティティが感じられなければ、使ってもらえないし、記憶に残ることもないでしょう。
多くのサイトがユーザーに利用してもらうこと、記憶してもらうことを求めているのに、実際にはコンセプトがあいまいなため、期待した結果は得られないことも多いのではないかと思います。

最初の冷蔵庫の話では、冷蔵庫にタイヤや熱風噴出機能がついていても困るし、冷蔵庫だとわからなくってしまう可能性もあると書きました。
でも、Webサイトだとニュースサイトにコミュニティ機能がついていたりといったことが普通にあったりします。ある程度アイデンティティが確立したサイトであれば、そういう付加機能があってもよいのかもしれませんが、そんなサイトが日本にいくつあるのかといえばほんの一握りでしょう。
であるなら、タイヤや熱風噴出機能がついた冷蔵庫同様に、そのサイトはアイデンティティ喪失の要因を自ら作り出していることになります。

要求事項と非要求事項の明示

ISO13407では、最初に「人間中心設計の必要性の特定」を行います。
これがようはコンセプトメイキングです。



誤解されがちですが、このコンセプトメイキングがなければ、その後のプロセスである「利用の状況の把握と明示」も「ユーザーと組織の要求事項の明示」も行えません。

また「ユーザーと組織の要求事項の明示」では、何が必要な機能・コンテンツなのかと同時に、何が必要ではない機能・コンテンツなのかもともに明示する必要があります。
ようするに冷蔵庫にはタイヤや熱風噴出機能は必要ないと明示するわけです。
要求事項の明示とともに非要求事項も明示するのです。

冷蔵庫ならわざわざそんなことをする必要はありませんが、Webサイトだとそもそもの決まった形や機能というものが一般化されてないわけですから、この過程が非常に重要になるわけです。

ブログでもいいからサイトの運営経験をもつ

さて、話は最後にきてちょっと逸れますが、このあたりの話の理解の度合いには、Webをデザインする人が一度でも自分のWebサイトを運営したことがあるかどうかということに関わってくるのではないかと思ったりします。

運営しているサイトはブログでもなんでもかまいません。
ただ、その経験があるかどうかで、ユーザーがサイトを利用するということとサイトを運営することをデザインが結んでいるのだという感覚を腹に落ちる感じで理解することができないのでは?と思うのです。

アイデンティティをどう築き上げるかというデザインは、いわゆるビジュアルデザインだけの話でもないし、情報デザイン、機能デザインの話だけでもありません。
それはまさにWebサイトでのコミュニケーションのデザイン、利用してくれるユーザーとサイトの関係性のデザインであり、当然、そのデザインは単に空間的なものではなく、時間的な意味でのデザイン性も含みます
その時間的な感覚でのデザインがサイトの運営経験をもっているかどうかで異なるのではないかという気がするんです。

その辺もふくめてWebサイトのような情報構造物のデザインって、非常に認知科学的な知識を必要としているのだと最近あらためて感じているところです。

ヒトは物事をどう理解し、どうわかることで利用する欲望を感じるのか?という意味において。

長くなったのでこのへんで。

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この記事へのコメント

  • auzy

    そのとおりですね!
    ただ、人間中心の解釈を、その中心となる人間にどのような変化をもたらすかの想像力が重要で、迎合では無いことがポイントかと。
    つまりコンセプトの最も重要な部分は、伝える道具(言葉)でなく、それ以前の新しいクオリアが自分の中で確立するかどうか。伝えるために言葉にするのは、単純作業みたいなもんじゃないかと思ってます。
    2007年02月17日 19:37
  • tanahashi

    ・想像力の源は、ターゲットのユーザーの行動や感情、しかも、そのターゲット自身さえ気づいていない事実を見つけることか、と。
    ・クオリア。茂木さんのクオリアがあまり有名なので、クオリアのブランドイメージが何かよいものになってしまっていますが、例えば、いま読んでいる池谷裕二『進化しすぎた脳』では「クオリアは言葉の幻影」とも書かれています。言葉が単純作業なんて僕はおこがましいと思ってます。
    2007年02月17日 20:47
  • auzy

     たしかに。。
    クオリアを使ったのは、他に近い表現が無かったものですから。
    ただ、クオリアがどんなものか、科学的裏づけが無い類ですから、名詞のように見えて、実は新種の形容詞だと思っています。
     つまり、言葉によって定義しようとすると、多岐にわたり、無限の深さがあり、収集つかないようなもんだと。

    ところで、コンセプトと、言葉と、形態と、クオリアの関係や順番の件で、下記の記述が微妙に関係あると思うのですが、何か思うところありますでしょうか。
    http://yaplog.jp/trendcyclone/archive/54
    2007年02月18日 05:30

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