基盤となるものが大事

明後日で3月中旬から続いた名古屋生活もとうとう終了です。

はじめは食があわなかったり、東京にくらべて気軽に出かけられることがなかったり、大きな地下街に馴染めなかったり、いかにもト○タのお膝元といった感じでクルマ優先な感じがいやだなと思ったり、慣れない環境のせいか文章が書けない読めないと悩んでみたり、正直、名古屋は好きじゃないなと思っていましたが、さすがに4ヵ月半も暮らしていると、いざこの地を去るとなるとやはり寂しい気持ちになりますね。

何よりここで出会った人たちともこれでお別れかと思うと、それが一番寂しいですね。
東京で仕事をしていたら、あるお客さんとの仕事が終わっても、またいつでも会えると思えるので、こんな気持ちにはならないのですが、やっぱり距離が離れていると、違いますね。

さて、この4ヶ月あまり、仕事の中身のほうもはじめて体験するような展開(ほとんどが「ありえない!」という悪い意味で)を数々目にしてきましたが、そこで感じたのがやはり基盤となるものの大切さです。

前に「企業の基本設計」でも似たようなことがありましたが、どんなに優秀な人が何人集まろうと、どれだけプロジェクトに参加する個々人が手を抜かずがんばっても、基盤となるものがしっかりしていないと、プロジェクトはガタガタの状態になります
そんな状態ではメンバー同士が反目しあったり、責任のなすりつけがはじまったり、スケジュールは遅延、手戻りが頻繁に発生したりします。
たぶん、みんなが同じ方向を向いているだけではダメで、みんなが共通のツールを使ってコミュニケーションできなければ、異なる考え、異なるタスクをもった人々の集合をまとめ、円滑なプロジェクト推進を行うことはできないのだとあらためて実感するとともに、いかに普段、自社で行っているプロジェクト推進の仕方がよくできた基盤の恩恵を預かっているかを感じ、感動しました。

さて、先にツールと書きましたが、これは単にMS Projectだとか、そういった類いのツールではありません。

例えば、それはシックスシグマのDMAICの考え方だったり、ISOなどに登場するPDCAの考え方だったり、「うまくいかないことを他人の責任にせず、自分が変わることで状況を変えるよう努力する」といった考え方の共有だったり、そういうものだと思います。
最初の定義をいかに共有できるか、参加メンバー各自がまわりのメンバーを尊重しながら、明確なプロセスに基づき、タスクをこなしていけるか、そして、互いに無駄のないコミュニケーションを行い、ヌケモレがないかを常にチェックできる仕組みをまわせるか、などなど。
そして、たくさんの人が動くということがどういうことか、すくなくともプロジェクトリーダーがきちんと理解し、それを円滑にするシナリオを描き、実行できるか。
やっぱりそういう基盤となるものがないと、いくら個々人ががんばったところで、いい成果は生まれてこないんだなと実感した次第です。

また、東京に帰れば、今回の特別プロジェクトとは違った普段どおりのマーケティングの仕事に戻ります。
ただ、その場合でも実は自分としては苦手な今夏のようなプロジェクト(それがどう苦手かと理解できたのも今回の教訓でした)で得たものを活かして、「(複数の)人が動くということ」をテーマに仕事をしていければと思いました。



この記事へのコメント

  • Longtail

    お帰りなさい。帰京なさると読書量は落ちるかもしれませんね。ぜひ一度仕切り直しで暑気払いなどと思っております。
    2006年08月02日 00:09
  • gitanez

    お待たせしました(かな?)
    はい。私もぜひに、と思ってました。

    ちなみに、おそらく読書量は減らないでしょう。
    むしろ、通勤時間が増えるので、その分だけ増えるかもしれません。
    2006年08月02日 00:52

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