2011年07月08日

話しことば社会への回帰だろうか?

ここ数日、頭のなかでまとまりきらないけれど、何かこれはことばにしないといけないと感じるようなもやもやした現象に意識が奪われています。もやもやしてるのでなかなか記事にできずに困っているのですが、これはすっきりとまとまった話に落とし込むのは、相当時間がかかるだろうと断念し、今日もやもやのままをことばにしようと思います。なので、いつにもまして読みにくい文章だとおもいますが、そのあたりはご了承を。



さて、以前、「版(version)の危機」というエントリーで書いたように、僕はTwitterやFacebookのような最近のソーシャルメディアのコミュニケーションを、おしゃべりだと思っています。話しことばを使う、会話をするという意味でおしゃべり。
そして、共感のメディアだとも言われるソーシャルメディア。その「共感」を生む要素のひとつとして「他人同士が同じ時間を過ごす」ことがあるのではないでしょうか。

僕は、いまのソーシャルメディアはおしゃべり空間だからこそ、たがいに離れた場所にいながら同じ時間を過ごしているような感覚から醸成される共感が重視され、かつ私有より共有、競争より共創が好まれる空間になっているのではないかと思っています。そして、それが社会そのものにも影響を与えている。もちろん、それだけが唯一の要因ではないにしても。

「時間や会話のリアルタイムな共有のみで共同体的連帯というのが果たして生まれるのか? それにはまず会話や時間が共有される場への愛着が必要ではないか」といった考えもあると思いますが、僕はおそらく逆だと思っています。共有された時間とおしゃべりでつながった共有があってはじめて、その場やそこで話題にあがった物事への愛着が生じるのでしょう。「好きだからいっしょにいるようになった」のではなく、「いっしょにいたから好きだという思いが芽生えてきた」恋人同士のように、時間やおしゃべりが共有されるからこそ、共感=Likeが生まれてくるのだろう、と。

すこし前に書いた「ソーシャルメディアという寄合空間」で、民俗学者の故・宮本常一さんが伝える「話しに花がさく」村の寄合空間の話しことば空間と、ソーシャルメディアの流れることば空間の類似をみたのもそんな思いがあったからです。

話しことばが生み出す連帯感はそのくらい官能的なものではないだろうか。
そして、あくまでUI上に表示されるテキストであるTwitterやFacebookの情報群も、そのフロー的性格によるおしゃべりに似た印象が話しことば社会同様の官能的で呪術的な様相を復活させはじめてはいないだろうか?
そんなことを思いつつ、今回は話しことば社会の特徴をすこし紹介してみようと思っています。

知識獲得の2つの方法

歴史上、人が知識(暗黙知を除く)を習得し利用可能にするための​方法は大きく分ければ2つしかなかったと思っています。

ひとつは文字で書かれた知識を個人が読みあさり自分でまとめ直す​方法。
もうひとつは話し言葉で他の人の話を聞いたり自分の考え​を言ったりして議論する方法です。

前者はヨーロッパ中世前期の修道院の時代やルネッサンス直後の混​乱の時代に採用されました。一方で、後者はちょうどその間を埋める中世後期の大​学誕生の時代=スコラ学の時代と、さらに古代ギリシアの哲人たちの時代をはじめ、ヨーロッパがナショナリズムに​向かった18世紀以降のゼミナールの時代に用いられています。

両者の違いは前者が知を獲得する個人を孤立させるのに対して、後​者は知の所有者をあいまいにするとともに個人という概念を薄れさせコミュ​ニティ的なものを主体として扱う点です。まさに後者に位置づけられる大学が知​的職業のギルドであったように。
このあたりの変遷はイアン・F・マクニーリー&ライザ・ウルヴァートンの『知はいかにして「再発明」されたか』書評)に詳しいので興味のある方はぜひ読んでみてください。

この観点でみると、僕はいまのソーシャル時代は、後者の話し言葉による知​識獲得の時代だろうと感じています。
いや、知識の獲得に限らず、社会がますますかつての話しことば社会的なものを回帰させているように思うのです。

内的なことば行為が同時に社会的行動としての効果をもつ話しことば社会

さて昔読んだ養老孟司さんが数学者の佐治晴夫さんと対談をしている『「わかる」ことは「かわる」こと』という本のなかで、養老孟司さんがこんなことを言っているシーンがあります。

養老 日本のかたは「そういう考え方は間違っているでしょう」と言うと、「じゃあどうしたらいいんですか」と来るんです。それはどういうことかというと、思想が行動に影響するという考え方がまったくないんです。

ちょっとここだけの引用だとわかりづらいのですが、養老さんがセミナーなどで講師をした際などに自分の考えを述べたり、別の考えの間違いを指摘した際に、参加者から「じゃあどうしたらいいんですか」という声が聞かれるというのです。そして、「じゃあどうしたらいいんですか」と聞く人を、養老さんは「思想が行動に影響するという考え方がまったくない」と感じているわけです。つまり、裏を返せば、養老さん自身は「思想は行動に影響する」と信じていることになります。

僕は昔この話を読んだときは、単に思想を行動原理として捉えられるほど信じていない人が多いのだろうというくらいにしか感じていませんでした。
でも、その後、日本古代の言霊の思想や祝詞を唱えれば始原に戻るという呪的な思考が古代人にとっては当然であったこと、さらにはマクルーハンの指摘する話しことば社会と文字社会の人々の思考の対比を知るにつれ、「思想が行動に影響するという考え方がまったくない」のは現代人の多くがどっぷりと文字社会につかってしまっているからなのだろうと思うようになっています。

マクルーハンは文字以前の話しことば社会の人びとにとって頭のなかで考えることと実際に行うことの間に相違はなかったことを『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』のなかで示しています。そして、「表音文字使用が思考と行動とを分裂させる以前には、どのような人間であろうと、自分が考えたことに対しては、行なったことに責任をもつのと同じように責任を持たなければならず、それ以外の選択の道はありえなかった」と言っています。

その具体的な例としてあげるもののなかには、それほど古い過去ではない1930年代のロシアのスパイの例があります。

現在でも基本的には話しことば社会であるといえるロシアでは、スパイ行為は眼によってではなく耳によって行なわれるのであり、たとえば1930年代に行なわれたあの記憶すべき「粛清」裁判は西欧人たちを当惑させる結果となった。それは多くのスパイたちが現実に行なったスパイ行為のためというよりは、頭のなかでたんに意図したという廉で自分の罪状を全面的に認めた、という件である。高度に発達した文字社会では、視覚的、もしくは行動上の社会規範への遵守が強調されるためにかえって心の内部での離反を自由にしている。内的なことば行為が同時に社会的行動としての効果をもつ話しことば社会ではとてもそうはいかない。

いまだ「内的なことば行為が同時に社会的行動としての効果をもつ話しことば社会」の住人であった1930年代のロシアのスパイは、実際に行ったスパイ行為によってではなく、頭のなかの意図だけで自身の罪状を認めています。話しことばの人であるロシア人にとっては、考えたのならそれはやったも同然だということです。頭のなかで意図が生まれてしまえば、もはや「じゃあどうしたらいいんですか」などという疑問は一切わくことはなく、それはすでにやったのと同じことなのです。

印刷革命以前の話しことば社会に生きる人間は「思考」と「行動」が分裂していない

とうぜん、思考と行動の分離がない話しことば社会の人は、自我と外からみた自分のイメージの分裂に悩んだりしません。マクルーハンは、自我と行動のあいだに分裂が明確に生まれたのは、印刷革命以降に、アルファベット文字による視覚偏重な文化がより浸透したからだと考えています。そして、それは同時に、人びとを部族的共同体から孤立させ個人化し、そして、あらゆるものを絵画化=図式化して理解する方法を生み出したと言っています。

ホメロス詩の英雄は自我をそなえるにしたがって分裂した人間となったのだった。そしてその「分裂」は、それまでの聴覚中心の部族的な人間が視覚化の努力をいっさい払わなかったような複雑な状況の絵画的なモデル化、または「からくり」を見るにつけても明白だった。すなわち、非部族化と個の出現と絵画化(による諸観念の把握)はひとつの現象なのだ。呪術的様式は心理内部における事件が視覚的に明瞭になるにつれて消失する。しかしながら視覚化による明確化は、同時に複雑な心理関係の単純化でもあり歪曲でもある。

視覚化による聴覚や触覚などの他の感覚の切り離しは、複雑な心理を単純な図式にはめ込むことを可能にし、その他さまざまな事柄を三次元空間や時系列の直線の上に配置して理解することを可能にしたのです。
話しことば社会に生きた人が複数のさまざまな時間経過が共存するなかを生きたのに対して、印刷革命以降の人びとは均質で線形的な時間のレールを生き始めたのです。
本を個人が所有できなかった写本の時代には記憶に頼ることが大きかった知の獲得も、記録装置としての本を記憶の外部化のために用いるため所有することで、意識もまた外部化可能なもの、自分から容易に切り離せるものとなりました。

視覚的空間と専門分化

マクルーハンはまた、視覚的空間と専門分化の関係についても次のように述べています。

洞窟のように地上にあけられた穴は閉じられた空間ではない。なぜなら穴は三角形やアメリカインディアンの円錐形のテントのように力線を現しているにすぎないからである。だが、(空間を囲み閉じ込める)四角は力線を現さない。ただ触知しうる空間を視覚的空間へと翻訳するものだ。このような翻訳は書字が現れる以前には発生しなかった。そしてエミール・デュルケームの大作『社会分業論』を辛抱して読み通したひとにはその理由がわかるのだ。それによれば定住生活が仕事の専門分化を可能にするまで、視覚をますます強調することになった感覚生活の分化はなかったのである。

話しことば社会の人には分業制的な職業はなく、あらゆる人が部族の一員として役割を果たしたといいます。先に書いたように考えたことが行なったこと、起こったことと同じである呪術的な世界に生きていたわけで、人びとは他者と一体化した形で拒否できない役割を担ったのです。それは近代以降の職業のように任意に選択できるものでもなければ、職業が個人のアイデンティティになるようなものでもなかったのです。

そして、それが人工的な視覚空間を人間が自由に設計し実現する力が芽生えるのと同時に生じるのです。

視覚空間は人間が作った人工物であるが、聴覚間は自然の環境形態である。視覚空間は眼が他の感覚から抽象され引き離されたときに、眼によって創造され知覚された空間である。その特質に関して言えば、この視覚空間は連続的、均質的(画一的)そして静的な容れ物である。そして他の諸感覚やその独特の様態との相互作用から注意されてあるという基本的な意味において、視覚空間は人工物である。
マーシャル・マクルーハン、エリック・マクルーハン『メディアの法則』

人は人工的な空間にみずからを移し入れたことで、その空間の制御を可能にしたといえます。自然科学が自然を理解して制御できると思えるようになったのも、数学という方法を用いて自然を人工的で視覚的な抽象空間に翻訳する方法を得たからだといえます。

いまを捉える新しく学

ところが、そうして自然を大きな機械とみなした近代の思考も、それを応用した多くの工業的人工物が地球全体を覆い尽くすと、実はその人工物自体が第二の自然といえるほど制御不可能なものだということに気づかされます。それはポスト工業的な情報技術の産物ではなおさらで、もはや誰も自分たち人間が日々生み出している大量の情報をコントロール可能だとは思っていないでしょう。

そして、僕らはいまやマクルーハンがかつて“ルネッサンス以来の抽象的な「方法」からそのテクニックを引き出してきた古い学は、今ではあまりに視野が狭く、硬直的なものとなってしまっている。それは内容と伝達の中身についてだけの科学である”と指摘した思考方法を本格的にあらためなくてはならない時期にきたようです。

こうした時代の変化は、長い間、線形的に進んできた時間の感覚も歪めるようです。
今日の社会においては、かつてのように新しいだけの物事が喜ばれることはなく、新しさよりも自分にとって共感できるものが求められるようになってきています。
もしかすると時間が経つことの意味がなくなってきているのではないだろうか?とさえ感じます。いや、もう少し正確にいうと四季のような円環的な時間の経過は相変わらず意味はあるものの、右肩上がりの成長を期待するような時間の概念の価値がなくなってきたのではないか?と思うのです。それはまさに話しことば社会に生きた古代の人びとが生きた時間です。その時間は何かゴールに向かって流れるというより、TwitterのTLのようにフローとして流れて行くだけです。

こうした変化を捉えるには、マクルーハンの言うような新しい学が必要だと思います。
まだまだ僕自身、古い思考に縛られている部分が多いのですが、すこしずつ新しい学への道をすすんでいこうと思います。

  

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posted by HIROKI tanahashi at 00:51| 情報社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする