著者のジョージ・ジョンソン氏は科学者ではなく、ニューヨーク・タイムズ氏のサイエンス・ライターであり、この本も科学に対して専門的な知識を持たない読者にもわかりやすく「量子コンピュータ」について紹介している。
で、実際、量子コンピュータって何なの?と思った貴方。
まぁ、詳しくはこの本を読んでもらったほうが早いんだけど、そう言ってしまうとここで紹介している意味もなくなってしまうので、簡単にその概要やそれが生まれた経緯について、本からの引用も交えて紹介しておこう。
この本はニューメキシコ州の台地の上にあるロスアラモス国立研究所のシーンから始まる。
アメリカ随一の兵器研究所であるロスアラモスではもはや本物の爆弾は作られておらず、1秒に1つキーを打てる人間が1000世紀(=約30億秒)かかる計算をたった1秒で行うことができるブルーマウンテンというスーパーコンピュータを使い、核爆発のシミュレーション実験を行っている。
しかし、実際には「核爆発のシミュレーション実験を行っている」というにはあまりにお粗末な現状で、それほど高速なブルーマウンテンを使っても、核爆発の途中の100万分の1秒を再現する計算を行おうとすると処理に4ヶ月間かかるのだ。
これはあまりに遅い。
一方、ロスアラモス国立研究所では、マニー・クリルとレイモンド・ラフラムという2人の物理学者が量子コンピュータの研究を行っていたりする。
おおざっぱに言えば、原子は回転するコマだと考えることができる。原子が時計回りに自転しているか反時計回りに自転しているかによって、コンピュータの共通言語である二進数(ビット)の0と1を表現することができる。(中略)二人は最近、分子中の7個の原子をそろばんの珠として使い、いわゆる量子コンピュータを作ることに成功した。次の目標は、使う原子を10個に増やすことだ。
インテルのペンティアム4プロセッサに4000万個のスイッチが含まれていることを考えれば、10個というのはあまりにささいな数に思える。しかし、スイッチが原子の大きさにまで小さくなると、スイッチは量子力学に支配されるようになる。ジョージ・ジョンソン『量子コンピュータとは何か』
量子力学について知識のある人なら「重ね合わせ」と物理学者が呼ぶ量子の性質について聞いたことがあるだろう。
この「重ね合わせ」とは、従来のコンピュータのスイッチが1か0、つまり、オンかオフの状態のいずれかをとることで機能していたのとはまったく異なり、量子スイッチは1か0、そして、同時に1かつ0の状態をとれることを意味している。
この量子的あいまいさは、混乱を及ぼすどころかかえって役に立つ。(中略)1個の量子スイッチは同時に4つの状態 00,01,10,11 を取ることができる。スイッチが3つあれば、000,001,010,011,100,101,110,111 という8つの状態を同時にとることができる。
ここに量子を使う強みがある。1と0の状態を取る従来のスイッチが3個あれば、これら8つの状態のどれか1つを記憶でき、0から7までの数字のうちの1つを二進数で表すことができる。一方量子スイッチが3個あれば、それぞれが1と0の両方の状態を取れるので、全体では8つの数字すべてを同時に記憶できるのだ。ジョージ・ジョンソン『量子コンピュータとは何か』
先の原子10個なら2の10乗(=1024)通りのパターンを同時に記憶できる。これなら「1から1000までのすべての整数の平方根」を「1回だけ計算を行えば、ただちに1000個の答えが得られる」のだ。
とはいえ、ようやく10個の原子を使った量子コンピュータへの挑戦がはじまった段階で、まだ実用レベルには達していないというのが現在のステータスのようだ。
しかし、膨大な数字(それは全宇宙の原子の総数よりも多かったりする)を扱う必要のある現代科学において(例えば、先の核爆発のシミュレーション、タンパク質分子の三次元的おりたたみ、数々のNP完全問題など)、量子コンピュータをめぐる研究はそもそも「計算とは何か?」を考え直す意味でも、物理学者や数学者の研究意欲を非常に駆り立てるものであるようだ。
科学者や数学者でない僕たちにとっても、「"2020年"に関する補足情報」でも書いたムーアの法則が現実問題としてある以上、まったく無視することはできない問題だと思う。
そういう意味でも、WebやITなど、「情報」に関する技術をめしの種にしている人には、ぜひ『量子が変える情報の宇宙』といっしょに読んでもらいたい本だ。
目次
- ブラックボックスの中身
- ブルーマウンテンへの道
- 「シンプルな電脳マシンの作り方」
- ティンカートイの論理
- 鏡遊び
- 時間の近道
- ショアのアルゴリズ
- 暗号破り
- 見えない機械
- 原子の計算機
- 口の堅い量子
- 宇宙一の難問
- 九〇億の神の御名
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