最初に答えを言ってしまえば、ブランドとは顧客が感じる評価の総体です。総体というのは要素を1つ1つ足し合わせたものという意味ではなく、要素に還元できない全体性をもったものという意味で総体といっています。
価値提供プロセスが顧客の評価としてのブランドを生み出す
それゆえに企業が顧客に対して価値を創造、提供するすべてのプロセス(企業内の非価値提供プロセスは除く)が、結果として顧客の評価を生み出すという意味で「ブランドのつくりかた 1.シックスシグマを使う、2.戦略マップとバランススコアカードを使う、3.顧客インサイトを把握する」や「苦情対応システムがブランドをつくる」といったエントリーを書いてきました。また、価値提供プロセスの1としてWebサイトを捉えれば、直接的経験としての価値提供と間接的経験としての価値提供として、ブランドプロミスに沿ったWebサイトをいかに価値提供プロセスの一部に組み込むかという企画、設計ができるようになると思います。その企画のフレームワークとしては「Webブランディングの企画のためのフレームワークを図にしてみた」を参照いただければと思います。
認知科学的対象としてのブランド
一方で、では、いかにして顧客の評価がブランドになるのかという認知学的な問いも一方では成り立つのでしょう。実はここが意外とブランドをむずかしく感じさせるところなのかもしれません。でも、それはビジネスの理解が足りないというよりもヒトの認知を理解する認知科学や進化心理学などに関する知識が不足しているからだと僕自身は確信しています。なにしろ、そのあたりを勉強したことで僕自身にとってはブランドあるいはブランディングがすこしもむずかしくないし、不可解なものでもなくなりましたから。
「ブランドのつくりかた」と対をなすエントリーとして、この「ブランドとは何か」ではそうした方面からすこしブランドというものを眺めてみることにしましょう。
A Model of Brand:ブランドのコンセプトマップ
まずは以前にも紹介しているDubberly Design Officeというサンフランシスコのデザインファームによる「A Model of Brand」というブランド・コンセプトマップです。私なりに概要を抜き出したものが下図になりますが、ビジュアル的にも非常に美しい仕上がりなっていますのでぜひ原本を参照してください。見ていただいてお気づきかと思いますが、このモデルにはいくつかの軸が設定されています。
- product(製品)→experience(体験)→perception(認知)
- external systems(体系)→individuals(個人)→perception(認知)→brand
- symbols(シンボル)→name(名前)→brand
- brand→measured(測定)→stewards(管理者)→promise(プロミス)
という4つの軸がそれです。
まず、特徴的なのは最初の製品から認知にいたる軸がブランドに直接つながっていないことでしょう。それは体系-個人-認知の軸を通じてはじめてブランドにいたります。ようするに製品の体験は、個人的な認知を経てはじめてブランドとなるというわけです。
さらにブランドにいたる軸にはもう1つシンボル-名前に沿った軸があります。この軸は先ほどの個人的な製品の認知がロゴなどのシンボルやブランド名などと結びつくことではじめてブランドが顧客の頭のなかで生み出されるのだということを示しているとみることができます。
だからこそ、最後のブランド-測定-管理者-プロミスの軸がブランドからはじまっているのです。管理者は顧客の頭のなかに蓄積されたブランドを測定することによってのみ、ブランドプロミス(ブランド・アイデンティティ)の管理が可能になるわけです。
A Model of Brandの背後にあるパースの記号論
さて、A Model of Brandの図をよく見ると、背景に表象(Representamen)、対象(Object)、解釈項(Interpretant)と書かれた三角形が潜んでいるのが見て取れます。この表象(Representamen)、対象(Object)、解釈項(Interpretant)の3要素は、プラグマティズムの祖であるチャールズ・S・パースの記号論(Semiotics)における三項論理を参照しています。パースの記号論は、三項論理をベースに、要素への還元不可能な関係性として記号を分析することを主題するものです。表象された記号が解釈を生み、その解釈がまた別の記号として表象されます。
記号というのは、その解釈項のあるものが心の認知であるところの表意体である。記号はこれまで多く研究されてきた唯一の表意体である。『パース著作集2 記号学』
パースにとっては、万物は記号から成り立っており、人間的事象だけでなく自然の事象もまた記号です。ソシュールの記号学(sémiologie)が記号の内在的な意味作用を分析するのに対し、パースの記号論は記号過程を解釈とみなす理論です。
A Model of Brandとパースの記号論の違い
こうしたパースの記号論を背景としてあらためてA Model of Brandを眺めると、そこでブランドが製品にも名前にも認知にも還元できない3つの軸の相互関係性のなかに生じるものとして位置づけられていることにも納得ができます。ブランドとは確固たる実在ではなく、個人、製品、シンボルなどの絡み合う場において、解釈を通じて生まれてくるものだといえるのでしょう。しかし、パースの記号学とA Model of Brandにおける解釈には大きな違いがあります。それはパースの記号学においては、表象、対象、解釈項の3項は常に流動的な関係性のなかにあり、先ほどまで表象だったものが別のものに評されたり、解釈項だったものが対象とされたりします。一方で、A Model of Brandでは、製品が対象に、ロゴなどが表象に固定されてしまっている印象を与えるという意味において、ブランドを正しく表象できていないという印象をもちます。
というのも、ブランドとは認知の総体的なものが生み出す、確固とした対象をもたないものであり、同時にまったくそれを表象する対象がないわけでもないからです。製品もロゴもそのブランドに接した際の印象もすべてブランドの対象であり、表象になりえます。また、A Model of Brandにおいても間接的接触が経験として認められているとおり、誰か他の人がブランドに接した際に感じた感想などがまた別の人にとってのブランドの表象になったりします。とはいえ、その要素の1つ1つをブランドと考えるのも間違いで、やはり、そうしたあらゆるブランドの要素に接した顧客の認知の総体がブランドなのだと考えるべきでしょう。
A Model of Brandにおいては、パースの記号学におけるこうした解釈の流動性が表すのと同様の、きわめて高い流動性をもつ認知の総体としてのブランドという性格が失われているように思うのです。
このあたりは次回「ブランドとは何か?:2.般若心経の五蘊」で考えてみたいと思います。
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