ユーザー中心デザイン:されどはじめにユーザーはおらず

FIFTH EDITION(pal)さんの「据置ゲームがこの世の地獄から生還するためにせねばならない事」というエントリーを読んで、ちょっとインスピレーションが働きました。

palさんのエントリー自体は、
ファミコンの最終地点としてのPS3、ゲーム&ウォッチの最終形としてPSPを生み出したソニーに対して、任天堂が行なったのは・・・。

携帯型のマルチスクリーン、十字キーでゲームに革新を起こしたドンキーコングのように、DSは、ダブルスクリーンとタッチペンという新しいユーザーインターフェースを採用することによって、まったく新しいゲームを可能にした。

という感じで、とても面白い考察だなと思いましたので、それぞれお読みください。

ユーザー中心デザインの落とし穴

ユーザーインタフェースが新しいゲームを可能にする。インスピレーションを受けたのはここですね。

よくユーザビリティの分野では、ユーザー中心デザイン(User Centered Design:UCD)なんて言葉が使われたりします。
似た言葉としては、「ISO13407:インタラクティブ・システムに対する人間中心設計」なんていうマネジメントシステムにおけるHuman Centered Design:HCDなんて言葉もあったりします。
マーケティングの分野だと顧客中心、顧客重視なんて言葉もありますね。

でも、みなさん、そういう言葉を深く考えたことあります?

HCDは人間なんていう一般的なものを対象としている時点で、もうひとつのユーザビリティに関する国際規格ISO9241-11における次のような定義

特定の利用状況において、特定のユーザによって、ある製品が、指定された目標を達成するために用いられる際の、有効性、効率、ユーザの満足度の度合い。

からみて、明らかにおかしいと思っているので、さておきますが、ようするに、ユーザビリティってユーザーがいないとはじまらない。その意味で、ユーザー中心設計になるのは、いたって当然の流れなんですが、でも、ここでよーーーーーーく考えてみてください。

ユーザーってその製品なり、Webサイトなり、何らかのシステムなりを使ってはじめてユーザーなわけですよね。
ようするに利用する対象が存在してはじめて、利用するヒトがユーザーとなる。
しかし、その製品なり、Webサイトなりを設計する際には、ユーザー中心デザインにせよとこれいかに?

イノベーションのジレンマ

もちろん、Webサイトのリニューアルなり、製品を新しいバージョンに変更する際のことを考えれば、既存のWebなり製品にユーザーはいるわけです。その人たちをターゲットとして、ユーザー中心デザインを行なうことはできます。
でもね、それって改善なわけですよ。決して新しいユーザーを生み出す方向性をもっていないわけです。

palさんのエントリーの内容につなげると、ここにはまったのがPS3なりPSPだといってよく、うまいことユーザーそのものを生み出すユーザー(を生み出すこと)中心設計をしたのがDSなりWiiだったといえるんじゃないでしょうか?
つまり、ユーザーそのものをより深く踏み込んで捉えつつ、自分の側のアクションを既存の枠にとらわれずに変更するそうした手続きが1ランク上のユーザー中心デザインなんだと思うわけです。

インターフェース設計の話からもうちょっと広げて、マーケティングだとか事業だとかまで視野に入れると、まさにこれはイノベーションのジレンマですね。

ユーザー中心デザイン:されどはじめにユーザーはおらずなわけですよ。

ようするに、デザインプロセスそのものが対話というわけですね。
これ、最近、マーケティングが対話に戻りつつあるという話と連動するわけです。

これについては、別途考察を続けます。

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