文化としてのメディア

実はさっきテレビCMをみていて、ふと思ったことがあったのでメモ。

いわゆる「テレビCM崩壊」的な話がありますが、アメリカで起こっている話をそのまま日本に持ってくる前に一旦疑ってかかってみるべきなのではと思いました。まだ、アイデアレベルで思いついただけなので、現時点では何の答えも出していません。ただし、疑う視点として次のようなことを考えてみてはどうかと思ったわけです。

それはメディアに関して考察する場合、経済的側面からのみ捉えただけではダメではなかということです。メディアはおそらく文化的側面も同時にもっています。グローバル経済の上で、日本とアメリカは同じシステム上で稼動しています。しかし、文化的には異なるシステムをもっているでしょう。このシステムの違いが日米での結果に影響するのではないか? 実はこのあたりの考察がまだなされておらず、現在、語られているのは経済的な側面からの考察です。

もちろん、経済的側面の変化だけでも大きなものです。ですので、これまでのマスメディアに頼っていたマスマーケティングが大きな影響を受けることは間違いないでしょう。僕自身、そう考えるからこそ、「企業のWebマスターのせめこれ8:忙しくて(ブログ、Web)を更新できないなんてウソだよね」などでも書いているとおり、一般の事業会社でもこれまでのような外部に頼りきったマーケティング・コミュニケーションから、自社メディアとしてのWeb、ブログを使って自分たちでマーケティング・コミュニケーションを模索することをはじめることを提案しています。

しかし、そのこととテレビCMが崩壊するという話はイコールではないと思っています。感覚的には、一部のCMだけが崩壊して、一部は文化的な側面も考慮したうえでの今後のメディア環境下でニッチ(生態的地位)を確立することで、ちゃんと生き残るし、価値をもたらすものになるのではないかと予測しています。
メディアの変化に関する問題に関しても、経済的側面からのみ考察を行い、文化的側面をおろそかにしてしまうと、予測をあやまり、事実を捉え間違えるような気がしています。



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