出る杭が打たれる企業文化

昨日の「責任逃れと失敗の奨励」のエントリーでは、大企業にはびこる責任逃れ症候群について書いた。そこではとにかく何も起こらないことが美徳とされ、何も起こさないよう、動いたものが評価されるしくみになっている。
そのしくみを支えるのは、いつでもリスクと責任を負わせることが可能な子会社、関連会社、あるいは派遣会社、様々なベンダーであり、失敗はすべて外部の落ち度、成功は「やれ!」といった自社の社員の功績となるようなしくみが、これまた見事に巧みな政治力によって形成されている。
もちろん、そのしくみの内にはいわゆるマスメディアも組み込まれていて、大企業の成功を「きちんとそれ相応のお代をいただいた上」で、これまた巧みに褒め称える。

はい。これでメジャー・ブランドの出来上がりという具合。

一方、そんな風に、何もやらないことが美徳とされる企業文化においては、当然、まともに何かをやろうとする人は叩かれる運命にある。
日がな一日、ヒマをもてあました輩が呼ばれもしない会議に出席しては、勤勉に手を動かし作業を行い、アウトプットを出そうとする人を、手を一切動かさずにいっぱしの口を叩いて攻撃する。
普通の環境ならまかり通らないそういった行動が、何もやらないことが美徳とされる企業文化においては、むしろ賞賛されるばかりか、何かにこだわり必死に手を動かしアウトプットを出そうとする人を攻撃する見本を見せてくれたことで、ヒーロー扱いされたりもする。
おかしな話に思えるが、何もやらないことが美徳とされる企業文化においては、それが日常である。

時代遅れもいいところだ。
トム・ピーターズも『トム・ピーターズのマニフェスト (3) タレント魂。』で「タレント、それこそが、す・べ・て!飛べ、遊べ、すばやく世界を変えろ!そして、差をつけろ!できなければ絶滅だ!」と書いている。

まったくこんなしくみで日本は動いてきたのかと思うといまさらながらあきれかえる。
そんなおままごとみたいなビジネスを続けるつもりなら、もういいから勝手にいつまでも好きにやっててくれ。

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この記事へのコメント

  • もけけ

    これまた激しく同意です。
    私はここでいうところのベンダーの立場で仕事をしているものですが、
    「なにもしない人」に対する対応で一番コストがかかっています。
    やれやれです。
    2006年05月19日 09:46

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