Lifehacksは何処にあるのか?

最近たくさんのブックマークを集めた「苦手だと認識したら克服する努力をしてみる」にしてもそうなんですが、どうもこのブログのエントリーではてブの人気を集めやすいのは、Lifehacks系のエントリーみたいです。

といっても、僕自身がLifehacks系だと思って書いているわけではなく、人気になるエントリーの多くが[lifehacks]あるいは[lifehack]というタグが多くついているんですよね。

Lifehacks系エントリーの人気

以下、このブログの被ブックマーク数の上位10件ですが、2位から4位までに[lifehacks]あるいは[lifehack]というタグがついたエントリーが集まっています。
()内の数字が、[lifehacks]あるいは[lifehack]というタグがついた数/総ブックマーク数です。

  1. 企業のWebマスターのための「せめてこれだけは使っておこう」(2/419)
  2. 苦手だと認識したら克服する努力をしてみる(111/385)
  3. 間違えを恐れるあまり思考のアウトプット速度を遅くしていませんか?(66/377)
  4. 「むずかしい」って嘆かない努力をしましょう(22/183)
  5. Webサイトのツリー構造とコンテンツのメタ情報、そして、ナビゲーション(0/151)
  6. ロングテール現象はパレートの法則とまったく対立しない(0/124)
  7. Web2.0的でない企業にはWeb2.0サービスはできない(0/94)
  8. 間違っても人様の会社のブランドをつくることができるなどと勘違いしないこと(0/86)
  9. RSSリーダーにもファッションセンスが必要(0/82)
  10. 企業のWebマスターのための「せめこれ2」(0/63)

この傾向は、僕自身があんまりLifehacks系エントリーを書かないことを考えれば、まさに異常とさえ思えます。
なんで、こんなにこの系統のエントリーばかり被ブックマークが多く集まるのかな? まぁ、そのほかは割とニッチな話題を扱ってるので、当然といえば当然と思えるところもありますが。

Lifehacksの種類

そんなこともわかったわけなので、ついでにちょっとLifehacksなるものについて考えてみます。

僕が考えるのは、Lifehacksの在り処についてです。

というのも、僕のエントリーで人気になっているものは、いわゆるLifehacksという言葉でイメージされるような、何かWeb2.0的な便利ツールを使って人生を効率よく生きるって話とは違うんですよね。
そういうこともあって、僕自身はあんまりLifehacks的エントリーを書いてる実感がなかったります。だけど、そういったツールを使ったものだけがLifehacksではないことはAGREEなんです。

Lifehacksといっても実はいろいろあって、それをカンタンに分類してみると、こんな風になるのかなと思います。

  1. 物質的ツール:ハンマーとか、自動車とか、ポストイットとか
  2. 情報的ツール:Webとか、iPodとか、本とか
  3. 身体的ツール:めがねとか、入れ歯とか、人工臓器とか
  4. 知恵:スキルとか、ノウハウとか
  5. 人的環境:仲間とか、組織的プロセスとか
  6. 物理的環境:オフィスとか、リヴィングとか
  7. クスリ:風邪薬とか、バイアグラとか、ホルモン注射とか

これってツールとか方法論とか全部じゃん、と思いの方、そう、そのとおりです。

たぶん、この中で特別に感じられるものを指すときだけ、Lifehacksって言葉が使われているんだと僕は思ってます。逆にいえば、普段当たり前のように使っているものでも新鮮な使い方を誰かが思いついて、ほかの人にも教えればLifehacksになる。僕のエントリーで人気になっているものなんて、ほとんどそうですもんね。

Lifehacksは何処にあるのか?

で、Lifehacksは何処にあるのか?
これは「「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤/下條信輔」や「脳の来歴」などのエントリーで扱った「意識は何処にあるのか?」という問いに近いような気がしてるんです。

下條信輔さんの『「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤』では、意識は、脳が身体や環境、そして、進化における来歴とつながり、連動していることで生じるものとされます。つまり、意識は単純に脳の中にあるというよりも、脳とそれらの関係のうちに存在しているということがいえます。

僕は、Lifehacksに関しても、同じようなことがいえるのではないかと思っています。それは個々人のLifeにおけるシーンと上記で挙げたようなツールやノウハウなどの関係性のなかにあるということができると思うのです。
それだからこそ、何でもないツールでも場合によってはHackとなりうるし、他人がHackとして用いているものでも自分にとってはそうではない場合がある。Lifehacksとはそういう主観性をもったものだという気がします。

クスリというLifehacks

さて、先のリストに「クスリ」をLifehacksの一分野に挙げました。これをLifehacksに加えると、実はLifehacksを批評的な視点なしで受け入れることができなくなるのではないかと思ったから、リストに挙げてみました。

自動車やめがねのようなツールにしても、ノウハウや組織的プロセスのような無形のものにしても、おそらくLifehacksがあることに批判的な眼をむける人はあまりいないでしょう。しかし、クスリがLifehacksの1つだと考えるとどうか? 
もちろん、風邪薬であれば、ほかのものと変わりなく受け入れられるでしょう。しかし、バイアグラとかになるとどうか? スポーツ選手が筋肉強化財のようなものを服用する場合はどうか? それは単にルール違反だからとか、そういった問題なのでしょうか? たぶん、クスリによるLifehacksは、それを服用していない人にとってはズルいという印象を与えるのではないかと思います。

Lifehacksとズルさ

しかし、そのズルさはカンニングしていい点を取るようなズルさと同じなのでしょうか? 何か人の知らない手を使って自分だけいい思いをするようなズルさと同じなのでしょうか?

であれば、誰もがそのLifehacksにアクセス可能になれば問題ないのでしょうか?
確かにめがねや自動車は誰でも希望すればアクセス可能です(もちろん、自動車には運転免許が必要ですけど)。では、それは単に平等さが問題になっているのでしょうか?

そうは見えても、実際には問題は違うところにあるような気がします。それは何か人が触れてはいけない大事な部分に触れたLifehacksだからこそ、違和感を感じるのではないかと思います。

Lifehacksと大事なもの

でも、それこそが錯覚だという気がします。

クスリによるLifehacksだけがそういう触れてはいけない部分に触れているのではないんだと思います。ほかのLifehacksも基本的にはそういう部分をもっているのだと思う。ただ、クスリが触れている部分だけがまだ僕たちが大事にし続けている部分であるというだけで、すでにほかのLifehacksが壊してしまったものだって、昔は大事なものだったんだろうと思います。

Lifehacksには間違いなく、そういう一面がある。いまは無批判にLifehacksを持ち上げられている風潮がありますが、必ずしも、それはそういう受け入れられ方がされるものではない一面を持っているんだと思うんです。

かといって、僕はLifehacksが生まれてくるのを否定はしません。むしろ、それは創造的な行為だと思うので、擁護したい。
でも、それは同時にそれまで人が大事にしていたものを壊すものであるということも忘れてはいけないんだろうなという気がします。ちょっと感傷的すぎるかもしれませんが、そう思うのです。

 


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