「結局はコンテンツが大事」だというのと「Webはまだまだ2.0じゃない」ということの相関関係

SEOだの、Web標準だの、アクセシビリティだの、ユーザビリティだのと、なんだかんだ言ってはみても、Webサイトを利用してもらおうと思ったら「結局はコンテンツが大事」だっていうのは確かにあります。
コンテンツの内容がおもしろかったら、検索エンジンで見つけづらくても、アクセシブルでもユーザブルでもなかったとしても、多少の苦労(コスト)は厭わず人はそれを見に来るだろうという理屈です。
逆に、どんなにSEOができていても、Web標準でしっかり作られていても、アクセシブルでユーザビリティがよくても、肝心のコンテンツがつまらなかったら、確かに人は見に来ないでしょう。
確かにそれはそのとおりだと思います。

補足すると、この場合のコンテンツとは、単純な読み物の場合もあれば、YouTubeのような動画コンテンツもあるし、FLASHを使ったゲームみたいなものもあるでしょうし、もうちょっと強引に広げれば、はてなブックマークやRSSリーダーのようなコンテンツを集約する機能をもっていることを含んでもいいかもしれません。あと忘れてはいけないのは、商品やサービス自体でしょうね。いい商品やサービスについての情報が公開されているなら、やっぱり見たいと思うし、そこで購入できるなら買いたいとも思います。

で、確かに、そういうコンテンツが充実していれば、多少の使いづらさや見づらさ、見つけにくさは我慢するのが人間だと思います。

「コンテンツが大事」とはいいたくない人

僕自身も同じようなことを口にすることはありますけど、でも、それを大声でいうことはあまり好きじゃなかったりします。
なぜかというと、たぶん、それは僕がある意味でコンテンツ(企画)屋さんだからだと思います。このブログだって、僕がこうやって書いてるコンテンツ以外、何のとりえもないところですし、実際、僕がWebで何ができるかといえば、こうやって自分で文章を書くことだったり、コンテンツの内容を企画することだったりしかないわけで、Web標準だの、Ajaxだの、そういう作るほうの技術はほとんどないといっていいわけです。それでも、ありがたいことにいろんな人がこのブログを見てくれています。これは本当にありがたいことで、だからこそ、自分ができる「コンテンツを書く」ことだけはちゃんと続けていかないとって思うんです。

で、僕にはWeb標準やAjaxなどの制作的な技術はないからこそ、素直に僕はそういうことができる人がすごいなと思うし、必要だと思います。コンテンツも大事だけど、Web標準も、ユーザビリティも、アクセシビリティも、コンテンツを効率的に更新できるブログを含めたCMS的な仕組みも大事だと心底、思うんです。

そういう思いもあるから「結局はコンテンツが大事」だなんて自分ではあまり言いたくないんです。それに僕の立場からすれば、そんなの当たり前だろというのが本音でもあります。できて当たり前で、コンテンツがちゃんとしてなければ、制作者の人に苦労してWebをつくってもらう必要なんてないし、ましてや他人に見に来てもらう必要なんてないと思っています。
見てもらいたい、買ってもらいたいと思うなら、Webの作りがどうこう、Webでのマーケティング手法がどうこういう前に、いいコンテンツを用意しておきなさいって思います。
それが制作者や利用者、購入者へのエチケットでしょうって本気で思います。
そうした気持ちを制作者に対してもてないプランナーやマーケターは本当にダメだなって思うし、たぶん、Web制作の現場をうまく盛り上げて自分たちの成功も含む、プロジェクトの成功につなげることはむずかしいんじゃないかと感じます。

「Webはまだまだ2.0じゃない」という人

一方で「Web2.0」という言葉を使うことをためらう人たちがいます。そういう人は、単にためらうだけではなく嫌悪感ももっていて、「Webはまだまだ2.0じゃないでしょ」といったりします。
そういう人はどういう人たちかというと、Webのことを真剣に考え、つくろうとしている制作者の人たちだったりします。そういう人はWeb2.0という言葉を嫌い、「Webはまだまだ0.8くらいだろ」なんていったりします。話を聞いてると、僕も気持ちはよくわかります。それは僕が「コンテンツが大事」なんて当たり前すぎて口するのもいやだなって思うのと同じだから。

でも、です。
だからこそ、Web2.0を否定する言葉をあんまり口にしてほしくないなって思うんです。すべてに肯定的ではないにせよ(そんなの僕だって同じです)、WebがWeb2.0的に技術向上したり、利用者が増えたりしていること自体は、「Webはまだまだ2.0じゃない」という人も認めていることだと思うので、せっかく言葉として話題を集めているWeb2.0をその呼び名の好き嫌いだけで、否定してほしくないなって思うんです。

自分の「当たり前」は決して他人の「当たり前」ではない

バズワード」というエントリーでも似たようなことを書きましたが、いままでWebにあまり興味をもたなかった人や利用しなかった人、それからWeb制作者でもあまりWeb標準やアクセシビリティなどに関心をもてていなかった人が「Web2.0」というバズワードがきっかけになって、Webに親しむ度合いが増えればそれはいいことなんじゃないかって思うんです。
もちろん、その最初になにか誤解が生じるのかもしれません。しかし、誤解がきっかけでも参加してくれることは嬉しいことだなって、Webに関わる仕事をしている立場からは感じるんです。それにやっぱり僕自身がWebが好きですしね。
それに誤解しているんなら、参加してくれたあと、親しんでくれたあとに、僕たちがゆっくりつきあってあげて誤解をといてあげればいいと思うんです。

人はそれぞれ立場もあれば、得意としている分野も違います。自分が当たり前のように思っていることでも、自分から遠い位置に立っている人には決して当たり前じゃないっていうことは多いんだと思います。
それはこうやって毎日ブログを書いていると日々感じられることだったりします。
そして、自分の当たり前を当たり前だと思わずに行動することがとても大事なことだなというのもすごく感じることです。
同じ立場の人と話したり、いっしょに何かを作っていくことはもちろん必要です。でも、それと同時に、自分とは立場が違ったり、もっている知識が違う人と交流する中で、何かを生み出していくことはそれ以上に大事だなって思います。

それは相手に対する思いやりとかとはすこし違った、他人に対する尊重だったり、敬意だったり、社会に対する貢献だったりするのかななんて考えたりします。

昨日、アックゼロヨンのアクセシビリティのセミナーに出て、人知れず考えていたのはそういうことでもありました。
違いを尊重しつつ、それでも自分と同じひとりの人なんだと他人を認めることかな。僕はそういう姿勢がアクセシビリティの根幹にあればいいのかなと感じました。

 


この記事へのコメント

  • 必要思考

    結局はコンテンツが大事とちゃんと言っていかないといけないと思います。
    中身なんかどうでもいいんだ売り方でどうとでもなるって人が一杯いますから。
    そういう事を繰り返すと信頼がなくなりますが・・・手を変え品をかえて使い捨てにするので、
    そういう人たちは損しませんが、作る人が割りを食う
    つくる方は当たり前かもしれませんが、そうじゃない人も一杯いるので、
    やはりそういうアピール、考え方を浸透させる必要があるのではと思います。
    2006年09月08日 16:50
  • tanahashi

    もちろん、そのとおりです。
    なので、あまり言いたくないといいつつ、言う場面は多いです。
    2006年09月08日 17:07

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  • 両方必須
  • Excerpt: Webサイトは土台と内容(コンテンツ)で構成されていますが、どちらかのほうが大切というものでもなく、どっちも譲れないものだと思います。...
  • Weblog: SEOについての覚書
  • Tracked: 2006-09-12 01:13