アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅/ピーター・モービル

ピーター・モービルの『アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』を読んだ(実はまだ読了まではあとすこし)。
Web関連の本は極力読まないようにしているので、異例のことだといえる。

しかし、読んでみて正解だった。
何故ならWeb関連の本ではなかったからだ。
もちろん、Web関連の話題も豊富に含まれているが、それが主題であるとは少なくとも僕には感じられなかった。

では、これは何に関する本なのか?
難しい質問だ。モバイルコンピューティングとインターネットが交差する地点における情報のインタラクション(相互作用)についての本だと言ってもいいし、いまこの時代に起こりつつある稀有な文化的革命への窓を開く本なのだと主張してもよさそうだ。または読者のみなさんに、この本がアメリカ議会図書館でどのカテゴリに分類されているかを調べたり、AmazonのSIP表示機能で本書の特徴的なフレーズをチェックすることを勧めてもよいのかもしれない。だが、それはやめておこう。その代わりに一読してみて欲しいとお願いすることにしよう-情報学で言うところの「アバウトネス(何についての情報なのかということ)」という性質は、観察者の見方次第で決まるものだから。
ピーター・モービル『アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』

序章に配されたこの一文は、実はこの本のアバウトネスとして有効だ(もしかしたら、それは観察者が僕の場合に限った場合ということもあるかもしれないが)。
では、観察者としての「僕」の視点を明らかにする意味でも、先に「この本はWeb関連の本ではない」と書いた理由を説明しておこう。

まず日本語の本のタイトルは『アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』だが、実際にはこの本の旅の主役は決して「ウェブ」や「検索」ではない。
むしろ、旅の主役は、GPSやRFIDを含むモバイルコンピューティングにおける情報(ビット)だけを対象にした検索ではなく、モノや人(アトム)も含めた探索であり、そうした探索活動にまつわる人の側と情報の側のコンテクストや振る舞いに着目している。
マーケティング的にこうした言葉をサブタイトルに入れたほうが日本ではターゲットとする読者層に届くと想定されたのだろうが、実際、原題は単に"Ambient Findability"である。

そういう意味でこの本の「アバウトネス」が「ウェブ」や「検索」に関する内容だと期待していると、たぶん、実際の内容に面食らうことになるだろう。
しかし、この本はそうした狭義の「ウェブ」や「検索」の領域を超え、より広義な意味での「情報システム」や「探索可能性」に注目している点でこそ、非常に現在の情報社会やその技術をとらえた興味深い内容になっているといえる。
ファインダビリティを安易にWeb上での情報検索性=SEOやSEMの問題だと考えている人がいたら、ぜひこの本を読んでみることをおすすめする。

僕がこの本で特に興味をもったのは「4章 錯綜する世界」で主に扱われている情報とモノ、オンラインとオフラインが見事に錯綜した状況におけるファインダビリティに関する言及だ。

以下、その章から気になったポイントをいくつか引用しておこう。
  • われわれは驚くほどバラエティに富んだ情報源の数々に瞬時にアクセスできる。いつでもどこでも、ほぼどんな事実でも見つけることができる。セカンドオピニオンどころか、3つめ、4つめの意見さえ雨後の筍のように現れる。われわれは、必要なニュースを取捨選択してあらゆる側面から事実確認したうえで、情報に基づく息し決定を行うことができるという、先例のない能力を手にしているのだ。
  • 位置情報検出のテクノロジを応用する可能性を考える上では、範囲や精度に留まらない重要な違いをいくつか認識しておくことが必要だ。(中略)GPSは「北緯47°39'17"、西経122°18'23"、海抜20.5メートル」といった物理的な位置情報を示す。この物理的な位置情報を、「台所の中」「ビルの9階」「アナーバー市内」「郵便ポストの横」「アムステルダム行きの機内」といった記号的な場所情報に変換するには、別のデータベースや地理情報システムが必要になる。現在の大雑把なデータベース情報と平面的な地図インターフェースは、3次元の都市環境の複雑さを表現するには不十分だ。
  • デンマークのレゴランドでは、3ユーロの料金で子供に終日IDタグを付けることができる。使い捨てのリストバンドに内蔵された位置検出装置は、敷地内の約23ヘクタールのWi-Fiネットワークを利用して、子供がレゴランドのどこにいても追跡する。
  • 製品種別から個別のオブジェクトへいうこの飛躍について、われわれは今後どのように対処していくのか? その可能性には胸が躍る。自分の本棚の中身をGoogleで検索できるようになるかもしれない。友人がどんな本を持っているのか、それがどこにあるのか、全部わかってしまうかもしれない。
  • たとえばスティーブン・ホーキング博士はALSという進行性の神経退化症を患っているため、肉体的に歩行や会話ができない状態を余儀なくされている。それにもかかわらず、彼は夫として父として、またこの上なく優秀な物理学者として、生産的で実り多き人生を歩むことを可能にしているのだ。それを実現する支えとなっているのは、携帯電話や無線通信装置付きのノートパソコンを搭載した特注の車椅子や、ドアを開けたり家電製品を操作したりするための汎用設定が可能な赤外線リモコンや、音声合成装置や、1つのボタンで操作できる入力装置である。

ここでいくつか引用したのは、情報と自分自身や他人といった人間をも含むモノとが錯綜した状態を感じ取ってもらいたかったからだ。
先日、紹介したニール・ガーシェンフェルドの『ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け』を読んだ時にも感じたことなのだが、アメリカにおいてはビットとアトムの間に奇妙な壁が存在しないということだ。それは先端物理学の分野で情報が物理学の対象として当たり前に扱われていることとも関係しているのだろうか?(「量子が変える情報の宇宙 ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー」「量子コンピュータとは何か ジョージ・ジョンソン」を参照)

どういった理由であるにせよ、梅田さんが『ウェブ進化論』の中で描いた日本での「あちら側」と「こちら側」の世界の対立のようなものは、すくなくとも情報(ビット)VSモノ(アトム)という形ではアメリカには存在していないようにも感じられる。
その点、日本における「あちら側」と「こちら側」の対立は梅田さんも言及しているとおり、単なる世代論の域を出ていなくて、それは雑誌『LEON』において「小僧には真似できない○○」なんてコピーが何の違和感ももたれずまかり通ってしまうような哀しきオヤジ像を想像させてしまいます。

と、ちょっと話は逸れたが、ビジネスとして考える場合、情報のみに固執するより、モノの場にも踏み出したほうが事業を展開しやすいという場合もあるだろう。
そんな風に考えると、このビットとアトムの錯綜した状況でのファインダビリティの向上って、Web関連業界以外の人にとってもこれからの重要なテーマなんじゃないの?って思うわけ。

5章は「プッシュとプル」というタイトルでマーケティングにも関係の深い話題が展開されているが、その中のこんな一説はマーケティング関係者こそ、よく噛み締めるべきなんじゃないだろうかと思う。

ファインダビリティは、そのようなプル型の情報検索だけに関わるものではない。それは情報やモノの方がどうやってユーザーを見つけるのかにも関わってくる。
ピーター・モービル『アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』

ファインダビリティを高めるためには、人間の側と情報(あるいはモノ)の側双方からのアプローチが必要になるのは当然だ。
しかし、単なるSEO、1つとってもそのことが理解されていなかったりするのが現状だったりする。
人間の感覚にマッチして多様な軸を取り出せるようになると、マッチングの方向性も多様化する。結果、レコメンデーションの可能性が広がり、このところ進んでいるプレゼンテーション層の進化と合わせると、情報ビジネスにおける新種の流通支配の構図が描けるようになる。

渡辺さんもこの頃、言及していたと記憶しているが「検索」という言葉は、そろそろ現在の狭義のイメージの拡張が必要なんだろうという気がする。
その意味で「ファインダビリティ」という新たな用語は利用しやすいのかもしれない。

マーケティング的には、マスプロダクト、マスマーケティング、マスメディアの三位一体から、そろそろ「マス」をとって考えてみる時期である。
代わりに「パーソナル」という言葉をつけるとどういう実装になるかを探るべきなのかもしれない。
その際には本書で言及されているファインダビリティに関する技術が新たな三位一体を形成する際のキーファクターになるのではないかと思っている。

追記(2006/05/10)
s.h.さんの素晴らしいトラックバックを受け、関連情報として「HCIとHIIの階層構造、生命情報/社会情報/機械情報の階層構造」を追加しました。

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