物理学の未来/ロバート・B・ラフリン

本タイトル: 物理学の未来

コメント:
複雑系や自己組織化について知りたくて、スチュアート・カウフマンの『自己組織化と進化の論理』にやや遅れて読み始めたのだけど、こちらのほうが早く読み終わったのは、単に量の問題ではなく、こちらのほうがより興味をひかれたから。とはいえ、1998年にノーベル物理学賞を共同受賞した著者、ロバート・B・ラフリンが本書で描くのは、自己組織化の仕組みや創発はなぜ起こるのかという専門的な問題ではなく、創発の時代の物理学の世界のおもしろさ。「真空は『物質』である」だとか、「相対論は基本的でないかもしれない」だとか、「計算可能性は集団的性質をもつ」とか「現代理論物理学の重要な部分は神話的性質を帯びる」とか、いかにも物議をかもしそうなテーマを選んできて、それを僕たち素人にもわかりやすい言葉で説明してくれる。たっぷりとユーモアや個人的なエピソードも盛り込みながら。

物質の相の中で馴染み深いのは液体、気体、固体だが、これらはいずれも組織的現象である。相はあまりに基本的で馴染み深いものなので、このことを知って驚く人は多いが、確かにそれは真実だ。
ロバート・B・ラフリン『物理学の未来』

「創発」だとか「自己組織化」だとかいった言葉は知っていた。でも、「組織的現象」って言葉ははじめてだ。
「集団組織化」。これもはじめて。
「組織化の法則」。これも。
「集団的ふるまい」。これもそうだ。
結局、いってることはミクロな法則性をしめす粒子が数多く集まった際にみせる古典物理学的法則性を「集団」「組織化」という言葉であらわしているのだけれど。これが「自己組織化」だとか「創発」だとかいうすこしは慣れ親しんでいる言葉より、むしろ、馴染みがよく思えるのは何故?
そして、「集団的正確性」。

科学者でない人にとっては、集団的正確性は把握しにくい概念に思えるだろうが、実はそうではないはずだ。日常生活における身近な実例は数多くあり、その1つが通勤だ。朝になると太陽が昇るが、それは、地球の基本的運動や太陽の膨大な熱容量などに関連した確実な真実である。しかし、もう1つ同じくらい重要な真実として、ある時間帯には高速道路や電車が通勤客で混雑し、1時間ごとの通勤客数も予測できる。
ロバート・B・ラフリン『物理学の未来』

馴染ませてくれるのは、僕たちが普段、馴染んでいる現象に置き換えて説明してくれるからでしょうか?
それとも、

人間の振る舞いは自然の一部であり、あらゆる物事と同じ法則に支配されているため、それは自然に似ている。言い換えれば、我々が基本的な物事に似ているのは、我々が基本的な物事からできているからであり、決して、我々がそれらを人間扱いしたり、あるいは心でそれらをコントロールしたりするからではないということだ。人生の組織体と電子の組織体が似ているのは、偶然でも錯覚でもなく、物理なのだ。
ロバート・B・ラフリン『物理学の未来』

それが物理なのだからなの?
とにかく、本書では「組織的現象」や「集団的現象」が非常に身近なものに感じられる。「自己組織化」だとか「創発」だとか、何か特別なものかと思っていたけど、どうもそうじゃないように思えてくる。いや、実際、それは特別なものじゃなく、そうでなければ僕たちはミクロな世界の量子力学的確率論の世界で、何もかも見失ってしまっているはず。それを思うと、近似値ってなんて素敵って感じられます。

といっても、この本で描かれた世界は決して、僕たちに馴染み深いものばかりではない。古典物理の世界の知識が頭につまった僕たちには、不思議で、すぐには理解できないこともたくさん欠かれている。

真空は相転移に近い状態であることが知られている。数多くの実験が示唆するところによれば、真空は、自然のさまざまな力が分化する相転移の階層の中で生まれた。
ロバート・B・ラフリン『物理学の未来』

真空が真に空っぽでないのはいいとして、真空が相転移に近いというのは、なかなか馴染めない。

空間を満たす「中身」は、普段は透明だが、十分に強く叩くと見えるようになって、その一部分が飛び出してくるのだ。実験によって日々検証されている、現代的な意味での真空とは相対論的なエーテルなのだ。しかしこの言葉はタブーであるため、我々はそれをそのようには呼んでいない。
ロバート・B・ラフリン『物理学の未来』

こんな風に僕としては興味をもった部分が満載で、とても1エントリーにはまとめきれないが、中でも特にひかれたのは次のような下りだ。

この物語から得られる数多くの教訓の中で科学書に関係してくるのは、「実際には存在している物理的法則を存在していないとする法則は、最終的には機能しなくなる」というものだ。無知から来る幸せが何十年続こうとも、いつかは真実の瞬間が訪れ、結果は悲惨なものになるだろう。恐ろしく危険な事柄を処理するための正しい方法は、それを徹底的に理解して広く議論することなのだ。
ロバート・B・ラフリン『物理学の未来』

この教訓は物理学に限らず、普段の僕たちの生活にも活かすことができるはず。実際、今日、Webユーザビリティに関することで、そう感じた出来事があったし。
つまり、

正確な測定こそが科学法則であり、正確な測定が不可能な環境は、法則を欠いたものなのだ。
ロバート・B・ラフリン『物理学の未来』

そして、測定が不可能ということは、そこに法則性を見出す視線が欠けているということでしょう。この本は法則性を見出すための新たな視線=物の見方を与えてくれたという意味で、僕にとってはとても有意義な1冊でした。ぜひ、新しい世界を見る目がほしいなと思っている方は読んでみてください。

評価: stars

評価者: gitanez

評価日付: 2006-09-20

画像(URL):

著者: ロバート・B・ラフリン, 水谷 淳

出版年月日: 2006-07-27

出版社: 日経BP社

ASIN: 4822282813


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この記事へのコメント

  • ちさ

    こんにちは。

    「集団組織化」は人間界ではまだまだ未発達な研究分野なのでしょうね。自然界・動物学の分野ではだいぶ研究が進んできてますね。

    最近の本で言えば『重役室のサル』はとても面白かったです。集団行動、組織化はほ乳類(霊長類)全てに見られる現象みたいです。妙に納得します。また自然界では特に森の話しとして『場と共創』が良書です。大好きな本です。

    「組織」とは「場」に影響され「個」が変化していく、その様をよく受け止めてチームをデザインしていきたいと最近思っています。
    2006年09月21日 10:53
  • tanahashi

    ちささん、こんにちは。

    自然界・動物学の分野での知見をなんとか人間界にも応用できないかなというのが今の僕の目論見です。
    僕の場合、適応範囲はマーケティングになるのかなと思いますが。
    2006年09月21日 13:35

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