2013年01月12日

「途中」を開放することをサービスとして捉える

昨日ふと、「作らない」デザインどころではないのだな、と気づきました。
むしろ、僕らには「作れない」んだと思いました。



作らないデザインといったことをよく耳にするようになっていますが、むしろ、作れないと認識したほうが常識的な誤解から抜け出しやすいんじゃないかと、そんな風に思ったんです。

僕らがこれまで当たり前のように感じ享受していたはずの、完成品としての製品を作るということが社会的にもかつてほどは輝きを失いつつあるなかで、僕らは、たとえば「街づくり」といったような作れないものを作り続けるという場に立ちあうことが求められていることを各自がはっきりと自覚しなくてはいけないんだ、と。

閉じた系としての製品をデザインするのと、開かれた系である街やコミュニティをデザインするのは別

「街」にしても「コミュニティ」にしても、「作る」ものでもないし「デザインする」ものではありません。
というより「作れない」し「デザインすることはできない」といったほうがいいでしょう。
だって、街にしても、コミュニティにしても、これで完成というような形があるものではないのだから。

すくなくとも、それは「これで完成」という決まった形を実現することを目的としてデザインしたり作ったりできるものではないでしょう。仮に「デザインする」という言葉を使うとしても、閉じた系としての製品をデザインするのと、開かれた系である街やコミュニティのように、人が自律して生活をするプラットフォームをデザインするのとでは、まるで違います。

いや、そもそも特定の誰かが「こうなるといい」と願ったそのヴィジョンを正確になぞるように街やコミュニティの未来が実現するより、その街やコミュニティで生きる人たち自身の行う活動がはじめには予測しなかったような未来を実現していくような形のほうが僕は素敵だと思います。
そして、その最初にはどういう結果が生まれるかわからない作り方、デザインのされ方って、すくなくとも従来のような意味での「作る」とか「デザインする」というのとは違うなと思うわけです。

何かをつくろうとすると実はろくなことがない。正確には「つくること」に騙されるとろくなことがない。つくることを急ぐと、完成された何かの(他所で過去につくられた)作品や事例のイメージをトレースしてそれに向かってしまうからだ。
(略)
地域活性化や経済振興という言葉の罠からいかに解き放たれるかも重要な気がする。その言葉に縛られ続け、お金と労力を費やしてきた結果が今の現状をつくってきたという現実をしっかり客観視するところから始める柔軟さが重要だと思う。

誰か他所の人のイメージに騙されないためにも、僕らは安易に「作れる」のだと思わない方がいいのではないでしょうか?

そういう意味で僕らはいま、自分たちには「作れない」ものがあるのだということをちゃんと認めることが大事なんだと思うし、その上で街やコミュニティのような「決して完成しないものを未完成のまま作り続ける」場に、同じような思いをもった人たちとともに積極的に協働していくよう心がけていくことがとても大事だと思うんです。



参加者自身が自律的に多様なアウトプットを生み出せるような未完成の状態の価値が高まる

それが1つ前の記事「「完成品」より「未完成」であることが大事」で書いた価値共創モデルにおける人びとの暮らし方、働き方の基本になってくるのだろうし、そうなるよう社会のしくみを整備していくことも必要だと考えています。

前回も書きましたが、これからの価値共創の経済文化モデルでは、従来の等価交換の経済文化モデルのように商品の販売・購入を前提として、交換可能な商品を完成させることや完成された品に価値をおくのではなく、いろんな人が参加してそこで多様なアウトプットを参加者自身が生み出せるような未完成の状態の価値が高まってきます。

もちろん、未完成の状態の価値が高まるといっても、自分たち自身の未来のために何かを生み出していこうという意志やそれに基づく具体的な活動が行われている場の価値が高まるわけで、完成されたものはおろか、何もそこから生まれてくる様子もないような状態が許されるようになるということではありません。

なので、それはよく言われるような結果重視に対するプロセス重視でもないのです。
むしろ、結果とプロセスという対比が成り立たないのが価値共創の経済文化モデルであって、僕らは固定された結果を求めるのではなく、絶えず変化を生み出す活動が継続していくこと自体を求めるようになるのです。

その意味では、変化を生み出し続けるしくみを継続的に動かすしくみが必要です。
完成品としての製品を生み出すことに価値があった時代に、製品を作り出す工場や設計開発をする場が必要だったのと同じように、決して完成しないものを生み出し続ける人びとの意志や活動を支援する場=プラットフォームが価値共創モデルでは必要になります。



変化を生み出し続けるしくみを継続的に動かすしくみ

そのプラットフォームは、何よりオープンであることが大事だと思います。
コミュニティづくりの場合でも、iTunes Storeのようなビジネスのプラットフォームの場合でも、誰もが外から参加しやすいようなしくみになっていることが大前提です。

内部だけで活動を行うのでもなく、逆に外部の人がつくってくれたものを手に入れるのでもなく、内と外がうまく交流しあえるような形でネットワーク型のプラットフォームにすることが必要です。
外に開かれたネットワーク型のプラットフォームにすることではじめて持続可能性が確保できるようになるからです。内に閉じてしまえば新しい血が入ってこなくてシュリンクするだろうし、外だけでは逆に継続的な支援がむずかしいでしょう。外から内へ常に新しい血が入ってくるように、絶えず変化を生み出す常態的な「途中」ともいえる活動を外部に向けて開いていくことが持続可能なプラットフォームの前提になるはずです。

そして、絶えず変化を生み出す常態的な「途中」の活動を外に開いていくということは、そのプラットフォームを外の人にとって魅力的なサービスとして捉える必要があるということです。
変化を生み出し続けるしくみを継続的に動かすしくみをデザインするとすれば、そのしくみをサービスのプラットフォームとしてデザインするということになります。「そのプラットフォームがアピールできることは何か?」を整理していきながら「そのプラットフォームにどんな人に集まってきてもらいたいか?」を考えることが、コミュニティづくりだろうと、ビジネス的なオープンサービスプラットフォームづくりであろうと肝になるでしょう。

サービス分野でのオープン・イノベーションを成功させるには、専門的な能力と範囲と規模の経済性の効力を利用しなければならない。専門化によってオープン・イノベーションがビジネスに対して範囲と規模の経済性をもたらされ、自社単独でなく、より多くの個人や企業にかかわってもらうことで、価値の高いビジネスが提供できるエコシステムが形成され、発展していくのだ。

ここでいう「専門化」にあたるような自分たちのアピールポイントを明らかにし、それを中心としてソーシャルメディアをはじめとするインターネットの力も使いながら継続的に自分たちの「途中」の活動過程を外に向けて開放していく
そんな活動を通じて関係性を更新していくことも、意義ある未完成を維持することで常に新しいものを生み出し続ける場を持続可能なものにするために必要なことなのだろうと考えています。

 

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posted by HIROKI tanahashi at 17:24| オープンイノベーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする