ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する/スティーヴン・レヴィット

わりといろんな分野の本を読むほうではあるのですが、実は経済学の本というのはほとんど読まずにいました。
理由は経済学というのがいまいち何を行う学問なのかがピンとこなかったからなのですが、この経済学らしくない経済学の本を読んだおかげで「なるほど。経済学ってそういうものなんだね」と思えました。

例えば、こんな記述があります。

古典派経済学の始祖、アダム・スミスが、もともと何よりも哲学者であったことは覚えておくに値する。彼は道徳主義者になろうとして、やっているうちに経済学者になってしまった。彼が1759年に『道徳感情論』を出版した頃、現代資本主義がちょうど始まろうとしていた。スミスはこの新しい力がもたらす劇的な変化に夢中になったが、彼は数字にだけ惹きつけられていたのではなかった。彼が興味を持ったのは人への影響であり、与えられた状況の下で人がとる考えや行動を経済的な力が大きく変えてしまうという事実のほうだった。
スティーヴン・レヴィット『ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する』
「人への影響」といわれれば俄然興味がわいてきます。
行動経済学の本を読んだときも認知心理学的なつながりを非常に強く感じ、「人への影響」という意味では納得いったのですが、でも、なんでそれが経済学なの?という疑問を感じていたのですが、そもそも、それが経済学なんだといわれれば納得です。

もともとマーケティングなんていう「人への影響」を扱う仕事を専門にしていたりするので、経済学もそういうものだといわれれば無視できなないと思います。
そして、この本は「人への影響」を計る経済学的な手法を理解するうえで、とても興味深いものでした。

経済学者の苦悩

マーケティングにおいても、客観的なデータを収集してそこから意味のある何らかの傾向を抽出するのは、結構困難で、厳密さを求められるとお手上げだったりすることが多々ありますが、その辺の事情はマーケティングに似た部分の多い経済学でもやはり同じみたいです。

なんでもそろう完全な世界なら、経済学者も物理学者や生物学者みたいに統制の効いた環境で実験をするだろう。つまり、サンプルを2つ用意して、1つをでたらめに動かし、その効果を測るというやり方ができる。でも、そんな純粋な実験ができるほど経済学者が恵まれていることはあんまりない。経済学者が典型的に持っているものといえば、とてもたくさんの変数をもつデータセットで、好き勝手に動かせる変数は1つもなく、変数同士は関係し合っていたりいなかったりする。経済学者はそういう大混乱の中からどの要因が関係あってどの要因が関係ないか、見極めなければならない。
スティーヴン・レヴィット『ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する』


そんな困難があるものの、そうした困難を乗り越え、様々な経済学的ツールを用いて、世の中の裏側を探るのが著者のレヴィット教授が得意とするところのようで、「一貫したテーマのない」本書全体で、普通はあまり経済学者があつかわないだろうテーマを選んで、とっても楽しい世の中の裏側の解明を披露してくれています。

上手な子育て?

例えば、何が子供の学力向上に影響を与えるのかということをテーマに、一見、それに影響がありそうな事柄のいくつかをピックアップした上で、データの統計学的処理を行うことで、「親の教育水準が高い」「母親は最初の子供を生んだとき30歳以上だった」などといった子供の学校の成績と相関している要素と、「家族関係が保たれている」「その子が生まれてから幼稚園に入るまで母親は仕事に就かなかった」などの相関していない要素を振り分けたりしています。
その結果、レヴィットはデータの背後にこんな結論を見出したりします。
ちょっとオーバーな言い方をすると、1つ目のリストに挙がっているのは親がどんな人かだ。2つ目のリストに挙がっているのは親が何をするかだ。いい教育を受けていて、成功していて、健康な親御さんのところの子供は成績もいい。でも、子供を美術館に連れて行ったりぶったりヘッドスタート・プログラムに活かせたりよく本を読んでやったりテレビの前に座っているのをほうっておいたりなんてことは、どうやらあんまり関係ないみたいだ。
スティーヴン・レヴィット『ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する』
ちょっと耳の痛い話ですよね。
付け焼刃的とはいわないものの、親が意識して子供にしてあげることより、結局、親自身がどんな人なのかのほうが子供の学力向上と相関関係をもっているなんて。
他人を変えたければ、まず自分が変われと言うことがありますが、まさにそれですね。
子供に立派になってもらいたければ、まず自分からということみたいです。
子供の教育にお金をかける親が多いといいますが、それと同じくらい自分の教育にもお金をかけないとダメだということですね、これは。

と、こんな風に世間では当たり前のように行われているが、実は期待する効果とは何の相関をもたない事柄を暴きだし、裏側に隠れた真の因果関係を暴きだすレヴィットの手管は、特に経済学なんてものを意識しなくてもそれだけで爽快に感じます。
経済学なんて興味ないな~なんて思ってるマーケティング関係者には特におすすめです。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック