マーケティングも1:nのトピ-スレ型からn:nのネットワーク型へ

13Hz!さんの「ネットはマーケティングをコントロール不能にする」というエントリーは、インターネット広告の流れを「信頼性」をキーワードとしてよくまとめられている好エントリーだと思います。

ユーザーニーズへのマッチング精度の向上とコントロール機能の喪失

バナー広告~ターゲティングされたバナー広告~検索連動型広告~コンテンツ連動型広告(アフィリエイト)という流れの中でユーザーニーズへのマッチングを追求するマーケティングが、昭和30年代頃に電通が提示したという「戦略10訓」に代表されるような、かつてのマスマーケティングの時代から伝統的(?)に続いていた広告によるユーザーニーズのコントロールという戦略と真っ向から対立するようになったということをわかりやすく示してくれています。

そして、

上記のように消費者のニーズをコントロールし続けた結果、企業の発信する情報は人々の不信感の対象にすらなり始めたのである。

 不信感の対象・・・政治(87.3%) マスコミ(74.8%) 企業(69.9%)

これに対して他人を不信感の対象にする人はわずか31.7%だ。企業がどれほど情報を配信しても、個人の意見の方が信用に値するというのである。

といった具合に、ユーザーは企業に対して信頼感と同じくらい、大きな不信感をもつに至ったというわけです。

ちょっと話はずれますが、ここで私が「信頼感と同じくらい」と書いたのは、ユーザーは広告に対して不信感を増大させつつも、それでも大手企業の製品そのものに対するユーザーの安心感はいまだ健在だと思うからです。
それもトヨタ車のリコールに関するニュースなどを見ると今後あやしくなってくるのかもしれませんが、CGMにより情報の生産者となりえたユーザーも、まだ製品そのものの生産者になるまでにはまったく至っていないので、製品そのものへの不信感が信頼感を完全に上回るのはまだ先だと考えるほうが妥当でしょう。

信頼性やロングテールに対する誤解

話を戻すと、13hzさんはユーザー間の信頼に基づく口コミの流布を企業がこれまで同様にコントロールしようとして失敗したことにも触れています。
ブログやSNSの普及と、ロングテールというキーワードに注目が集まったのをきっかけとして、再び、ユーザー間の口コミを企業のマーケティングに利用しようという流れも最近見受けられますが、これも信頼性だったり、コストおよび物理的制約と深い関係をもったロングテールの本質(それは所詮、昔ながらのパレートの法則なのだから)を理解せずに行われるのであれば、無残な結果を残すことにもなるかもしれないなと思ったりもします。
※ロングテールに関しては、池田信夫さんがちょうど昨日「ロングテールの虚妄?」という好エントリーを書いてらっしゃいますので、こちらもぜひ参考にしていただきたい(なぜか、僕のブログエントリーがコメント欄にリンクされてたりします)。

マーケティング2.0へ

13hzさんはこのエントリーの最後に次のように書いています。

インターネットは確かに、十数年来のマーケティングの課題を解決できる夢の環境かもしれない。だが実のところ、本当に夢を叶えたのは消費者の側であり、企業の広報担当者にとってはより厳しい環境がおとずれている事を認識すべきだ。

バズマーケティングやWEB2.0といった華やかな言葉の数々に惑わされ、広告のコントロールすら困難になっているという現状を忘れたとしたら、少なからぬリスクを背負う事になるだろう。

この認識はまさにそのとおりで、本日発売となった『マーケティング2.0』でも多くの著者の方が同じ認識に立って、Web2.0に惑わされない現在のマーケティングを考えていくための様々なアイデアを提出しています。

その中で何人かの著者の方の間で共有されている感覚として、失われたユーザーの信頼を回復するには画一的なマスコミュニケーションによるメッセージやプレスリリースによる広報ではなく、より企業の生の(現場の)声を伝える従業員自身による情報の生産~発信の仕組みをすこしでも早く立ち上げることが、さまざまな形で提案されていると思います。
例えば、こんな風に。

ネットへは、自分たち自身が出て行かなくてはなりません。マーケティングを広告代理店に頼ったり、ウェブサイト作成をコンテンツ会社に頼ったりしてはいけません。代理人が行動しているようでは、いったいどこのコミュニティがあなたを信頼し、受け入れてくれるのでしょうか?
『マーケティング2.0』第3章-2 プロモ2.0 by 清田一郎

ネットワークと共同体

企業対ユーザーという1:nの関係から、企業の個々の従業員とユーザーというn:nの関係への変換ということです。

これに関しては文脈が異なりますが、junjunmocchaさんが非常にインスピレーションを喚起させてくれることを書いています。
「トラックバック、ブログはネットワーク(網状)」、「コメント、日記はコミュニティ(共同体)」とその違いを整理したうえで、

ミクシィはコミュニティ。
ソーシャル「ネットワーク」サービスといってるけど、コミュニティ。
「アイ」という中心があり、「マイ」という所有格の友人たちがおり、
その人たちでゆるやかな盛り上がりを個々が作り、
その盛り上がり同士がクロスして、ゆるやかに盛り上がりのサークルが広がっていく。
そんなミクシィが「ブログ」ではなく「日記」を名乗ったのは、あってるんだよなあ。
もっと言えば、上に述べた友人が「ミクシィは、日記欄とコメント欄の大きさが一緒なところがポイント」とも言っていて。
つまり、ミクシィは、コメントもひっくるめてコンテンツであり、そういった意味で、日記の内容がいかなるものであっても、それは「スレ」に近い。

mixiで日記-コメントの一体感が生まれるのは、おそらく日記を書いた本人がコメントをくれた方をホストとして出迎える姿勢がきちんとしていておもてなしの形が成立している場合なのではないかと感じます。
かつての企業とユーザーの1:nの関係もまさに日記に対するコメント、トピックに対するスレという関係がうまく機能していたのだと思いますが、それが急激にスレのほうが膨大になったために「おもてなし」しきれなくなったといったところもあるのではないでしょうか?

1:nのトピ-スレ型からn:nのネットワーク型へ

中央集権型の1:nのコミュニケーション・システムがうまく機能しなくなってきた現在、マーケティングを考える際にも、n:nのネットワーク(スケールフリー・ネットワーク)による自己組織化が起こるようなコミュニケーション・システムを想定することが必要なのかなと思っています。
それには疎結合でシステムがうまく働くよう、個別のノードとしての個人がスキルを向上させて、システム全体の効率を落とさないように努力する必要があると思います。
すくなくともCGMによってユーザー側はだいぶ情報生産者としてのスキルを高めはじめたように感じます。あとはもう一方の側の企業の従業員の側がどれだけ同じような高いスキルを持てるようになるかというのがもう1つの課題でしょう(それは従業員のそうした生産者としての権利を企業組織がどれだけ支援できるかです。だって消費者と従業員って実は同じ人なんですから)。

Employee Generated Media(従業員による情報生産~発信の仕組み)が今後のマーケティングにおいて大きな課題となってくるのではないでしょうか?

それが実現されたとき、もはや従来の意味でのマーケティングとは似ても似つかないものになるのかもしれませんが。

 


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