教育/コミュニケーション/経済をもっと長いスパンでみた「構造」と捉えること

社会的イノベーションってなんだろうか?

仕事では「イノベーション」という言葉を使うし、確かに社会的な意味でのイノベーションの実現を本気で目指します(技術的なイノベーションや、ビジネス的イノベーションは仕事上でもあまり興味がありません)。



けれど、一方では社会的な意味でのイノベーションにも懐疑的な考えも持っています。
果たして、人はどこまで自分たちの生物としての出自に抗って、自らが長年つくりあげてきた「生き方」を壊してしまうイノベーションが可能で、それを実現しようとするのか?と。
また、イノベーションで実現した状況が果たして、さらにその先の未来にとってもよい方向への変化といえるのか? その根拠はなんだろうか?と。
僕らは自分が向かっている先をちゃんと理解しているのだろうか?と。

そんなことを考えるとき、僕がいつも思うのは、考えるスパンを可能な限り大きくとろうということです。

このブログでは、そういう視点で、人類学、民俗学、メディア論などの人間に対して広いスパンで目を向けようとする学問を参照しながら、デザイン思考や人間中心デザイン、イノベーションというものを考えるようにしてきました。
そのスタンスはいまも引き続き変わらず持ち続けているどころか、そのあたりの知識を深めていけばいくほど、短期的な視点でのみ変革を唱えることへの危機感を感じてしまうのです。

今日はひさしぶりに、そのあたりについて最近考えていることをツラツラと綴ってみようと思います。

学校制度は想像以上に古くからある

すこし前に読んだ、内田樹さんと中沢新一さんの複数回にわたる対談をまとめた『日本の文脈』という本がとても面白かったので、そのあたりを話のきっかけにしようと思います。

その本の中で内田さんは、学校という制度が僕らが考えている以上に古い制度であり、教える人が教壇に立ち、教わる側の生徒と対面しているといったような基本的な構造は「そういうものは時代が変わっても、あまり変わらない」といっています。

僕もそういう人たちの一部ではありますが、いまグループワークを教育の方法として取り入れている人たちが増えてきていると思いますが、いわゆるスクール形式が教育のかたちとしては古くからあると聞くと、なるほどと思う部分があります。

というのは、グループワークの形式での教育の場を何度か作ったことがある方なら感じたことがあるはずなのですが、一見楽しくコトを進めながら学ぶ場を提供できるグループワークも、「教える」といった視点からみると、欠点があると感じるからです。
いや、実際問題、グループワーク形式だと教えられないんですよね。
教える側は常にグループワークをしている各グループの外に立つので、なかなかそのワークの中に入っていって「教える」機会は限られ、結果、いくつかのグループを放置状態にする状況も生まれます。教えようとするグループワークを中断させて、教える自分の側を注目させるしかない。それはかたちとしては「教える人が教壇に立ち、教わる側の生徒と対面している」古いかたちにほかなりません。

もちろん、それでもグループワーク形式で学ぶことはできるのですから、教育の観点では、致命的な問題ではないと考えますが、やはり教えるかたちとしては不向きであるのを感じます。

こんなことを振り返ってみても、歴史以前から何度も試行錯誤を繰り返してできた「かたち」をそう簡単に「改善」とか「革新」できると考えてしまうことがとても愚かな思考であるように感じます(そう、デザイン思考も含めて…)。

古い社会制度のなかに含まれている「よくわからない決まりごと」については、軽々に理非を判断すべきではない

話を続けましょうか。

内田さんはそうしたずっと昔から変わらない構造をもつものは、単に教育にとどまらず、「社会制度のある部分は、歴史的状況が変わってもあまり変わらない」と言っています。例えば「貨幣、親族、言語といった社会制度の根本をなすものは惰性が強く効いているから、歴史的な条件の影響は受けない」とも言っています。

消費生活や、家族というあり方に疑問を投げかけ、ノマド化を提唱する人びとも多くなっていますが、果たして、そうした批判の視野ははたしてどこまで届いているのでしょうか?
単に近代以降の消費生活や家族のあり方に関して批判的な姿勢をとっているのなら、そのかたちがはるかに古い来歴をもった「構造」であることにすぐに跳ね返されてしまうか、人びとの生きるかたちを取り返しがつかないほど壊してしまうことになるかもしれません(まあ、前者の結果になるのがオチだと思います)。

内田 ということは、われわれが理解できる以上の意味がそういう仕掛けの中には組み込まれているんじゃないか。学校も、医療も、親族も、あるいは司法や宗教も、そういう起源の古い社会制度のなかに含まれている「よくわからない決まりごと」については、軽々に理非を判断すべきではない。どうして、「こんなものが長きにわたって人類史を生き延びてきたのか、それを問うという姿勢があってもいいと思うんです。
内田樹/中沢新一『日本の文脈』

いまある社会の制度には、僕らが「よくわからない決まりごと」が含まれている。だから、それを考慮に入れることなく安易に、制度の理非を判断したのでは、めくらめっぽう気に入らないことに難癖をつけ、変革という名のもとに筋の通らない改革案を提示しているのと変わらなくなってしまいます。

もちろん、僕は「変革するな」と言っているのではありません。
むしろ、僕がどちらかといえば変革派であるのは、このブログにお付き合いいただいている方ならご存知だと信じます。そんな僕でも、やはり根本的な社会の変革を目指すならもっと広い視野を持てと言わざるをえないほど、近代以降の社会しかみない近視眼的な意識にもとづく変革はあまりにリスキーだし、無意味だと感じるのです。

ITの力での改革なんて考えがあまりに無意味すぎるのと同様に、すくなくともルネサンス以降続けられてきたデザイン思考による改革でさえ、人類全体の歴史からみれば、自分たち人類の生きながらえてきた長い営みを無視した、視野が狭すぎるゆえの非力な力に基づく暴走だと感じるのです。

人間の生き方の基本的な構造は20万年くらい前から変わっていない

さて、先の内田さんの発言に同調するように、中沢新一さんはこんな発言をしています。

中沢 人類が最初に行なった表現活動を見ると、まず洞窟の岩壁に絵を描いて宗教の儀式をやっているんですが、いまの人間がやっているほとんどすべてのことの原型は、もうそこに出ているんですね。考古学の研究が進んで、人間の脳の構造は、いまから20万年ぐらい前に現生人類がアフリカに出現した頃から本質的には変わっていないということがわかってきた。そのとき心の中に潜在的な能力が目覚めるんですが、その能力はほとんど変わっていない。新石器時代どころか、もっとさかのぼって旧石器時代の制度の中に、いまと変わらない構造をはっきりと認めることができます。
内田樹/中沢新一『日本の文脈』

冒頭からすこしあいまいにしてきましたが、僕が考える「長いスパンで考える」って、ここで中沢さんが言っている「現生人類が出現して以降の20万年」というスパンです。

認知考古学者のスティーヴン・ミズンが『歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化』書評)で明らかにしていることによれば、前言語的な人類の祖先のコミュニケーションは、Holistic=全体的で、multi-modal=多様式的で、manipulative=操作的で、musical=音楽的で、mimestic=ミメシス的なHmmmmmなものだったと言います。
二足歩行をはじめるとともに、ヒトは食物探しのプロジェクトでほかの仲間と協力しあうために、異性とセックスをするために、子を育てるために、その他もろもろの集団生活のために、Hmmmmmによるコミュニケーションを発達させたであろうとミズンは推測しています。

そして、ミズンは「囚人のジレンマモデルが面白いのは、実生活の状況の本質をとらえているところだ」といいつつ、集団生活を行なうヒトにとって大事なのは、二度と会わないだろう他人を助けるかどうかの決断よりも、今後も必ず会うだろう相手である家族や友人や同僚を助けるかどうかの決断を迫られる場面であって、ヒトはそうした場面に出くわしたとき、将来の仲間との関係も考慮して、たとえ、その選択が自身の利益を減少させる面があっても信頼性、誠実さ、協力の姿勢を考慮するはずだとした上で、音楽のもたらす仲間の共感を生んで一体化する力を評価するのです。

共同で音楽を作る人たちは自分たちの心と体を共通の感情に成形し、そうすることで自己同一性が消えると同時に他者と協力する能力が増す。いや、「協力」は正しくない。同一性がまじり合って協力すべき「他者」は存在しなくなり、どう行動するかを決定するひとつの集団と化すからだ。

この音楽による一体化というのが、コミュニケーションのかたちとしては、マクルーハンらの指摘する印刷本による個々人の分離ということと非常に対称的なものだと思います。

それまで共同社会の集団的価値のなかで育まれてきた社会にとって、こうした競争的な個人主義は、社会的スキャンダルになりはじめていたのだった。当時登場した印刷技術が新しい型の文化を創造し、こうしたスキャンダル発生に拍車をかけていたことは割と知られている。

印刷技術がまきおこした社会的スキャンダルをリアルタイムで感じとって作品にしていた芸術家のひとりがシェークスピアでしょう。
『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』では『リア王』が、「人間は剥奪されることで役割の世界から職業の世界へと移行した。この人間の剥奪過程の実地教材が『リア王』だ」とか、「『リア王』は役割が構成していた世界から職業が構成する世界へとみずからを転換していった人びとについての、たいへんに手のこんだ症例研究のためのモデルであるといえよう。それは中世的人間が剥奪されて裸になってゆく過程であった」という表現で、村などのコミュニティの一員であった中世的人間が、専門的な職業を与えられることで社会の歯車となって孤独化する様子を描いた作品として紹介されますが、マクベスなどもやはりそうした孤独による狂気を描いた作品と捉えることが可能でしょう。

マクベスが感じたような世界から切り離されたような孤独は、音楽によるコミュニケーションとはまるで別物だっただろうし、『マクベス』が演じられる演劇という俳優や観覧者が一体となるコミュニケーションの形態とも別物だったでしょう。
まさに『マクベス』という作品は演劇から印刷本へ移行する時代の引き裂かれた個人の憂鬱を描いた作品だといえるのだと思います。

つながった世界の根底にあるもの?

その意味では、いま「つながり」とかが話題となったりしますが、僕は文字や印刷文字以降の「個人化」の罠がすこし解けた状態がいわゆる「つながった」状態と表現されているのだろうなと考えています。
と同時に、そもそも僕ら個人化の罠に一度はまった現代人が再度「つながれる」のは、もともとミズンが上の引用で示しているような他者が存在しない、ひとつの集団と化すことのほうが20万年の人類の歴史でみれば、古層にある基盤となるコミュニケーションのあり方だからなんだろうとも思うのです。きっと、その基盤がなければ、どんなにソーシャルメディアや、モバイルでユビキタスな通信手段があろうと「つながれる」素地など、ヒトにはなかったであろう、と。

他者が存在しなくなる一体化は、中沢新一さんがカイエ・ソバージュ・シリーズの2作目にあたる『熊から王へ(カイエ・ソバージュ2)』で描き出した動物とヒトの世界のあいだに非対称な区別をもたない神話的世界を生きた人びとの「対称性思考」にも通じます。
そこでも紹介されているさまざまな神話に描かれているように、対称性思考を生きる人びとは、ごく自然に、ヒトからクマになり、また、クマがヒトになると思考することができます。
神話を受け継ぐ、僕らのよく知る民話の世界でも、鶴やねずみが簡単にヒトに変わって恩返しをしたりします。
そこには捕獲するもの/されるものといった非対称な関係はなく、互いに贈り物をしあう対称的な関係がありました。

そうした対称性の思考は、港千尋さんがで描き出した『洞窟へ―心とイメージのアルケオロジー』のなかで描き出した、ラスコーやアルタミラなどに代表される先史時代の洞窟に壁画を描いた人びとの心のなかにつながる思考様式です。
狭く暗い洞窟の内部は僕らが普通に考える意味での「絵画観賞」に適切な距離がない状態で描かれ、観賞ができない状態で描かれているのですが、それも先史時代の人びとにとっての絵画が観るもの/観られるものの非対称な関係を生み出すツールではなく、対称性をもって描かれた対象と一体化するための呪的ツールにほかならなかったからです。
それは観る者と観られる対象を非対称なかたちで分離してしまう、僕らの遠近法的視点とはまったく異なる視座なのです。

非対称なコミュニケーションと、一体化する対称性のコミュニケーション

コミュニケーションもまた、いま僕らが考えるように一方から他方へ非対称に移される活動なのではなく、ミズンのいうHmmmmmや、神話を語り継ぎ、洞窟壁画を描いた人びとのように、音楽や詩のような比喩的な形式を用いて一体となる活動であるのが本来なのでしょう。

中沢さんのカイエ・ソバージュ・シリーズの3作目にあたる『愛と経済のロゴス(カイエ・ソバージュ3)』では、言葉は本来、僕らが日常的に話しているような散文形式の表現ではなく、隠喩や換喩表現が主体であったことを指摘しています。そして、僕らは日常的言語をもとに詩が作られると考えがちですが、実際は詩的な言語から現在の散文的な言語が生まれたことを指摘するのです。
このあたりは、マクルーハンのメディア論やウォルター・J・オングが『声の文化と文字の文化』で描いていた、文字以前のコミュニケーションを思い起こさせてくれます。

ところで、『愛と経済のロゴス(カイエ・ソバージュ3)』はタイトルどおり、経済と愛をテーマにしているようですが、言葉によるコミュニケーションが非対称な情報を持つものから持たないものへの伝達ではなかったように、市場経済もまた持つものから持たないものの間の財の移動ではなかったようです。
そうしたことも含めて、経済活動もやはり僕らが考えている以上にヒトが古くから行なっている社会活動であるということを僕らはイメージできていません。

市場もまた人類が出現したときからセットされている

それに関連することを中沢さんは先の対談でも指摘しています。

中沢 いま市場経済というものが世界を席巻していますが、市場(マーケット)という考え方は人類が出現したときからセットされていて、洞窟の中で行なわれていた儀式の中に市場と同じ考え方が出てきています。ラスコーの洞窟には、旧石器時代の男性結社の人びとによって動物の絵が描かれていて、狩猟の成功や動物の増殖を祈る呪術を行なっていたわけですが、原初の資本主義がそこにあります。資本主義というのは、富の増殖を言祝ぐ産業のかたちであって、あちらの世界からこちらの世界へ贈与される富を増やそうとしている点では、現代のビジネスマンがやっていることと変わりません。
内田樹/中沢新一『日本の文脈』

どうでしょうか? ここで先の洞窟壁画の話ともリンクしてきたでしょうか?

中沢さんは、『愛と経済のロゴス(カイエ・ソバージュ3)』のなかで、いまのような貨幣をあいだに挟んだ交換経済が成り立つ前提として、それ以前に贈与経済が成り立っていなくてはいけないことを指摘しています。

交換経済では、交換される物はそれを与える相手とそれを受け取る相手の人格からは自由な存在ですが、贈与経済では、現代の誕生日プレゼントやお中元/お歳暮などのように物そのものの価値以上に、誰から贈られたか/誰に贈るかが重要な要素であり、そうした人格や人間関係は決して物から切り離すことができません。そして、皆さんも贈り物には返礼をするように、贈与経済では贈与に対して必ず返礼をします。究極の贈与は、自然からの恵みであり、そうであるがゆえにヒトは自然に感謝して、狩猟でも、農業でも、自然からの贈り物に対する感謝を示して返礼を行なったのです。

いわゆる崇拝されるブランドはある意味、この贈与経済の人格をひきずる物と同様の性質をもつからこそ、その他の商品にはない魅力をまとうことができるのだと僕は考えていますが、それについては話がずれるので別の機会に書くとして、ここでは、それではなぜ人格がまとわりついた贈与経済下の物はどうやって、人格から切り離された交換可能な商品となりえるのか?をみていきます。

商品交換を可能にしたアジール

中沢さんの叔父にもあたる、歴史学者の網野善彦さんは『日本の歴史をよみなおす』のなかで次のように書いています。

モノとモノとを商品として交換するということは、ある時期までの社会では、普通の状態では実現できなかったことだと思うのです。モノとモノとを交換する、人と人とのあいだでモノが交換されることは、いわゆる贈与互酬の関係になります。そのように贈りものをし、相手からお返しをもらうという行為がおこなわれれば、人と人との関係は、より緊密に結びついていかざるを得ないことになってきます。これでは商品の交換にはなりません。

「これでは商品の交換にはなりません」。確かに、この人同士が緊密に結びついた関係(つまり、対称性の思考の影響が残る状態)では、交換経済は生まれてきません。
では、どうすれば、モノを人の縁から断ち切って、自由にできるのか?
その答えも網野さんが示してくれます。

網野さんは『無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和』書評)のなかで描き出した、中世までの日本には確かに存在したアジール(統治権力が及ばない自由の場)としての「無縁・公界・楽」の特徴として、以下の8つを挙げています。

  • 不入権:みだりに外部の者が足を踏み入れてはいけない
  • 地子・諸役免除:納税や課役が免除される
  • 自由通行権の保障:関や渡での交通税が免除され自由に通行することができる
  • 平和領域、平和な集団:戦をしてはいけない
  • 私的隷属からの解放:私的な主従関係や隷属関係は無縁の場に入ると切れる
  • 貸借関係の消滅:無縁の場に駆け込む前の貸し借りは切れる
  • 連坐制の否定:隣組などをつくって相互に監視、告発する義務と連坐制を適用しない
  • 老若の組織:老衆、若衆による組織化


この特徴のうち、「私的隷属からの解放」ということに着目してみましょう。無縁の場とされた寺社の領域に入り込むことで、人はそれまでの主従関係などの人間関係からは自由になります。世俗のものである状態から神や仏のものである状態になるのです。

これが人にだけ適用されるのではなく、物にも適用されたようです。

物もまた、「無縁・公界・楽」と呼ばれた領域に持ち込まれると、それまでの世俗の人間との関係が断たれ、自由になるのです。自由になったものは、贈与のように人間関係をひきずることなしに、まったく無関係な人と人とのあいだの交換が可能になるのです。つまり、そこではじめて物は商品になることができるのです。

そういう経緯もあり、最初の市は、寺社などの無縁の場で開かれました。

いや、市だけではありません。最初の金貸し業も寺社で行なわれたそうです。お金もまた他の人に分け与えるためには、縁を切ることが求められ、そのために貸すためのお金は一度寺社の敷地に埋められ無縁の状態にされてから貸し与えられたといいます。

商品としての物も、商品としてのお金も、一度、生活に密着した人間関係から切り離されて、顔なしの状態になることではじめて、交換可能な存在となることができたのです(『千と千尋の神隠し』でなぜカオナシがお金を出すのかもわかりますね)。

20万年のスパンで考える社会的イノベーション

こうした長いスパンで、経済や言語によるコミュニケーションや教育など、人間の生活における活動を見つめること。そうした視点が変革の時代であるいまだからこそ、あらためて必要になってきていると感じています。
でなければ、新たなソーシャルイノベーションが、単に近代的な社会システムの反省のみで、近代的社会システムが犯したのと同様の過ちを犯す新しい社会システムを新たに生み出すだけになりかねないのですから。

  • ヒトと動物、人間同士が共生できていた対称性の思考や贈与経済がなくなったのはどうしてなのか?
  • 対称性の思考における熊という象徴的存在が、王のような存在にとって代わったのはなぜか? それによって何が変化したのか?
  • 贈与経済と交換経済では何が異なるのか? 交換経済が生み出した売る者と買う者を分け隔ててしまうような非対称な経済環境がどんな変化を人間にもたらしたのか?
  • 詩的言語から散文的な言語への移行によって何が可能になり、何が失われたのか?
  • 対称性の思考から非対称の思考に移行してなお、構造的な変化がみられない教育や家族、貨幣などのかたちが維持されているのはなぜか?

といったことなどを思考し、考慮しながら「社会的イノベーション」なるものを模索する必要があるのではないでしょうか?
それとも、実業的な活動をそんな思考は必要ないとお考えなのでしょうか? 実業的であることをその他のことと分け隔てて考える非対称な思考こそが、近現代のこの状況を生み出している要因であることにも気づかずに…。

僕らはもっと徹底して姿勢を変える必要があるのでしょう。本当のソーシャルイノベーションってそこからしか生まれてこないのだろうと感じています。
長いスパンというより長すぎるエントリーになったので、この続きはまた折りをみて考えていこうと思います。

  
   


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