あるマーケティングの終わりとその犠牲者

さっきAmazonから他の本と一緒に『ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち』が届いたので、さっそくちょっと読んでみた。

どんな革命にも、犠牲者がつきものだ。この場合は、一方通行で指揮統制型のブロードキャスト・マーケティングに胡坐をかく今日のマーケティング関係者たちが、犠牲者の筆頭になる。彼らはきっと、家に帰って家族に、テレビ広告やジャンク・メール、バナー広告についてどう思うか、聞いてみるべきなのだ。彼らに将来はない。マーケティングそのものが消滅する運命にあるとは思わない。そのブロードキャストな側面に明日はないといいたいだけだ。つまり、「話すのは我々だ。君たちは聞きなさい」といわんばかりのやり方は、もうおしまいなのだ。
ロバート・スコーブル『ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち』

大いに納得できる言葉だ。
「マーケティングそのものが消滅する運命にあるとは思わない」。YES!
「そのブロードキャストな側面に明日はない」。YES!YES!
つまり、マーケティングそのものは今後も企業にとっても顧客の側にとっても役に立つものであり続けると思うけど、それはすくなくとも今までマーケティングと思っていたものとはまったく違うものになるということだと思う。
そして、今までのマーケティングしか、マーケティングだと思えない人は遅かれ早かれ「犠牲者」となるのを免れないということだと思います。

「話すのは我々だ。君たちは聞きなさい」といわんばかりのやり方なんて、先日、「NTTドコモのmixiコミュニティ10日で閉鎖したんだって(あるいは「せめこれ4」)」で書いた件に完全に当てはまりますよね。

今日、たいていの人は、大企業を信じていない。新聞を開けば、大企業による違法行為や不正、相も変わらない略奪行為についての見出しが並んでいるが、これは一部の問題でしかない。一般的な認識としては、企業とは抜け目ない弁護士や不正経理に手を染める会計士が経営し、それを従順で無個性な従業員が支えているもの、といったところだろう。企業は、魂のない一枚岩の集団とみなされている。要するに、人間性を感じさせない。
ロバート・スコーブル『ブログスフィア アメリカ企業を変えた100人のブロガーたち』

ここに並んだ言葉の数々。
  • 魂のない一枚岩の集団
  • 人間性を感じさせない
  • 従順で無個性
  • 抜け目ない弁護士や不正経理に手を染める会計士が経営

これってマーケティング的にどうなのよ? そう思われることを望んでいるの?

一本化された広報窓口による機械的な応答。
さんざん広告などをバラまいておきながら、問い合わせに対しては、外部委託したコールセンターでの事務的な返答のみ。
どこにも人の顔が見えず、好感がもてないのは当然の結果では?
昨夜書いた「[memo]遊びの要素」では、「その企業で働いている人の遊び感覚とか、外部の人とのかかわりで生まれた遊びの匂いがするもの」が企業のWebサイトなんかにあるといいよねなんて書いたが、まずはそうしたステップに正しく進む前にやはりブログでの会話を学んでおいたほうがいいよね。

やっぱり、みんな、「企業のWebマスターのための「せめてこれだけは使っておこう」」を読み直してみてください w



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