Web2.0を2020年に向けた準備としてとらえる

Web関係者の中でのWeb2.0デバイド」については、いろんな方から心強い反応(トラックバック、はてブ)をいただき、ありがたく思う。

そんな反応をみながら、ふと考えたのは、"Web2.0"がBuzzWordとしてこれほど影響範囲が大きくなったのも、僕が"Web2.0デバイド"という言葉で表現した格差そのものが十分条件としてあったのではないかということだ。
つまり、ここでもスケールフリー・ネットワークにおけるべき乗則が機能していて、単にネットワークがつながっているという必要条件に加えて、それぞれのノードにおけるリンク数にべき乗則を描くという格差があることが、ネットワーク内をある情報(BuzzWord)が爆発的に広まるための十分条件ではないかと思うのだ。

この格差を視覚的に表現すればおなじみのロングテール型の曲線となる。
もちろん、この曲線を描くためにプロットした数値は"どれだけWeb2.0を実感しているか"を数値化したものだ。
それが「Web関係者の中でのWeb2.0デバイド」のエントリーで「Web2.0とかブログって体験してみないとわからない」と表現したものだったりする。

Web2.0を実感することは、テレビが登場したときやインターネットでメールやWebページのブラウジングができるようになったときのように、すべての人が直感的にその変化を理解できるようなものではないんじゃないか?
そんな風に最近感じている。

ブログやソーシャル・ブックマーク、アドワーズ広告など、ちょっと体験してみただけでは、実際、それがもつ影響力は実感できなかったりする。
マルコム・グラッドウェルが『なぜあの商品は急に売れ出したのか 口コミ感染の法則』で描いたように、それは小さな変化の積み重ねがある閾値(ティッピング・ポイント)に達した途端、急に「実感する」類いのものだという気がする。
これに似た状況は過去にコンピュータの登場時に起こったのではないかと考えられる。

情報の爆発的増加が差し迫っていることに、早いうちに気づいた人物の一人が、「メディアはメッセージである」という格言を作ったマーシャル・マクルハーンである。彼は早くも1964年には次のように指摘している。「IBMは、自分たちが事務機器や計算機を作る商売をしているのではなく、情報を処理する商売をしているのだということに気づけば、もっと明確な将来像を描けるようになるだろう」。その直後にデジタルコンピュータの爆発的進歩が情報革命を引き起こし、それが現在のコンピュータ時代、すなわち「デジタル時代」や「情報時代」をもたらしたのである。
ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー『量子が変える情報の宇宙 』より

そう。自分たちでコンピュータを製造・販売していたIBMでさえ、1964年の段階ではそれが単に計算するためのものというだけでなく、論理的な処理などにも使えることができ、それがどのような影響をもたらすのかを理解できていなかったのである。

そして、上記、引用にあるマクルハーンが情報の爆発的増加という視点からそれに気づいたように、僕たちも同じようにWeb2.0を情報の爆発的増加という視点でとらえることが重要なのではないかというのが、ずっと僕がもっているWeb2.0観だ。

つまり、Web2.0とは情報の爆発的増加という淘汰圧に対する対応としての現時点での進化の形だというのが、僕のWeb2.0の捉え方だ。

先に引用したハンス・クリスチャン・フォン=バイヤーは同著の中で、次のように書いている。

現在のところ、情報技術の進歩を妨げているのは、巧妙な計画によって克服できる類いの技術的な問題だけである。物理法則によって課されるもっと本質的な限界には、2020年代まで到達しないであろうと推定されており、今のところはまだ指数関数的増加が幅を利かせている。
ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー『量子が変える情報の宇宙 』より

僕は上のような意味で、最近、とりあえず2020年をターゲットにおくことでWeb2.0以降の世界を描けるようになるのではないかと感じている。
例えば、先のWeb2.0デバイドに関してもそうだし、そのことと深い関連性をもつと思われる、梅田さんが『ウェブ進化論』で描いてみせた「あちら側」と「こちら側」の対立に関しても、こんな風に思う。

先のハンス・クリスチャン・フォン=バイヤーの引用にを違う見方をすれば、2020年代には今ではアトムとビットなどという言い方で物理則と対立するものであるかのように見られている情報がまぎれもなく物理則の影響を受けるものであることが問題という形で可視化されるということを言っているのではないか。その時点に到れば、『ウェブ進化論』での「あちら側」と「こちら側」の対立など単なる内戦でしかなかったことを誰もが認めざるをえなくなるのだろう、と。

鳥瞰的な視点をもつにもとりあえずのターゲットは必要だ。
Web2.0=情報の爆発的増加に対する対応ととらえたとき、これを2020年におくことにそれほど矛盾を生じるものではないだろう。
引き続き、こうした視点からWeb2.0以降の情報社会について考えていきたい。

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