自分の当たり前をブログに書く

最近、あえて自分では当たり前と思えることでもブログに書くようにしています。自分の当たり前は他人の当たり前ではないと思うからです。

自分の当たり前が他人の当たり前でなければ、自分の当たり前をエントリーとして記述しておくことで、他人の思考を刺激することもあるだろうという考えから、できるかぎり当たり前だと感じることでも、まさに日記のようにここに書くことにしています。

その結果が読んでくれている方の役に立ってるかどうかは僕には判然としませんが。

a Blog "TV Head"さんの「バトンはWeb2.0時代にふさわしいのか。」

これとすこし関係しているのかなと思える内容が、a Blog "TV Head"さんの「バトンはWeb2.0時代にふさわしいのか。」にありました。中島聡さんのブログ、Life is beautifulの「天下りあっ旋全廃に反対したらもう自民党には票を投じない」バトンを中心にした、天下りに関する意見をブログを使って集める、いわゆるネット上での署名活動みたいな動きに関して意見を述べられた内容となっています。

a Blog "TV Head"さんは、この署名活動そのものに非を唱えているというのではなく、それが「Web2.0時代にふさわしいのか」という点で非を唱えてらっしゃいます。

他にも読むべき多様なエントリーが多くあった。この事「自体に」意義があるのであって、それを一様化された「バトン」のような形で回して賛同者を多く集めることで世論の所在を明らかにすることに「Web2.0」さがあるとは思えない。(中略)そうやって多様な脳の集まりを実感し、理解のための努力をし、脳の結合を加速させる。個の「質」を高めた上で、間接政治に「主権をもった国民」として参加することこそが、「Web2.0」の恩恵を享受することではないか、と考える。

ちょっと乱暴に要約してしまうと、

  • Web2.0ってたかだか多数決のツールだっけ?
  • 多数決より異なる人々の異なる意見が集まるのがいいのでは?
  • また、そうした異なる意見の連結により他の多数の意見を見ることができ、それにより理解が深まり、自身の思考の幅が広がるのがいいのでは?

ということになるでしょうか?

まずは個人でしょ

「異なる意見の連結により他の多数の意見を見ることができ、それにより理解が深まり、自身の思考の幅が広がる」というのが、僕も多くの人がブログを書いている現在の利点なのだろうと思っています。

もう1回、別の形でまとめるとこう。

  1. ブログ+はてなブックマークで多数決が可能になる
  2. 単に多数決で評価(っぽいもの)が決まるだけではなく、そこから今まで知らなかった他人の意見が参照可能になる
  3. リンク、トラックバックなどの機能により、異なる意見同士がつながり、さらに参照できる意見の幅は広がる
  4. ひとつのテーマに対しても様々な意見を参照できることで理解が深まり、自身の思考の幅が広げられるようになる
  5. 自分自身を高めることができるようになる
  6. 自分自身を高めた人が増えることで、全体的にもよくなる可能性がある(ただし、ここには1つ落とし穴も)

最後は別として、5番目くらいまではうまく機能するのではないか、と思います。
そして、最後に落とし穴があると思うのは、優秀な人が集まったからといって、その集団が優秀になるとは限らないのは、これまでの企業の歴史なんかを見ても明らかなわけで、それにはいまのWeb2.0的機能にプラスアルファの何かがないとどうにもならないでしょうと思っているからです。ようするに僕はWeb2.0は個人を高める環境としてはよくなってるけど、全体を高める環境としてはまだ穴があると思っているのです。
とはいえ、全体を高めるにはまず個人からという思いもあるので、その力には大いに有効だと思ってますし、現時点でWeb2.0には不向きな全体を高めるほうはそれこそリアルな場で展開してもいいわけですから、まずは個人でしょとも思うわけです。

まずは個人でしょ

とはいうものの、どんなにWeb2.0が環境的には優れたものになっているといっても、その環境でどう生きていくかは生物誕生の40億年前から個体の努力に依存するものと相場が決まっています。

だから、さっきの1~6のリストのうち、どこまで自分のものにするかはそれこそ個人個人のやり方しだいであって、Web2.0だからそうなるというものではありません。むしろ、印象では1どまりの人も結構いる感じですけど、たぶん、それもWeb2.0になったからというわけではなく、昔からの事象が単に可視化されて見えやすくなってるだけなんでしょうね。

じゃあ、どうやって1の先に脱皮するかといえば、それが「自分の当たり前をブログに書く」ことなんじゃないかなと最近、僕は思ってます。そこからじゃないとはじまらないと。
実際には単に「ブログを書く」でもいいんですけど、それだと書くことがないという意見が出そうなので「自分の当たり前を」と条件をつけているわけです。「自分の当たり前をブログに書く」ためには普段の自分をあらためて見直さなくてはいけないという追加作業が発生します。その追加作業を行なうだけでも十分有意義ですし、それをブログに書くことで他人がそれを読むことができれば、他人の刺激にもなり、一石二鳥だと思っています。

もっと簡潔にいいます。

自分の意見をちゃんと伝えましょう。
他人の意見にちゃんと耳を傾けましょう。
そして、そうしたことにもっと頭を使いましょう。


です。

というわけで、とりあえず実践してみてください。

以上。まとまりのないエントリー終了。

  


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