物質である脳から意識という主観的体験の個別が生まれるミステリを解明しようとしている現代科学は、徐々に、文学が従来扱ってきた領域に接近しようとしている。その、科学と文学の汽水域の中に、科学の未来も、そして恐らくは文学の未来もある。茂木健一郎『クオリア降臨』
と。
科学と文学
『クオリア降臨』を読んだのはもう1年以上も前のことですが、ずっとこの文章が気になっていました。よくある理系だ文系だという議論が無意味に感じてしまうのは、この言葉に対する共感があるせいだと思っていました。数学者であるロジャー・ペンローズが意識や心、そして、量子重力論を語るのに、計算不可能性をもちこむことに惹かれるのきっと同じ理由なのだと思います。そして、先日読んだ『生命記号論』にもこんな心を惹かれる言葉がありました。
失敗をしてしまう傾向は、この世界におけるすべての発展の根底に横たわる。ジェスパー・ホフマイヤー『生命記号論』
そして、
想像力とは間違いを創造的に活用することに他ならない。ジェスパー・ホフマイヤー『生命記号論』
と。
ホフマイヤーは、この言葉をギュンター・グラスがサルマン・ラシュディにあてた次のような言葉を元にして書いています。
「私たちの物語は暴露ではない。それはものごとを人前に出すことなのだ。正義の勝利ではなく、失敗のおかしさを糧にしている。作家は勝者の側の人間ではなく、失敗を頼って生きており、敗者、殊に永遠の敗北者に信頼を寄せるのだ」
この言葉を読んだホフマイヤーは、DNAがエラーを犯すことそのものが生命をアメーバ以上のものに、サルとともにいたヒトの祖先がものごとを心に描きはじめたこと自体が、人間の誕生につながったことだと考えます。
意味を与えること、間違いを犯すこと
この世界こそ、すべての中で最も素晴らしい間違いなのである。生まれたての赤ん坊が、この間違いを犯そうともがくのを目にしたとき、運命に身をゆだねるべきなのである。(中略)意味を与えることと間違いを犯すことは、決して分けることのできない1つの根本的な現象の両面なのである。1つも間違いをしないものは、痕跡すら残すことができない。虚空という単語は、私たちにとって最も大きな恐怖である当のもの、意味がないことに対する意気消沈した感覚に対して与えられたものである。ジェスパー・ホフマイヤー『生命記号論』
生物は未来という虚空の中に、自らの生の意味としての未来を予測しようとあらゆる感覚器官と脳を総動員して、外部のパターンを読み取ろうとします。
それが科学的なやり方であれ、文学的なやり方であれ、この予測能力には正しさと同時に予測間違いを含みます。
しかし、予測間違いを恐れて、周囲を見ること、そして、目の前にみえるパターンから予測を導き出すことをやめることは生命にはできない。なぜなら、それをやめることはより恐ろしい虚空につながる道だから。
私たちが意味を発明したのではない。この世界は常に何かを意味しているのだ。世界がそれに気づいていないだけで。ジェスパー・ホフマイヤー『生命記号論』
想像力とは間違いを創造的に活用することに他ならない
以前に「間違えを恐れるあまり思考のアウトプット速度を遅くしていませんか?」というエントリーを書きました。「未来を考えるならいまの気分だけで無用とか無意味とかを判断しないこと(あるいは多和田葉子『ふたくちおとこ』)」というエントリーでは、「本当に未来を考えるなら、いまの気分だけで無用とか無意味とかを判断しないことって重要で、現時点での浅薄な自身の知識や情報をベースにして、無用だとか無意味だとかを判断して、何を学ぶか、何をやるかを極端に絞り込んでしまうのって、理知的に見えて、逆に危うい」と書きました。ペンローズ流にいうなら意識は計算不可能性の上に成り立つのだし、茂木さん風にいえば予測不可能性に立ち向かう2つの方法として科学と文学があり、ともに現時点では完璧な予測にはほど遠いわけです。しかし、同時に予測=意味の探索という行為にこそ、正しさと同時に間違いも生じ、その間違いさえも意味あるものとして生かそうとするところに、科学の意味も文学の意味もある。
にもかかわらず、間違いを犯すことや、想像力を働かせるのを怠ける人が異常に多いような気がしてしまうのは気のせいでしょうか。
自分にありもしないリミットを設けて、その狭い世界で安全に暮らしているつもりなら、そこは長い目で見ればすこしも安全ではないことを言っておくべきでしょう。なぜなら、完璧な予測は科学にも文学にも不可能で、ある領域を未来においても安全だと予測する確かなものなどどこにもないのですから。
その意味で、想像力とは間違いを創造的に活用することに他ならないのでしょう。
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