心は量子で語れるか―21世紀物理の進むべき道をさぐる/ロジャー・ペンローズ

そういえば、この本の書評を書くのを忘れてました。
続けて3冊読んだペンローズ関連の本の3冊目(これの他には『ペンローズの<量子脳>理論―心と意識の科学的基礎をもとめて』『ペンローズのねじれた四次元―時空をつくるツイスターの不思議』)。

3冊読んだ中では、ペンローズ自身によって書かれた文章が中心のこの本が一番ペンローズの考えていることがわかりやすかったです(当たり前か?)。

The Large,The Small and The Human Mind

この本の原題は"The Large,The Small and The Human Mind"。その名のとおり、この本は、宇宙スケールのマクロの世界を扱う第1章、量子スケールのミクロの世界を扱う第2章、そして、スケール的にはその中間にあるともいえる人間の心を扱う第3章の3つの章で基本的には構成されています(基本的に、というのは、第4章に、3人の科学者にペンローズに挑み、それにペンローズが反論を行なう章が追加されているからです)。

私が物理法則の記述を2つに、すなわち宇宙(the Large)と量子(the Small)の2つの章に分けることにした理由はいくつかあるが、その1つは、大スケールの振る舞いを支配する法則と、小スケールの振る舞いを支配する法則が、非常に異なっているように見えることである。
ロジャー・ペンローズ『心は量子で語れるか―21世紀物理の進むべき道をさぐる』

ペンローズはこの本であらためてアインシュタインの相対性理論にはじまる古典物理学の重力論の法則性と、量子力学の法則性のあいだに横たわる矛盾を、彼独自の幾何学的センスを大いに活用しながら解説してくれています。
結構、内容は難解なのですが、ペンローズの説明の仕方が非常にわかりやすいのと彼自身の手によるイラストがまたわかりやすいのとで、むずかしい問題でもどうにか読み進めることができるものとなっています。

その意味では、現代の物理学における最大の難問ともいわれている重力論と量子論がなぜ互いに相反するものなのかを理解したいと思っている人にもおすすめの1冊だといえます。

意識はコンピュータにはのせられない

最近、エーデルマンの『脳は空より広いか―「私」という現象を考える』を紹介した際にも、人の意識がコンピュータでは再現できない主観性をもっていることについて書きましたが、ペンローズも同じ主張をまったく別の角度から証明している人です。

今日では、さまざまな事柄に対して、人々は科学的な説明を好む。さらにどんな科学的記述でも、原理的にコンピュータに乗せることができる、と人々は考えがちである。つまり、何か数学的な記述があれば、原理的にはそれをコンピュータに乗せることができるはずだ、というのである。私には物理主義的な傾向があることは認めるものの、本章では、こうした考えに対して"強く反論する"つもりである。
ロジャー・ペンローズ『心は量子で語れるか―21世紀物理の進むべき道をさぐる』

こうした言葉も天才的数理物理学者であるペンローズが書くとやっぱり説得力があります。
実際にペンローズはこの章で、ゲーデルの定理を用いながら、コンピュータには数学者のように数学の定理を発見することができないことを証明してみせます。

そして、意識の謎を読み解くのにも、重力論と量子論の矛盾を解消するのにも、「計算不可能性」というこれまでの科学が扱ってこなかったテーマを導入する必要があると主張しています。

ペンローズの幾何学的センス

おもしろいのは、この「計算不可能性」というもののイメージを膨らませるためにペンローズが用いるのがやはり幾何学的なおもちゃの宇宙のモデルであるポリオミノ・タイリングと呼ばれるものであることです。
→ポリオミノについては、こちらのページを参照ください。

他にも、この本ではエッシャーの『円の極限』なども参照しながら、ロバチェフスキー幾何学空間のイメージを伝えたりもしているのですが、よく言われるペンローズの卓越した幾何学センスがあちこちから感じられます。

最近、認知科学的な本を読んでいて思うのは、幾何学という非常にヒトの視覚的感覚に依存したところのある数学の一分野は、他の数学の分野とちょっと違うところがありそうだなということです。僕はそんなに数学に詳しくないので、あくまで感覚だけでものを言ってますが、数学そのものが幾何学からはじまっていることを考えても、ちょっと他とは違うような気がしてます。その幾何学を多用した本で、ペンローズが「計算不可能性」というものに言及していることがおもしろいわけです。

最近、認知科学系の本をよく読んでいるわけですが、その中でもペンローズが意識を扱ったこの本はやっぱりちょっと別物だったりするわけです。

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この記事へのコメント

  • SO MEAN

    11/23のエントリを読ませていただき、計算可能性という言葉から「何か数学的な記述があれば、原理的にはそれをコンピュータに乗せることができる」ように発想されそうなことに違和感を覚えていたので、よく共感できました。
    2007年01月08日 09:38

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