パースの三項論理
パースの三項論理は、記号過程を記号(sign)、対象(object)、解釈項(interpretant)の3要素からなり、そこに成立する還元不可能な三角関係を分析することを主題としています。例えば、よく例に出されるのは、森の中でハンターが樹に傷がついているのを見つけ、その近くに鹿がいることを察知するという三角関係です。この場合、樹の傷は「近くに鹿がいる」ことを示す記号であり、対象は鹿となります。そして、この2項を結びつけるものとして、ハンターの「鹿は木の皮をはぐ」という解釈項が存在します。
しかし、それは森のことをよく知るハンターならではの解釈であり、僕たちのような素人が同じ傷を見つけたとしても、その傷が鹿という対象に結びつくことはないでしょう。これは「わかったつもり 読解力がつかない本当の原因/西林克彦」で取り上げた認知科学の分野での文脈とスキームの関係と同じものですね。
パースの記号学とブランディングとの関係性
このあたりがブランド知識の問題と関連する点です。僕自身、ブランド論はもともと情報学の一部だと考えていたし、ブランドが価値をもつのは現代が情報化社会であるからこそであると思っていたので、パースの記号学をベースにA Model of Brandが描かれていくのは非常に納得がいきます。MarkeZineの「「ブランド認知 2.0」を考える」でも書きましたが、ブランド知識はブランド認知とブランド連想によって成り立ととされています。このうち、ブランド認知はさらにブランド再認とブランド再生で成り立っており、先の樹の傷の例で言えば、ブランド再認はある傷を見て、それが前に見たのと同じ種類の傷だと認識できることを指し、ブランド再生はその傷を見て、鹿による傷だと認識できることを指します。
しかし、先にも書いたようにハンターであればそれが鹿による傷だというスキームが頭の中にできていますが、普通の人は頭のなかにそんなスキームを持っていません。ブランドにおいても、先にそうしたカテゴリー認知がなくてはブランド再生はうまく機能しないのです。ファッションに興味のない人にはなかなかファッションブランドのブランディングを成功させるのはむずかしいはずです。
そのあたりがブランド知識のもう1つの軸であるブランド連想において、ユーザーが価値を感じる連想との類似点と相違点をうまく使う必要性に結びつく点でもありますね。ファッションそのものには興味がなくても、「モテる」という連想とうまく結び付けられればブランドは機能するかもしれませんし、何か別の価値ある対象と結びつける(例えば、服や靴にiPodをつけるとか)ことでファッションそのものには普段関心を示さない人でもブランド価値を訴求することはできるでしょう。
という点も踏まえると、A Model of Brandの図はよくできてはいると思いますが、実はパースの記号学をベースモデルにしていながら、そうしたユーザーの元々の知識レベルを考慮に入れていない点がすこし物足りなさを感じたりもします。このあたりも踏まえてブランド・アーキテクチャのモデルを考えられればと思っています。
パースの記号学とホフマイヤーの生命記号論
ところで、パースの記号学について調べていたら、デンマークの分子生物学者のジェスパー・ホフマイヤーがパースの記号過程に着目して、独自の生命記号論なるものを展開していることを知りました。生物の生殖や進化にも記号過程が存在するという論らしいです。DNAという記号(レシピ)の解釈によって、生命という対象が生じると考えるとなんとなくわかる気がします。これもちょっと触れてみたい分野ですね。というわけで、このあたりの本を読んでみようかと。
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