責任逃れと失敗の奨励

階層構造化された組織体系をもつ大企業においては、いまだに社内において将来の昇進を夢見ながら、可能な限り失敗するリスクから身を引き離すため、巧みな責任逃れに就業時間のほとんどを裏での根回しに費やす文化がいまだにあるのかもしれない。

責任をできるだけ自ら遠ざけようとする範囲は、自らの身にふりかかるリスクのみならず、部下など、間接的に自分の責任を追及されることにつながる者もリスクを追うことのないように、外部から招聘した関係他社からの出向社員や発注先の子会社に責任を振り分けるという文化がいまだにまかりとおっているというのは、その現実を目の当たりにするとただ愕然とするしかない。

当然のごとく、自ら責任逃れを行おうとする者に対し、たとえ発注先の子会社であろうと、そうやすやすと従うわけもなく、納品される発注物の品質は明確に苦情をいってつき返すわけにはいかないレベルで最悪だったりする。

そうした文化の下では、個々人がどんなに優秀で、もてる力を発揮しようと意気込んでみても、どこかで誰かが足をひっぱり、結局、誰の力も最終アウトプットには反映されないという自体が、容易に起こりえる。
信じられない話だが、本当で、その様をこの身で体験したことのない者にその様子をつぶさに伝えることはおよそ不可能であるように思える。

チャレンジをした上での失敗を奨励する文化がいかに重要であるか。
こうした現実に身をおいていると、あらためて自らベータ版と称するWeb2.0的サービスの価値を知ることになる。

関連エントリー

この記事へのコメント

  • もけけ

    以前からのぞかせていただいておりましたが
    はじめてコメントさせてもらいます。
    このエントリー、激しく同意します。
    2006年05月18日 09:48
  • gitanez

    もけけさん、コメントありがとうございます。
    まぁ、普通の感覚の人には同意していただけることなんでしょうね。
    でも、まだまだ、こうしたことがまかりとおってしまうのが、大きな企業の現実だったりするようです。
    2006年05月18日 09:55

この記事へのトラックバック