2006年05月10日

HCIとHIIの階層構造、生命情報/社会情報/機械情報の階層構造

いや〜、GW明けの反動か、妙に眠くて仕方ないので、今日はもう新しいエントリーは立てずにおとなしく寝ようと思ってたんだけど、こんな爽快なツッコミ(これは全然嫌味とかじゃなく本当に爽快)をいただいては、黙って寝るわけにはいかない。

んで本題に入るんだけど、DESIGN IT!さんの続きで、HCI(Human Computer Interaction)からHII(Human Information Interaction)へという記事のがあるんだけど、これは実はちょっと違うんですよ。多分。

HCIからHIIに行く、というより、HCIの方法論を取り入れないと、HIIはシンボル==データの、地図みたいなのしか扱えないという事だと思う。
s.h.log: HIIにHCIのアプローチを取り入れる:『アンビエント・ファインダビリティ』を読んで思ったこと

この素敵なツッコミを入れてくれたのは、SFCの奥出研究室でユビキタスコンピューティング&HCIを勉強中のs.h.さん。
実際にHCIを専門に勉強している方らしく素人の僕の情報不足を見事に補充してくれています。
こういうことが起きた瞬間ほど、ブログっていいなって思う瞬間はありません。
だから、ブログはやめられない

s.h.さんがどういう指摘しているかは、ぜひ「HIIにHCIのアプローチを取り入れる:『アンビエント・ファインダビリティ』を読んで思ったこと」を読んでほしい。
HCI、HIIの理解が深まるはずです。

ここでは、1.僕がなんでs.h.さんに指摘を受けたような誤解にいたったか、と、2.なんでそのツッコミによって爽快になったかを記しておこう。

HCIとHIIを階層構造でとらえる

まずは「1.僕がなんでs.h.さんに指摘を受けたような誤解にいたったか」のほう。

道具が体の一部になるというハイデガーの哲学概念で、例えばマウス使っている時は意識していなくて、手の一部になっている。職人にとってのトンカチとか、絵描きの筆なんかも同じ。
つまりコンピュータとのインタラクションをしっかりデザインすると、体の一部になるという考え方。

これがHCIの目的で、つまり「Cを無くす」ことで、「equipment」と呼ばれているそうだ。
で、僕の誤解の原因もそもそもここにあるって気がついた。
そもそも僕はWebデザイン屋さんで働いているので、「コンピュータとのインタラクションをしっかりデザイン」することをいつも考えている。
で、実際、うまくデザインすれば(そして、デザインはそれなりでもそのデザインを使い慣れれば)体の一部、つまりはCが消えてしまうことを知っている。
いや、「知っている」というか、実際に、すでにほとんどの場合、Cが消えてしまっている。

僕にとって、Cを意識するのは、以下のような場合だ(すべて列挙はしない)。
  • 使いにくいデザインのWebページを閲覧しているとき
  • PCそのもの、もしくはネットワーク回線に不具合があったとき
  • 食事をしながらPCを閲覧しようとしているとき
  • 眠かったり、まわりがうるさかったりして落ち着かないとき

最初の2つはまさにHCIでは、Cの側の問題で、あとの2つはHCIではHの側の問題なんだろう。いや、あとの2つも「食事をしながら使う」「眠いときに使う」「うるさい場所で使う」ことを設計時の想定にいれると、まさにInteraction(相互作用)の問題と捉えられるだろう。

そんなわけで、普段はほとんど「Cを無くす」問題はおおよそ片付いた気がしていたりするので、まさにそこがHCIへの誤解の落とし穴になったわけだ。
しかし、s.h.さんが気づかせてくれたように、Cは必ずしもPCのことではない。
携帯電話やカーナビくらいは僕もイメージできていたが、s.h.さんが紹介してくれているmoo-pongのようなデバイスはまったく想定外だった。
そんな未知のデバイスが現れれば、文字通り、Cは再び目の前に現れる。
HCIが問題になってくるのだ。

僕はHCIからHIIへという風に、HIIをHCIの次に位置づけてしまったのだけど、これは捉え方が正しくなく、正確にはHCIとHIIの関係は階層構造として捉えるべきなんだろう。
つまり、HCIはHIIを考える基礎を提供するのだと。
それは、「『眼の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く』アンドリュー・パーカー」で紹介したような生物の進化の歴史で、「カンブリア紀に多様な外部形態を爆発的な勢いで進化するためには、基盤となる内部体制を進化させる準備期間が必要だった」という階層構造と同じことであるはずだ。
今後、まだ見ぬ新たなデバイスが登場すれば、当然、そこでは再びHCIに立ち戻らなければいけないし、現在あるデバイスをベースにしたHCIに基づくHIIに限界が見出せれば、デバイスそのものの改善という形で問題は再びHCIに押し戻されるということなのだ。

その上で生命情報、社会情報、機械情報という情報の3つの階層構造をさかのぼることを考える

次に「2.なんでそのツッコミによって爽快になったか」について。

それにはまず、「bpspecial ITマネジメント:西垣通「人間のロボット化や情報洪水を防ぐには情報学的転回が重要」」という記事と、その記事について言及した『アンビエント・ファインダビリティ』の翻訳者である浅野紀予さんのBlog:IA Spectrumの「情報学的転回」というエントリーを読んで感じた疑問について述べなくてはならない。

西垣さんの記事については、こんな話から興味をもったのだが、
現代物理学は、情報が、物質、エネルギーに次ぐ第3の本質的存在であることを示しました。ただし情報は、物質やエネルギーと違って、実体がなく、生命と共に発生したものであり、生物と対象との関係性から生まれるものです。つまり、情報というのは関係概念なのです。それは、生物にとっての「意味」であり「価値」なのです。

実はまだ仕事の合間にざっくりとしか目を通せていないので、まともな言及がレベルの理解には達していない。
そんな折、ネットをうろついていたところ、先の浅野さんのエントリーを見つけた。
今日も今日とてネットをうろついていたところ、『アンビエント・ファインダビリティ』の内容に激しくシンクロするこんな記事を見つけました。

僕の疑問はなんでこの2つがシンクロするんだろう?ってことでした。
西野さんの記事をまだちゃんと理解してないから、そのあたりがシンクロしてこないのかな?とぼんやり考えてました。

でも、先のs.h.さんの記事を読んで、バッチリつながったんです。
確かに僕の理解していたHCIのレベルでは、西野さんが言っている「ITが氾濫させている情報とは、まさに「意味内容(記号内容)」が剥ぎ取られた機械情報を指している」といった点で、s.h.さんの言う「HIIはシンボル==データの、地図みたいなのしか扱えない」というところにリンクしてしまう。
まぁ、西野さんのITが氾濫させている情報が「機械情報」のみだといったように聞こえなくもない主張には、いや、「社会情報」ぐらいは伝えられるようになっているよと思ったりもするだが、とはいえ、西野さんのいうところ「生命情報」まで扱えるようにするには、HCIの領域、HIIの領域ともにまだまだ研究、開発が必要だということがわかった。

そして、これがわかったことが「爽快」の最大の要因だ。
あらためて、これに気づかせてくれたs.h.さんに感謝する。

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posted by HIROKI tanahashi at 01:23| Comment(0) | TrackBack(1) | 情報社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2006-05-10 17:27