メディアとコンテンツ

WebサイトとWebコンテンツの関係を、僕は以下の図のように考えています。

メディアとコンテンツ

メディアとしてのWebサイト、コンテンツとしてのWeb情報

この図が表すのは、よく言われるような「コンテンツが重要」という話とはちょっと違います。

「コンテンツが重要」とはいっても、ただよくできたコンテンツさえあればいいのかというとそうではないと思っています。
例えば、メディアあるいはアーキテクチャとしてのWebサイトが、コンテンツを活かす基盤として機能しないものであれば、どんなに「コンテンツが重要」といっても無駄だと思っています。

具体的にいうと、どんなにそこに貴重なキーワードが埋め込まれていようと、Web標準に準拠した形で情報構造がきれいにコード化さえていなければSEO的には不利な状況になります。。
ブログであればトラックバックやRSSなどを通じて外部とつながる可能性は高いのに対し、昔のような個人ホームページでは相互リンクが生まれる可能性は相対的に低いでしょう。
同じコンテンツが掲載されていても、基盤となるメディア=アーキテクチャの違いが、その効果に大きな差を生んでしまうということです。

メディアとしての本、コンテンツとしての本

そもそも、あんまり普通の人はこのメディアとコンテンツの違いを考えることがないのかもしれません。

森博嗣さんがブログでこんなことを書かれていました。
一般に、「本を読む」という場合の「本」は、「本を買う」という場合の「本」とは異なる概念だ。これは、「テレビを見る」と、「テレビが故障する」の「テレビ」が違うのと同じである。ようするに、コンテンツとメディアを混同している。「本を買い、本を読み、本を捨てた」という場合、最初は両方、次はコンテンツ、最後はメディアを示している。近い将来には、これがもっと明確に区別されるだろう。今は、本というメディアでしか、本が売れないが、確実にそれ以外のメディアの本が台頭するだろう。
コンテンツの時代と言われますが、実際には森博嗣さんがいうように「ところが、現実には、メディアを生産し、メディアの流通で商売をしている職種が多い」。
出版社は数多くあっても、執筆社というのはあまり聞かないし、Webサイト制作会社は数多くあっても、Webコンテンツ制作会社というのはあまり多くありません。
また、ブログやSNSなどをCGM(Consumer Generated Media)という呼ぶことはわりと一般的にも広まっていますが、一方でほぼ同じ意味のUGC(User Generated Contents)という呼び方は分が悪かったりします。

箱を作るのは得意でも、中身を作るのは苦手ということでしょうか?

あるいは、
もうこれからの時代には、大きくヒットして、大儲けができるものは滅多にないだろう。その代わり、小儲けができる機会は圧倒的に増えるのだが、それがはたして独立した生業として成り立つのか、という問題はある。
といったあたりが「中身を作る」ことをビジネスにすることから人を遠ざけているのでしょうか?

メディアの多様化

もう一度、Webの話に戻すと、本が「本以外のメディアの本の台頭」を迎えるのと同様に、これまでHTMLとMailに絞られていたメディアにRSS/Atom feedも加わっていたりします。
例えば、RSSというメディアと情報コンテンツの用途を考える上では、kokepiさんの「要は、コンテンツ群のメタデータが外部から利用できるようになることが大事なだけで。「リッチ・サイト・サマリ」でもあるんだし」という考え方などは大いに参考になるはずです。

メディアが複数になって、当然、それぞれメディアとしての特徴をもっているなら、コンテンツをどのメディアにどのように載せるかも検討課題になるでしょう。
逆にメディアの側からみれば、とにかくコンテンツを載せればよいという話ではなく、自身のメディア特性を生かすにはどんなコンテンツ形式が有効かを考える必要があるのでしょう。

追記:
また別の面ではメディアとコンテンツの話は、CNET Japan Blogの情報化社会の航海図「信頼性とメディア設計」といったところとも関係する話ですね。



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