量子が変える情報の宇宙 ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー

久しぶりにゾクゾクする本を読んだ感じです。
最初、手にしたときは何の本かもよくわからないまま、なんとなく惹かれて買ったのだけど、読み始めてみて、いまの関心事にピッタリの本だったことがすぐにわかりました。

物理の歴史や量子力学、それに情報理論に関して、あまり詳しくなかったので、読み進むのに普段以上に時間がかかりましたが、内容自体は決して難解ではないはずです。
いや、本来、もっと難解であるはずのことが非常にわかりやすく説明されてます。

この本では2つの問いが投げかけられているように思います。
  1. 「情報とは何か」を物理学の歴史的成果に即して答えること
  2. シャノンのBITを単位とした情報理論から量子的情報の単位QUBITを単位とした情報理論に有効な線引きをすること

この2つの「ビッグ・クエスチョン」を探求するため、著者は丁寧に物理のたどった歴史、情報理論のたどった歴史をたどりながら、2つが交差する場所を1つ1つ照らし出していきます。

当ブログで頻繁に扱っているWeb2.0的視点でみれば、同書で書かれていることは直接的な関係を持たないのかもしれませんが、僕自身はこうした広い視点で見ることによって、逆にWeb2.0というものがどういうポジションに置かれているかをあらためて考えてみることができるような気がしています。

例えば、産業革命時代の蒸気エンジンや現在の情報時代におけるコンピュータはどちらも「現実的な目標を抱いた工学者たちによって開発され」、「科学者たちがその動作の根本原理を理解しようと注目し出したのは、もっと後のことだった」と記した後、

蒸気エンジンは、ジェームズ・ワットによって発明されて以降も、工学者たちによって改良されてきた。(中略)それでも1830年代の時点では、蒸気エンジンの効率は約6パーセントまでにしか向上せず、燃料の94パーセントが無駄に使われていた。カルノーは、これを真に向上させるには、より深く探求を進めなければならないと考えた。工学は、科学に道を譲らざるをえなかったのである。
同書「第18章 情報は物理的な存在なり-忘却のコスト」より

といった歴史が紐解かれる際、工学的な技術主導で発展するインターネット-Webの進化もどこかで科学の力を借りることになるのだろうと思ったりします。

そのほかにも興味深い点が満載なのですが、とてもここではそれを要約して伝えることはできないそうにもないので、いくつか気にいった箇所をピックアップすることで、ぜひ、この本に興味をもってもらえればと思います。

10文字の数字列は、2の10乗=1024種類のメッセージを送信できる。実はどんな数字列でも、メッセージの種類の(2を底とした)対数が、その数字列の長さに等しくなるのだ。この文の前後をひっくり返すと、「数字列の長さは、送信可能なメッセージ種類の対数に等しい」となる。
同書「第10章 桁の数え上げ-神出鬼没の対数」より

エントロピーとは、1つの系に関して失われた情報の尺度だった。したがってエントロピーは、観測者がどんな知識を持っているかに左右される。より賢い観測者がより多くの情報を持てば、それだけ失われる情報の量は減り、その系に対しては、能力に劣る観測者よりも小さなエントロピーを割り当てることになる。
同書「第11章 ランダム性-情報の影の面」より

シャノンによる情報量の定義(送信可能なメッセージの種類の対数)と、ボルツマンによるエントロピーの定式化(原子系を再配置する方法の種類の対数)が似通っているのは、単なる偶然ではない。シャノンが生まれるずっと前にボルツマン自身が提唱したとおり、エントロピーは、その系に関する失われた情報、すなわち、得ることは可能だが実際には得られていない情報の量を表す尺度だ。(中略)情報とエントロピーは、同じ概念を異なる形で表現したものなのである。
同書「第13章 電気的情報-モールスからシャノンへ」より

ゲノムのメッセージは、単に遺伝子の配列の中にではなく、それらの多種多様な相互作用や相互関係の中に潜んでいるのだ。それをある例に喩えて言うと、シェークスピアの戯曲集は、それと同じ数の文字を使った電話帳よりも内容に富んでいる。また、別の例で言えば、情報の実体は、ビットの数字そのものではなく、ビット間の相互関係に潜んでいるのだ。
同書「第17章 バイオインフォマティクス-生物学と情報工学との出会い」より

雪片がどのように成長するかとか、DNAがどのように形成されるかといったことも分かっているが、タンパク質の折りたたみは、それらよりさらに難しい問題なのだ。鎖が折りたたむことで生じる無限の形の中から、何らかの傾向や規則性を引き出すというのは、桁違いの規模の問題である。コンピュータがなければそもそも望みはゼロだが、しかし最強のコンピュータを使っても、全ての可能な配置を試すという力任せの方法は実行不可能だ。必要なのは、新たなコンピュータ技術と新たな数学的手法、そして新たな考え方なのである。
同書「第17章 バイオインフォマティクス-生物学と情報工学との出会い」より

ブラックホールをもとにすれば、コンピュータ・メモリの限界を知ることができる。メモリの密度が大きく、サイズが小さくなり続けるにつれて、自然法則は正確にどれだけの量の情報の保持を許すのかという質問が重要性を帯びてくる。
同書「第23章 ブラックホール-情報が身を隠す場所」より

量子通信や量子計算を発展させるには、新たな情報理論を開発しなければならないだろう。(中略)多くの科学者が指摘しているように、シャノンの対数公式はキュビットという概念とうまくかみ合わず、ときには負のエントロピーといった、ボルツマンが棺桶の中でひっくり返りかねないような奇妙な結果が導かれることがある。
同書「第25章 ザイリンガーの原理-実在の根底にある情報」より

このほかにもすでにいくつかのエントリーで同書の引用を元に考察を進めています。
よろしければ、そちらも参考にしていただきたい。

関連エントリー


目次
  • プロローグ―真のビッグ・クエスチョン
  • 第1部 背景(電気の雨―日常生活における情報、デモクリトスの呪文―なぜ情報が物理学を一変させるのか ほか)
  • 第2部 古典的情報(確率を見積もる―確率による情報の定量法、桁の数え上げ―神出鬼没の対数 ほか)
  • 第3部 量子情報(量子の仕掛け―明るみに出た量子の奇妙さ、ビーズ・ゲーム―量子重ね合わせの不思議 ほか)
  • 第4部 現在進行中の研究(ビット、ドル札、ヒット、ナット―シャノンを超えた情報理論、ザイリンガーの原理―実在の根底にある情報)




この記事へのコメント

この記事へのトラックバック