要求の定義:曖昧なことを曖昧にしたままにしない

仕事をしていて顧客要求や仕様が曖昧なのがわかっているのに、そのまま放置しておくのって、傍から見ててもあんまり気分のよいものじゃありませんね。
ニーズや仕様が曖昧なまま、確認もせずに勝手な思い込みで作業をはじめてしまうなんてありえないんじゃないでしょうか?

おかしいなと思うのは以下の3点。

1点目

いったい、誰のお金で働いてるつもりなのかというのがまず1点。
給料もらって働いてるんだから、仕様が曖昧なまま、作業を進めて、やり直しだとか、作業が無駄になったりしたら、そのコストの浪費はいったい誰が責任を負うんでしょうか?

2点目

それから、仕様が曖昧で、確認しようにも相手がいまひとつ仕様を明確にできないのなら、こちらから適切な提案をする形で仕様を決めるのが専門家の仕事でしょというのが2点目。問題は最終仕様を誰が判断するかということではなく、そこまでの過程はやはり一番その分野に精通している人がナビゲートしてあげるのが仕事の進め方なんじゃないでしょうか? 
決めてくださいねと伝えた上でならまだしも、そうではないのに誰かが何かを決めてくれるのを待つなんて姿勢はありえません。そんな逃げの姿勢だと余計に悪い結果を生んで、結局逃げられなくなるのがオチですよ。そしたら、相手も気分悪いし、自分も気分が悪い。いったい、それに何の得があるのか?ということです。

3点目

そして、最後に3点目は、要求が制約条件としての予算やスケジュールに合わないのであれば、それを顧客に対してきちんと理解してもらうべきだし、理解をいただいた上で制約条件に収まる形での、顧客の目的にあった提案を行い、それで双方納得の上で仕事を進めるのが必要なんじゃないでしょうか? 曖昧なことを曖昧にしたまま、こちらの勝手な当て推量で決めた、顧客の目的に見合っているかどうかも不明なアウトプットをもっていくことに何の意味があるんでしょうか?

曖昧なことを曖昧にしたままにしない

顧客に対しても、社内の同僚に対しても、自分の責任範囲の仕事で曖昧なことがあれば、それを曖昧なままにせず、行なうべき質問はすべて行い、答えがすぐに出ないのであれば、制約条件下で実現可能な選択肢をいくつか用意することで、相手が答えを選択できるよう導いてあげることも大切なはずです。
おたがい譲り合って、その結果、あとでちゃんと聞いておけばよかったと嘆くようなことはあまりに馬鹿げていると思います。

だって、確認すればいいことなんだから、いったい、それを躊躇う理由ってどこにあるんでしょう? 本当にたったそれだけのことなんですから。聞かれたほうだって、それで結果がよくなるのだとしたら、そこに時間を割くのをそんなに嫌がることはないと思います。

有限の時間と有限のコストのなかで、有意な行動をとるのであれば、遠慮よりも丁重な姿勢を保ちつつも言うべきことはきちんと伝えていくことが大事なんじゃないかと思います。特に相手がわかっていないようであればなおさらです。お互い、そうやってヘンな遠慮をせず、コミュニケーションすることで、ひとつひとつ学んでいき、ひとつひとつノウハウを蓄積することが大切なんだと思います。

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