不確実な時代には「検証による学び」を得るための活動に資源を集中することが大事

最近、スタートアップに関する本をいくつか読んで、スタートアップのスキルってこの時代、ほんと個人が普通に生きていく上でも役に立つスキルだよなと思うようになっています。
だって、世の中、こんなにも不確実なんだから。



世の中がもっと将来の見通しがよかった時代なら、知見が豊富な先人たちに教えを乞い、その教えに従うかたちで努力して行動することで、そこそこ平穏で幸福に満ちた生き方ができたでしょう。

けれど、この「不確実性」に満ちあふれた社会環境においては、それでは以前と同じような成果を得ることができなくなっています。

エリック・リースが『リーン・スタートアップ』において、

いま我々がしているのは、ビジョンに頼る、魔法の使える「偉人」を追う、新製品を分析しようとして殺すなどだ。これは20世紀にマネジメントが成功したから生まれた新たな問題である。(略)いま、マネジメントの第2世紀が始まろうとしているのだ。我々は与えられたこのチャンスを生かし、すばらしい成果を生み出さなければならない。

と書いているように、従来のような偉人の後を追ったりするマネジメントから脱却して、第2の新しいマネジメント方法を手に入れなくてはならない状況になっています。

自分(たち)自身で何にチャレンジするかを考え、そのチャレンジが現実的に成立するためには何が必要かの仮説を考えたうえで、くり返しの実験的な活動を通じて、その仮説の検証をしていく。そういったマネジメント方法が、企業経営だけでなく、個々人のセルフマネジメントにおいても大事になってきていると思うのです。

自分自身で「仮説」を組み立てることを忘れた人たち

変化のスピードも今ほどには速くはなく、市場で競合するプレイヤーの数もそれほど多くなかったし、すくなくとも今のように業界の壁などもはやないかのように異なる業界から次々に新規参入があるような状態ではまったくない、その意味では比較的安定していたといわれる市場環境で、僕らはそれなりに見通しのきく中で、どういう活動がもっとも効率よく成果を挙げられるかという判断を行ってきました。

ルールも、プレイヤーもある程度決まっているゲームを戦うためには、ゲームのルールを知り、過去の事例を勉強し、対戦相手の打ち手を予測しながら、これだと思う戦略を着実に執行することが望まれていたはずです。

それが先の「20世紀型のマネジメント」だったといえるはずです。

そんな環境で長いあいだ過ごしてきてしまった僕たちは、先人たちが築いてくれ、僕らに残してくれたノウハウと、それをコツコツとまじめに踏襲してさえいればそれなりに成果が得られた「確実性」に満ちあふれた状況に慣れすぎてしまっていたのでしょう。

あらかじめ誰かに何をやればいいかを与えられていることが当たり前だと考えることに慣れすぎて、本来、自分が欲する答えを得るためには自分自身でそのために何度もくり返しチャレンジしながら学んでいくものだということをすっかり忘れてしまっています。

だから、こんな風に不確実な環境を前にして、自分なりの「仮説」をもつこともできなくなっているのかもしれません。



あるいは「仮説」をもてたとしても、逆にそれが「もしかしたら間違っているかもしれない自分の思い込み」に過ぎず、それが確かかを知るためには検証による確認作業が必要なことを忘れてしまっているのかもしれません。

「仮説」を「具体的なアクション」に置き換えて他者にぶつけてみる

ずっと前に書いた、自分で仮説をもって他者の話が聞けないので相手に何を質問すればよいかも自分でわからない人(「質問ができる人/できない人」参照)というのも、この「仮説」を介して他者と向き合うということを意識化できるかどうかという話だと思います。
自分自身の課題を普段から意識したりできていないがために、他者の言葉や行動に疑問を見つける好奇心がはたらかず、何の質問もできません。疑問をもとうという意識があまりに低すぎて、すべてが確実であるかのように誤解される。これほど不確実性に満ちあふれた状況でさえです。これはかなり危険です。

また、そもそも、あまりに不確実性を嫌うがゆえに、他者と自分を同質化させてしまい、自分の感じていることが他者とは異なる思い込み=仮説であることを意識化できない人は少なくありません。

逆に、他者と話をしているときに、自分と相手の言っている同じ単語がもしかしたら異なる意味をもっているのかも?ということを、自分で意識化できる人は、相手に対して確認の質問ができます。

その質問が、下図でいう「仮説に基づく具体的なアクション」にあたり、これは自分で思っていることと相手が思っていることに食い違いがないかを確かめるためのプロトタイプにあたります。



当然ですが、自分が思っている「仮説」は、質問のような「具体的なアクション」にして、相手に提示しないと、相手からは自分がどんな「仮説」をもっているか気づいてもらえません。だから、相手の思いと自分の思いの食い違いがないかを探ろうと思えば、自分のほうから思いを「具体的なアクション」にして見せて、相手のほうに自身の思いとの食い違いを指摘してもらうしかないのです。

つまり、この「仮説に基づく具体的なアクション」は、自分の「仮説」を他者にも見えるようにしたプロトタイプです。
そして、この「仮説にもとづく具体的なアクション」を相手に対して行う活動は、まさにプロトタイプを使った検証作業にあたります。

「リアクション」から「学び」を得る。しかも、何度もくり返し…

相手に自分の思いを形にした「具体的なアクション」を提示すれば、何らかの形で相手からの「リアクション」も得られるでしょう。



「そうそう、わたしもそう思ってた」とか、「えー、何それー?」とか、返ってくるリアクションはいろいろでしょうけど、そのリアクションを通じて、自分自身の「仮説」と相手の思いとのギャップが明らかになるはずです。

つまり、そこに「学び」がある。



「仮説に基づく具体的なアクション」を相手に対して提示し、それによって得られた「リアクション」から「学び」を獲得するという仮説検証がここで行われたわけです。

もちろん、1回の「アクション」で必要な「学び」のすべてが獲得できるわけではありません。
質問したら、その答えがいまいちよくわからなかったり、さらに別の疑問がわいたりして、さらに相手に質問をするケースは日常でもありますが、それといっしょです。

必要な「学び」が得られるまで「仮説」を更新しながら検証を繰り返す。

図にすると、こうなります。



この仮説検証のプロセスをループさせるなかで、不確実なものが徐々に確実性を帯び始めます。
もちろん、相手が人間だろうと、市場のようなものだろうと、すべて相手のことがわかることはないし、相手も生き物ですから「わかった」と思ったあとにも変化し、また「わからない」ところが出てきたりはします。

だから、本来、このループに終わりはないのですけど、でも、この仮説検証をまわし続けていれば、相手との関係は続く訳です。
ビジネスであれば、顧客や市場との関係性が継続的な仮説検証のループによって維持できるということになります。

検証による学びは、不確実性という土壌において進捗を的確に測る方法

ここまで来ると、これを『リーン・スタートアップ』で描かれた「構築—計測—学習」による「検証による学び」を得る反復ループを示す図と重ねあわせて、下図のような置き換えが可能になります。



先ほどまで「仮説に基づく具体的なアクション」としていたところが、リーン・スタートアップで「MVP(minimum viable product)」と呼ばれる仮説検証に必要な最低銀の機能を備えた製品に置き換えられているのが、わかるでしょうか。

リーン・スタートアップによるマネジメントでは、このMVPと呼ばれる最小限の機能のみを備えた製品を使う初期顧客からのさまざまなフィードバックデータを通じて、自分たちの仮説が正しかったか間違えていたのか、間違えていたとしたらどんな風に間違っていたかなどの学びを得ていくことで、自分たちのビジネスの舵取りをします。

この検証〜学びのループを高速で何度もまわすことで、はじめはきわめて不確実性が高かった状況をどんどん確実性が高い状態に変えていくのです。
この場合の「確実性」とは、スタートアップのミッションからいえば「作るべきモノー顧客が欲しがり、お金を払ってくれるモノ」が何かについての確実性でしょう。

リーン・スタートアップでは、検証による学び(validated learning)という概念で学びをとらえなおす。検証による学びとは後付けの正当化でもなければ失敗を隠す美談でもなく、スタートアップが育つすさまじいばかりの不確実性という土壌において進捗を的確に測る方法である。

この今の環境における「不確実性という土壌」を認識することが何より大事なことだと思うのです。

ここではスタートアップが育つ環境が「不確実性という土壌」であるとされていますが、いまの時代、変化の激しい市場で生き残っていこうとすれば、どんな規模の企業でも、個人でもスタートアップと同じように、昨日とは違う形でサバイバルしていける方法を常に探していかなくてはいけないはずです。

それはスタートアップ以外の何ものでもなく、であれば、これからはほとんどの人が「不確実性という土壌」で生きていくことを前提にしなくてはいけないはずです。
その認識こそが大事だと思うのです。

そして、「不確実」だからといって、「じゃあ、とにかくやってみよう」と考えるのではダメだというのは、まさに『リーン・スタートアップ』に書かれていることです。
「不確実」なものに向き合いながらも無駄なく「作るべきモノ」を知るための活動をしっかりとマネジメントすることが望まれます。

そういう意味で、「不確実性という土壌」で生きていくためのマネジメント手法であるスタートアップのスキルは、これからの時代、個人が普通に生きていく上でも役に立つスキルだよなと思う年の瀬なのです。

  

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