本タイトル: セックスはなぜ楽しいか
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歴史上の人類の文明の崩壊に関する分析を通じて現代社会のサステナビリティの問題を問うた力作『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』が感動的だった、ジャレド・ダイアモンドの1997年の作品(日本発売は1999年)。
『文明崩壊』の前にも、なぜ人間は五つの大陸で異なる発展をとげたのか?を分析した『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』でピュリッツァー賞、コスモス国際賞を受賞した著者のジャレド・ダイアモンドですが、この本のタイトルはなにやら上記2冊とは異なる雰囲気ですよね。
でも、実際に読んでみると、ちょっと刺激的なタイトルのかもしだす雰囲気とは異なることがすぐにわかります。
そして、なぜ著者がこの本のあとに『銃・病原菌・鉄』と『文明崩壊』で、人類の長い歴史を様々な角度で分析して、前者では文明の発展を、そして、後者では文明の崩壊を扱ったのかも、この本を読んでみると、あらためてよくわかる気がするのです。
たとえば体毛が少なくなったからといって、なぜ楽しみのためにセックスをするようになったのか。あるいは火を使うようになったからといって、なぜ女性は閉経を迎えるようになったのか。どちらも説明がつかないのである。そうではなくて、私は逆の因果関係を指摘したいと思う。つまり直立二足歩行や大型の脳と並んで、閉経や娯楽のためのセックスが重要な要因となり、人間は火を使いはじめ、言語や芸術や書字を発展させたのではないか、と考えるのである。
本書で扱うのは、他の哺乳類とも、もっと広げて他のどんな生物とも違う、人間のセックスの謎を取り上げた1冊です。
これらの特徴はほとんどヒト独自の性生活のスタイルといえ、一部的におなじようなスタイルを示す生物はいるものの、ヒトと同じ生物は他には見当たらないそうです。
例えば、セックス後もペアを維持し、両者間に生まれた子供は共同で育てるということに関しても、カマキリやある種のクモはセックス中にメスがオスを食べることでオスが自分の子孫を残す確率を高めたり(メスにエネルギー負担が大きくかかる生殖を、自分を食べてもらうことで助ける)、多くの哺乳類では生まれた子供が確かに自分の子供だと認識する手立てのないオスは、セックス後すぐにいなくなるか、メスの妊娠がわかった時点でいなくなるということが多かったりと、ヒトの常識では倫理的にありえないということのほうが他の生物では常識だったりするそうで、むしろ、ヒトのセックスのほうがアブノーマルらしいのです。
著者は、本書を通じてそんな人間のセックスを他の生物との比較や進化論的視点により分析しています。
そこで見えてくるのは、将来的に人類の文明の歴史を問うことにもつながるような、人間とは何かという問いを発する著者の視点です。
そして、その問いによって明らかになった答えは現代の常識に慣れ親しんだ私たちにはかなり耳の痛い話だったりします。
なぜ人間は排卵を隠して、どんな日にも楽しみのためにセックスをするのか? ところが答えは単純どころか、はるかに複雑で、2つの段階も必要とするものだったのである。(中略)排卵が隠されるようになったのは、われわれの祖先がまだ乱婚あるいはハーレム型で暮らしていた頃だった。その頃、祖先の猿人の女たちは、排卵を隠すことによって多くの男たちに性的恩恵を分け与えることができるようになった。恩恵をあずかった男たちは、だれひとりとして彼女の産む子の父親が自分であると確信できなかったが、父親が自分かもしれないという可能性は全員に残されていた。その結果、潜在的に殺人者となる可能性をもっている男たちは、だれひとりとして女の子供に害を与えようとはせず、なかには子供を守ったり、食べ物を与えたりするものまでいた。女はこうした目的で排卵の隠蔽を進化させると、今度はそれを利用して、優秀な男を選び、誘惑したり脅かしたりしながら男を家にとどまらせ、自分の産んだ子にたくさんの保護や世話を与えさせた。男は自分がその子の父親であることを知っているから、安心して子育てに励む。
ヒト以外の動物では、オスがあるメスを自分のものにしようとする際、女が別のオスに生ませた子供を殺すのは、自身の遺伝子を優先的に残したいと考えるオスにとってはごくごく当たり前のことだそうです。
ヒトは排卵を隠せたからこそ、女は自身の子供を、父親でない別の男に殺されることから守る術を得て、さらにそのことを基盤として乱婚やハーレム状態から、現在のような一夫一妻性の家庭を築くことが可能になったのです。
先に引用した中で著者が「閉経や娯楽のためのセックスが重要な要因となり、人間は火を使いはじめ、言語や芸術や書字を発展させた」のはまさにこうした点を指摘しているのです。
現代からみた常識的な視点では理解しづらいこうしたヒトの歴史も、量子力学やひも理論が理解しがたいが宇宙の真実であるのと同様、ヒトという生物の真実です。
現代の科学はこうした直感では理解しがたい真実を次々とあらわにしてくれています。
その直感的ではない真実に触れるたびに、私たちヒトは所詮生物の1つであるし、宇宙の中の物質の1つであることを思い起こさせてくれます。
長い間、ヒトを特権的に扱ってきた西洋文明の文化とそれは明らかに異なり、むしろ、東洋医学が人体を宇宙の一部とみなすような思想に近いものがあります。
今後はますますこれまでの常識的な視点、人間が直感的に理解しているイメージを拭い去り、宇宙や生物の真実を見つめる目がどんな分野においても重要になってくるのではないでしょうか?
評価:
評価者: gitanez
評価日付: 2006-07-20
著者: ジャレド ダイアモンド
出版年月日: 1999-04
出版社: 草思社
ASIN: 4794208766
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