また、その一方で僕らは専門家の意見を必要以上にあてにする傾向がある。
この本はそんな常識のあやまりを正してくれる本であり、Web2.0的「集合知の利用」ということを再度、考えさせてくれる意味でおすすめだ。
スロウィッキーは、賢い集団の特徴である4つの要件として以下をあげている。
- 多様性:それが既知の事実のかなり突拍子もない解釈だとしても、各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている
- 独立性:他者の考えに左右されない
- 分散性:身近な情報に特化し、それを利用できる
- 集約性:個々人の判断を集計して1つの判断に集約するメカニズムの存在
この4つの要件を満たした集団は、正確な判断が下しやすい。なぜか。多様で、自立した個人から構成される、ある程度の規模の集団に予測や推測をしてもらう。その集団の回答を均すと一人ひとりの個人が回答を出す過程で犯した間違いが相殺される。言ってみれば、個人の回答には情報と間違いという2つの要素がある。算数のようなもので、間違いを引き算したら情報が残るというわけだ。ジェームズ・スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』
スロウィッキーはGoogleのPageRankなども集合知が集団を賢くする例としてあげているが、僕が興味深いと思ったのは、科学者の共同研究の例だ。
特に実証的研究者は日常的に大きなグループで研究をしていて、10人や20人の共著者がいる論文を見かけることも珍しくない(いまだに1人で論文を書くことが主流の人文科学とは、非常に対照的である)。1994年にトップクォーク粒子と呼ばれる量子粒子の発見が公表されたときには、実に450人の物理学者の名前が挙げられていた。
科学者が協力し合うのはなぜか。科学分野の専門化が進み、各分野が急激に細分化されるにつれ、研究に必要な知識を一人の人間がすべて身につけることが難しくなった。これは特に実証科学について言えることで、たとえば複雑な実験装置を使うには独自のスキルが必要とされるようになった。同上
このような科学の分野での共同研究が功を奏した例としては、2003年のSARSウイルスの発見が挙げられている。
SARSウイルスの発見は、WHOの主導でフランス、ドイツ、オランダ、日本、アメリカ、香港、シンガポール、カナダ、イギリス、中国の各国にある研究所に、ウイルスの発見、分析に協力するよう求めたことがきっかけとなり、国際プロジェクトが発足したが、なんとその1ヵ月後には、コロナウイルスがSARSの原因であることが解明されたという。
そして、このような例は、何も科学者のような専門家の集団だけに起こるのではなく、ごくごく一般の人が集まった集団でも先の4要素が満たされれば、集団は賢い選択をするのだそうだ。
考えてみれば、これは不思議なことではない。
ありの行列や、鳥が隊列をなして飛ぶ姿を想像すれば、集団がシンクロして、全体として非常にスマートなものになるのは、決して考えられないことではない。
Web2.0、オープンソース化などをキーワードとした、高度にネットワーク化された社会において、「集合知」をいかに生かすかを考える上で、まずこれまでの常識をぬぐいさる意味で、ぜひ読んでおきたい一冊だと思う。
目次
- 集団の知恵
- 違いから生まれる違い―8の字ダンス、ビッグス湾事件、多様性
- ひと真似は近道―模倣、情報の流れ、独立性
- ばらばらのカケラを一つに集める―CIA、リナックス、分散性
- シャル・ウィ・ダンス?―複雑な世の中でコーディネーションをする
- 社会は確かに存在している―税金、チップ、テレビ、信頼
- 渋滞―調整が失敗したとき
- 科学―協力、競争、名声
- 委員会、陪審、チーム―コロンビア号の参事と小さなチームの動かし方
- 企業―新しいボスって、どうよ?
- 市場―美人投票、ボウリング場、株価
- 民主主義―公益という夢
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