2013年02月25日

実験の時代

「実験の時代」です。
唐突に何なの?と思われるかもしれませんが、これまでにない新しいものを早急に確立していくことが社会課題の解決という面でも、ビジネス的な面においてもつよく求められる現在において、無数に考えられるアイデアのなかでどれが現実的に有効かを探り当てるためには実験的な姿勢が欠かせなくなってきているように思うんです。


▲ベンジャミン・マーティン「卓上用の新しい電気装置」(バーバラ・M・スタフォード『アートフル・サイエンス』より)

たとえば、ビジネスの領域においては、リーン・スタートアップが、マネジメントを従来のリスク回避指向のものから、できるだけ早く有効な解に到達するために小さなリスクは積極的にとって実験を繰り返す方向へとシフトさせようとしています。

リーン・スタートアップでは、スタートアップが行うことを「戦略を検証する実験」としてとらえなおす。戦略のどの部分が優れていてどの部分が狂っているのかを検証する実験だ。

自分たちの頭のなかの仮説を検証するために、現実空間である市場において自分たちのビジネスに関する重要な実験を行うことで、仮説の「どの部分が優れていてどの部分が狂っているのか」を明らかにすることを繰り返す。そうすることでスタートアップに課せられたミッションである「できるかぎり早く、作るべきモノー顧客が欲しがり、お金を払ってくれるモノ−を突きとめる」活動をマネジメントしようというのがリーン・スタートアップの基本スタンスです。

それゆえ、リーン・スタートアップにおいては「製品の実態は実験」であると捉えられ、「その実験から得られる成果はどうすれば持続可能な事業が構築できるのかという学びである」というように、従来なら嫌っていたはずの「不確実性」をビジネスの条件にしっかりと盛り込んでマネジメントを行います。

不確実性がきわめて高い市場環境においては、リーン(無駄なく)にスピーディーに結果を残そうとすれば、計画と開発に長い時間をかけた上で一発勝負のように商品を市場に投入する従来のような方法ではあまりにリスクが高すぎ(完全に博打ですよね)、実験の速度をはやめて仮説検証を繰り返しながら解を探っていくスタンスが注目されるのも当然な気がします。

テクノロジーにおける動機としての「最小努力の原理」

さて「製品の実態は実験」と捉えるリーン・スタートアップにおいては、製品はMVP(minimum viable product)と呼ばれます。
そのMVPについてスティーブン・G・ブランクは以下のように説明しています。

MVPは、次のように説明できる。製品開発の無駄を削減する戦術であり、製品をいち早くエバンジェリストユーザーに渡すための戦略であり、顧客から短時間に最大の「学び」を得るツールである。
スティーブン・G・ブランク『スタートアップ・マニュアル』

基本的にここで書かれていることは、僕が先ほどリーン・スタートアップについてカンタンに説明したのと重なる内容だと思います。

ただ、ここでこの文章を引用したのは、次に視点を変えるために、この文章に現れた以下のキーワードに着目してみてもらいたかったからです。
  • 無駄を削減する
  • いち早く
  • 短時間に最大の

そもそも、スタートアップを「リーン」にしようというのですから、こうしたキーワードが繰り返し登場するのはある意味、当然かもしれません。

けれど、以下の文章を読むと、印象はどう変わるでしょう?

純粋科学における動機とテクノロジーにおける動機との区別をよりはっきりさせるために、ここにダニエル・ベルの「技術主義的至上命令」という言葉を思い出してみるのもいいだろう。つまり、それは浪費への恐怖であり、吝嗇の心理学、あるいは後にわれわれが必要とする用語をここに用いれば、倹約の心理学から生まれる能率への関心のことである。いいかえれば、それは最小努力の原理であり、普通それは問題自体の本質の究明にではなく、差し当たりの問題解決ということに向けられるものだ。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

ここでは無駄=浪費をなくし、倹約につとめようとする努力は「差し当たりの問題解決」用の努力であって、「問題自体の本質の究明」に向けられるものではないと書かれていて、その意味で無駄をなくそうとする態度はイノベーションに向かないのでは?と思わせるところがあります。

技術主義化した方法を模索した19世紀以降の芸術

そんな指摘もできるのですが、僕がここで問題にしたいのが、サイファーがこの「浪費への恐怖」だの「吝嗇の心理学」だのを、「テクノロジーにおける動機」として挙げているという点です。

サイファーが、先の引用中でアメリカの社会学者であったダニエル・ベルを引き合いに出しているのも、ベル自身が経済と技術が共通にもつ価値観を「効率」として考えていたからですが、それをここで「純粋科学における動機とテクノロジーにおける動機との区別をよりはっきりさせる」ために引いているのはこの話の前段階でサイファーが、僕らが理系/文系と呼ぶ「2つの文化」の対立に疑問を投げかける次のような論を展開しているからです。

われわれの2つの文化をめぐるうんざりする論争は、科学と文学の関係を誤解していた。そしてかりに対立が存在するとしても、それは科学と文学(あるいは他の芸術)の間にあるのではなく、テクノロジーと科学の間に、およびテクノロジーと芸術の間にあるという事実をおおいかくしてしまったのであった。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

僕らは通常、理系と文系の違いを強調して取り上げがちです。
しかし、ここでサイファーが指摘しているのは、その違いよりも科学や文学といった直接的には経済に影響を与えにくいものと、経済を直接牽引するエンジンの1つでもあるテクノロジーとの違いのほうがはるかに大きなものであり、その理由として後者は先にあげたような「効率」を何よりの評価基準としてもつことだと指摘しているのです。

サイファーがこの本で問題視しているのは、19世紀後半以降、科学も芸術もテクノロジー/方法へと偏執的なこだわりをもつようになり、技術主義的=効率を重視する姿勢が顕著になったという点です。

19世紀がすすむにつれて、事情はやや異なってくる。なぜなら、それは科学と芸術いずれの世界にあっても、絶対的なものと、一定の法則の上に基礎づけられた理論を帯びたすべての方法に没頭した時代だったからである。19世紀方法論に内在した限定された自発性は、かなり単純なものの見方の決定であって、この単純なものの見方というのは、一般に、それ自体理論的な機械的説明を伴った当時の素朴な科学によって助長されたものであった。19世紀的世界観によって、方法は計画的たることを得、その限りで技術主義的たることも得たのである。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

科学も芸術もともにテクノロジー化=方法化したのが、19世紀後半という時代だとサイファーを指摘し、その点では指摘されることの多い「2つの文化」のあいだの断絶はあくまで表面的なものでしかないことを暴くのです。

方法がすべて

このサイファーの視点を含めて、従来の理系/文系という「2つの文化」の枠組みに当てはめると、以下のような4つの領域からなる区分がつくれます。



ここで「科学技術」に対して「方法」と書いたのは、19世紀の芸術家たちが自分自身の作品のつくりかたを極度に意識化・客観化しようとして創作の「方法」につよくこだわったことが指摘されるからです。

バルザックはキュヴィエ、ビュフォン、その他の生物学者や植物学者によって整えられた種の分類を適用することによって、自らの描く世界を扱うことができると考えた。ゾラは医学におけるクロード・ベルナールの方法を呼び出した。フローベルは自らの小説に「科学の正確さ」を与えたいと望み、ド・モーパッサンは、小説家は常に正確な言葉を見いださねばならないと考えていたのである。リアリストたちはロマン主義的「屑鉄」(過去の神話)を捨て去ろうと決意していたが、彼らが共通してもっていた最たるものは、科学の世界で用いられるような方法の意識であった。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

サイファーは、この「方法の意識」が芽生えたのは、リアリスト(自然主義者)をはじめとする19世紀後半の芸術家のあいだであると指摘しています。
それより前のロマン主義者などは科学に魅了されつつも、リアリストのように方法論へと固執することはなかったことを明らかにし、ロマン主義者たちとリアリストたちの違いを次のように表現しています。

ロマン主義者は科学を受け入れたし、リアリストはしばしば科学の後援のもとに働いた−が、しかしリアリストたちは往々にして科学と方法論を混同したのであった。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

この「混同」ゆえに、19世紀の作家たちは次のような考えを共有するようになったのです。

作家は言語の深遠な法則に従わなければならない、「なぜなら彼が用いる素材は、彫刻家の大理石の場合同様、彼自身の創造に成るものではないからであり」、あるいは科学者によって記録される自然のデータとその点では同じだからである。詩人は、ゾラが実験小説の作家に要請したと同じ自己否定を必要とする。両者にとって、方法がすべてなのである。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』

「方法がすべて」とすることで作家の属人性としての自己を否定し、作品の客観性を確保しようとしたのです。

「可触の事物の領域」と「観念の世界」の二極分化

こうした「方法がすべて」であり、それによって自身の活動の客観性を保証できるようにする試みに対する意識は、科学の分野においては、すでに18世紀に芸術の分野に先んじる形で芽生えていたことを、バーバラ・M・スタフォードは『アートフル・サイエンス―啓蒙時代の娯楽と凋落する視覚教育』のなかで指摘しています。

ルクレールの銅版挿絵がアリュージョンとして扱ったところの存在論的な距たりが、可触の事物の領域を、ヴィジョンでのみ了解できる把握不能の観念の世界から分けてしまった。この二極分化が18世紀実験室文化の2つの現実と対応している。現代エスノメソドロジーの語を借りて言えば、この二極性は「デジタリティ(digitality、「指」が原義)」と「オプティシズム(opticism、光学指向)」の拮抗に依って来るものである。認識論的かつ実際的な「実験の問題」は、それが指さばきに依存し、そしてレンズを用いた器具を介在させる点にあった。驚異の効果を器用にうみ、感受する人間を、テキスト化可能な事実に公正に対する観察者に変えるにはどうするかという難問がこうして、科学の行為者たち自身にとっての重大問題であった。
バーバラ・M・スタフォード『アートフル・サイエンス』

18世紀、まさにそれは「実験室文化」の時代でした。
ここに来て、なぜ僕がリーン・スタートアップの話からこんなところまで視線を伸ばしたのかがおわかりになったでしょうか? いま、まさに「実験の時代」となりつつある現代と、その前の「実験の時代」であった18世紀ヨーロッパを比較しておきたかったからです。

18世紀の「実験の時代」において科学者が問題視したのが「デジタリティ(手指的技巧)」と「オプティシズム(光学的表現)」を駆使して行う実験をいかに客観性をもたせるかでした。彼らは、触れることのできる主体の領域において自身のが行う手指による操作や光学的表現から、いかに属人性を切り離して客観的で抽象的な正しさを切り出せるかを模索したのです。
まさに、19世紀において、芸術家たちが客観的な方法により、自身の生み出す作品から自己を消し去ろうとしたことと重なります。

こうした18世紀の科学者が行った「可触の事物の領域」と「観念の世界」にはっきりとした隔たりを可視化する活動をみごとに象徴しているものとして、スタフォードは、以下のようなセバスティアン・ルクレールが『幾何学実践』の挿絵として作成した銅版画を例としてあげるのです。


▲セバスティアン・ルクレール『幾何学実践』(バーバラ・M・スタフォード『アートフル・サイエンス』より)

左右いずれの挿絵でも共通するのは、上に幾何学的な図形が描かれているのに対し、下には奇妙な岩の塊や泉を覗き込む宮廷人のような現実世界の自然な様子が描かれています。この上下に並びつつ、たがいに切り離された2つの領域の距たりこそが18世紀の科学者が、現実世界から科学的客観性を切り離そうとした努力を象徴的に表現しているものといえるのです。

手工、手仕事の危機

問題は、18世紀のの科学者は、なぜ、そうまでして現実世界から距たった客観性を手に入れることにこだわったのかということです。

詐欺師に対して起こった道徳的な警戒の声は近代初めのヨーロッパで手工、手仕事が危機にあったことを浮き彫りにする。ジャグリングが手の作業であったのは実験科学や、機織、家具制作、銀細工などと同じである。それはまた言葉では説明しにくい機械的な巧みに依存するところもあった。
バーバラ・M・スタフォード『アートフル・サイエンス』


以前、『アートフル・サイエンス』の書評記事を書いた際にも、紹介したことですが、17世紀を代表する詩人のジョン・ダンが「新しい哲学はすべてを疑わせる」とうたったデカルトに代表される懐疑主義の影響と、「反−知の形式としてのバロック的想像力を再獲得する」でも描いた魔術も科学もごったになった博物学的世界において次々と登場した影絵投影機、幻灯機のような光学イリュージョン、機械式からくりや公開実験などの視覚的イリュージョンのみせる真実ともまやかしとも判然としない、様々なイメージの横行が、手の技に対する懐疑をつのらせたのが18世紀という時代でした。

中世までは工人その人にしっかりと結びつく形で倫理性が保たれていた技というものが、機械化や方法化によって属人的な結びつきから自由になった18世紀に問題となったのは、イリュージョン=イメージを創造する技がそれを生み出す人物の人格とは直接は結びつきを失ったことによる懐疑をいかにして晴らすか?ということだったのです。

技倆(スキル)もしくは芸(アーティストリー)は真似できないもののように見えて、その工程、結果が18世紀にあっていかにしばしばそっくり盗まれたかは前の章で見ての通りである。専門職というものはただの金稼ぎの身過ぎ世過ぎとちがって、実行者の徳ときちんと結びついた倫理的なものだと考えた啓蒙主義者たちはプラトンとちがわない。しかるに、どんな技(テクネー)にしろ、つくり手の行動、生き方、そして身体と切り離しうる物をうみ出すところに問題があった。
バーバラ・M・スタフォード『アートフル・サイエンス』


ここにスタフォードが指摘するような「手工や手仕事の危機」が生じると同時に、以下でサイファーが指摘する「芸術家の社会からの孤立」が生まれるのです。

中世の工人は自分の作品が本当にひとから必要とされたものであり、自分に定められた技術が1つの社会的な認証を得たものであることを知っていたにちがいない。しかし、いわゆる応用芸術とはいちじるしい対照をなして、いわゆる美術(ファイン・アート)の疎外は芸術家を孤立させ、彼は孤立のなかで内にとぐろを巻いて、自分の仕事をそれ自体のためにだけ行う以外に術もなくなったのである。かくして、手段媒体の自律的使用とは異なったものとしての技芸(クラフト)の問題が、19世紀の後期において起こることになる。
ワイリー・サイファー『文学とテクノロジー』


この疎外はまさに先のルクレールの銅版画における幾何学的領域と自然的領域のあいだの断絶と重なります。
そして、この断絶こそが資本主義的な消費社会を可能にするのです。

名人芸のノウハウは分離可能な剰余物をうみ出した。金を媒介にしてもはや抑制がきかぬまでに社会中を循環した魅惑的な商品はこうして、高貴な愛他精神とは逆のものを意味したのである。稼ぐとはいつも同じ工程を踏むこと、人々が必要とし、また渇望する品目や経験を、金のために繰り返し、そうすることで卑俗化していくことを意味した。
バーバラ・M・スタフォード『アートフル・サイエンス』


工人が必要のためのつくっていた品々は、技術者が渇望を刺激するために生産する商品にとって代わられたのです。
そして、必要のために作られるものでなくなったとき、そこには吝嗇だの効率化だの必要最小限だのを問う懐疑的な姿勢が生じたのであり、その姿勢はまさに主体を客体から分つ断絶によって生まれたものであることを僕らはしっかりと理解しておく必要があるのではないでしょうか。

ビジョンや直感、判断といった人間的な要素を排除しない実験をしよう

そうした過去の流れをふまえて、いまあらためて「実験の時代」というとき、僕らはその実験をあまりに「リーン」であることを目指すためのものであると勘違いしてはいけないのだと思います。

経済=技術の視点からいえば、与えられたリソースの範囲で事業を立ち上げるために「リーン」を目指すのは大事なことですが、けれど、それ自体が目的であるわけではないはずです。
本当の意味で「実験的」であるのは、自分たちが社会と関わる中で人びとといっしょに実現したいと思える新しい価値の創出を、実験的に模索しながらつくりだしていくことであって、それは18世紀後半の科学者や19世紀後半の芸術家のように、世界から切り離された客観性ばかりを大事にすることとは別物だと思います。
むしろ、僕らの実験は、それ以前のよりバロック的なごった煮の世界で、主観も客観も入り交じった、べったりと世界に寄り添いながら体験=実験を行うような泥臭い活動だと思うのです。

そして、この「実験」の捉え方があながち間違っていないのではないかと感じるのは、エリック・リース自身も次のように書いているからです。

リーン・スタートアップは科学的な手法をベースにしているため、方向転換すべきか辛抱すべきかがはっきり決まると思われてしまうことが多い。残念ながらそういうわけにはいかない。ビジョンや直感、判断といった人間的な要素を排除することはできないし、また、するべきでもないと思う。


そう。「人間的な要素を排除しない」ことが大事で、そうすることではじめて僕らは世界から孤立せずに済むのだと思います。よく言う「自分ごととして考える」という話もこの観点から捉えるといいのだと思います。

この不確実性が高い世の中で、世界を自分の足で歩いて探索していくためには、意識して「客観性」にこだわりすぎることを避けることが必要なのではないでしょうか?

   

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posted by HIROKI tanahashi at 23:03| 思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする