意外と厚いマーケティング2.0の壁

昨日、紹介させていただいた、茂木健一郎さんと田中洋さんの共著『欲望解剖』
その中であらためて考えさせられたのが、この一文。

ネットワークを使ったマーケティングがもし開発されるとしても、一番難しい問題はネットワークの構造が、意味や欲望とは無関係だというところでしょう。ネットワークはまった価値中立的に存在しているし、それによってしか出会うことができないという、非常に悲しい事実があるわけです。
茂木健一郎、田中洋『欲望解剖』


嗜好の一致ではなくネットワーク構造が出会いの確率を決めている

この一文の前にはさらにこんな文章もあるんです。

ネットワークはもともと趣味や嗜好という、属性の共通性で作られているものではありません。今までの解析からわかってきたことは、嗜好の一致ではなく、ネットワーク構造が出会いの確率を決めているという事実なのです。
茂木健一郎、田中洋『欲望解剖』

これ、あらためて認識させられると、結構、ぎょっとします。
つまり、遠くの理想の女性(男性)よりも、近くにいるそれなりの女性(男性)のほうが出会いに結びつく可能性が高いということです。中身がどうでもいいということにはなりませんが、中身よりも「近くにいる」などの構造が優先されるということです。

これ、マーケティング的に考えると結構ヤバイし、あと、Webサイトをデザインする上でも結構ぎょっとする話です。

だって、商品の魅力どうこうより手に入りやすさだとかが優先されるってわけですよ。入手のしやすさ、わかりやすさ、値ごろ感が自分に合っているかという話です。考えてみれば、チャネル設計やコミュニケーション設計するときには当たり前に考慮することでしょうけど、それでも、あらためて、こんなネットワークの特性を教えられると、ハッとするものがあります。

Webデザインの場合

もう1つWebサイトを作る場合の話。

これも今の話が結構、既存の認識を変えさせるんですよね。ようするにどんなにターゲットユーザー、市場にあわせたデザインをしたとしても、現時点で何かしらそうしたターゲット市場やユーザーとの接点となりうるネットワークの構造を有していなければ、仮に出会えたとしたら相思相愛になると思われる場合でも、そもそも出会うことがないという可能性もあるわけです。

デザインだとか、コンテンツだとかをいくらターゲットユーザーの嗜好にあうものにしても、そもそも出会うことがないこともあるという悲しい事実があるわけです。それをWebのネットワークで出会いが起こりやすくなったと思ったら実は大間違いなんですよね。

6次の隔たり?

例えば、mixiとかで気の合う人に出会えるか、自分の理想とするような人に出会えるかといったら、そんなのむずかしいってことは皆さん、ご存知のはずです。スモールワールドネットワークだとか、6次の隔たりとかありますけど、それって結構曲者です。6次だとかいうと一見近い気もしますが、よく考えてみると、これが意外と広いわけです。
仮に1人に100人のマイミクがいたとしましょう。マイミクが1人に100人ずついて、かつ、ネットワークには6次の隔たりしかないのだと考えると、理想の人に出会うのはそれほどむずかしくないという幻想を抱く人がいるかもしれません。でも、ちょっと計算してみましょう。1人に100人のマイミクでそれが6次の隔たりをもつとしたら、単純に100の5乗=10,000,000,000の中からその理想の人を見つけることになるわけですよ。いったい、これのどこに出会いの確率を高める可能性があるのでしょう。

SEMを成功させている企業ほどもどかしさがあるのでは?

もしかしたら、それはmixi内部の話で、一歩その外に出れば、そんなのキーワード広告だったり、SEOだったりでどうにでもなると思うかもしれません。
でも、そう、うまくいく場合ばかりとは限らないですよね。
SEMの性として出会いのキーワードでそもそもターゲットユーザーが検索してくれなくてはどうにもならないわけですよ。

このことってSEMをうまく成功させている企業ほど、もどかしく感じられているのではないかと思ったりします。ちゃんとSEMによってある程度の集客はできているんだけど、いまひとつ、う~んと思うところがあるのではないでしょうか?

情報のネットワーク

さて、ネットワーク構造というのには、いくつか種類があると思うんです。1つは企業とターゲットユーザーがひしめく市場における各企業、各個人をノードとしたネットワーク。これは誰でも想像しますよね。
でも、もう1つわかりにくく、認識しづらいものとして、情報のネットワークみたいなものがあると思うんです。何をイメージしているのかというと、同じように"ブランド"というキーワードを考える場合でも、どういう文脈でその言葉を聞くのか、つまり、その人が普段、どのような言語空間、情報空間において、"ブランド"という言葉に触れているのかでその言葉がもつ意味は大きく異なると思います。

まさにこの情報のネットワークの構造如何によっては、同じ"ブランド"という言葉に触れた2人の人がとてつもなく離れているという場合もありえると思うんです。そして、やはりこのネットワーク構造がある限り、嗜好や趣味があっても出会いが成り立たない場合が起こりえるんだと思います。特にその2人のあいだで交わせる言葉、情報が、時間的な制約、空間的な制約で限られていたりすればなおさらです。

そのあたりが昨日も引用した田中さんのこの言葉とも関係してくるのではないか、と。

これはおそらく人間それ自体が情報からできているからです。その意味ではドゥルーズたちの行った「根源としての欲望」という考え方がまざまざと実感できるでしょう。つまり我々人間は情報でできており、人間=情報は自らを拡大し、より豊富な存在になろうとする。人間という存在を超えるのが情報であり、情報こそが「欲望する機械」なのです。
茂木健一郎、田中洋『欲望解剖』

マーケティング2.0の壁は思いのほか、分厚そうですよ
とはいえ、すでに壁をやぶってるところもなきにしもあらずですけど。

いずれにしても、これからのマーケターには表面のクリエイティブだけでなく、ネットワークの構造も直感的にイメージできるようなスキルは必要だと思うんですよね。

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この記事へのコメント

  • 課長007

    銀座だけでなく、赤坂や六本木、池袋や浅草も、可能な限り多様な空間を徘徊するように致します。^^;
    2006年12月28日 01:17

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